凍結イチゴの納涼依頼 16

 私たちは宝石の道を抜け、五階から四階へ、四階から三階へと順繰りに戻っていく。

その道中も、やはりと言うべきか魔物の一切が出現しなかった。


「やっぱり、あいつにみんな食べられちゃったんですかね……」

「そうだろうな。今はリポップするためのクールタイム中なんだろう」


 私たちの足音と会話以外、一切物音のしない洞窟みたいな空間は、ただそうあるだけで不気味さを煽る。

だれかいませんか、だれかいませんか。

もしもひとりぼっちでこの空間を歩いていたとしたら、思わずそう叫びたくなることだろう。


「ネア、もう降ろしてもいいよ?」

「ダメだ。だいぶ離れたとはいえ、まだ地上じゃない。どんでん返しが起こったとしても不思議じゃない」

「でもネアも疲れたよね?」

「俺は平気だ。そもそも、メグならともかく、結衣がこのスピードで走れるか?」

「ちょーっと無理ですねー」


 小脇に抱えられたまま、あっけらかんと結衣ちゃんは言う。

たははー、と笑っている結衣ちゃんを横目に、私はネアに食い下がる。


「なら私だけでも降ろして」

「なぜ?」

「わたしならネアについていける」


 頑固な私に、ネアは溜息を吐く。

そうして降ろすかと思われた。

実際、腕の力が緩んで地面に近くなったのだから。

しかし。


「ネア! なんで!」

「なんでもなにもない。メグを降ろすわけにはいかない」

「どうして! 着いて行けるって言ってるじゃん! 同じ盗賊シーフなのに、疑うの?」

「違う。ここで降ろしたら、確実にメグは戻るだろう?」


 ぐ、と言葉に詰まる。

けれど、現在絶賛戦闘中の雪原に戻る気はなかった。


「……一階層分下に戻るだけだもん」

「なおさらだめだ。メグは雄大たちが登ってきているとは考えないのか?」


 今なお、酸を撒き散らしているヒュドラを引き連れて。

ネアの苦言。

私は空っぽの右手を見る。


「……だって。家族でも、恋人でも、届けてあげたかったんだもん……」

「それは遺品だ。知らない方が幸せなことだってある」

「そうしたら、その人たちはずっと待ち続けることになる!」

「まだ生きているはずだと希望を持っている方が、ずっと明日が生きやすい」

「いつまでも真実を知らないで?」

「そうだ」

「そんな待ちぼうけ、私は絶対にイヤだ」


 目の前で亡くなった男性のロケットペンダント。

あれを私は、運ばれている途中でうっかり落としてしまった。

ネアに知らせても、取りに戻る余裕はない。

理解している。私のわがままで、ネアと結衣ちゃんを命の危険にさらしてしまうことなど、しない方がいいのだと。

だけど。


「……あの日、おねえちゃんがもし、死んでいたら。私はそれを知らずに、ずっと待っていたかもしれない」

「……」

「それは、絶対に苦しい」


 ネアは大きなため息をひとつ吐く。

けれど、けして私を降ろすこともしなければ、速度を緩めることもない。


「それなら、ここで俺がメグをうっかり降ろして、みすみす戻らせたとしよう」


 それはもしもと前置きが付け足された話。


「それが原因でメグが死んだとき、俺はカナタにそれを伝えない」


 私ははっと息を呑む。

ネアの顔を見上げても。ネアの背中側に顔を出している現状、見えるのは後頭部ばかり。


「伝えられるわけがない。申し訳なくて、情けなさすぎて」


 ネアがどんな顔をしているのかは見えない。

けれどその声は、ただ僅かに震えていた。

それがなんとも、泣きそうに聞こえて、胸が締め付けられる。


「メグは、知らせられないのが苦しいからイヤだと言ったな?」

「……うん」

「知らされた時は、きっと何倍も苦しいし悲しいだろうな」

「……かもしれない」

「そんな思いを、カナタにさせたいのか?」


 もう、私は項垂れ首を振る以外、何もできなかった。


「ネア」

「ああ」

「ごめんなさい」

「それは結衣にも言ってくれ」


 ネアに促され、同じ格好でぶら下がっている結衣ちゃんに顔を向ける。


「結衣ちゃんも、ごめん」

「んー、まあ、結果的に思い留まってくれたからオッケーですよっ」


 強行突破してたら怒りました。

そんなことを笑いながら言ってくれる結衣ちゃんの言葉に、私は泣きそうになった。


「……さて、地上までノンストップで向かうぞ」


 ネアはさらに速度を上げた。

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