凍結イチゴの納涼依頼 14

「地震?!」

「いや、地震じゃない……!」


  揺れる地面に立っていられなくなり、雪に座り込む。

結衣ちゃんはバランスを崩して、転んでいた。

足が変な風に曲がっての転倒。ケガをしていないか心配になる。

ネアは必死に踏ん張りながら、ある一点を見つめている。


 それが近付くにつれ、ネアの目は見開かれる。

なんとなく、どのくらいの大きさのものが近付いているのかは私にもわかった。


「雄大、まずい」

「ああ。とびっきりのヤバさだ」


 遠目に肉眼で視認できるようになったそれは、黒紫色の体躯をしている。

首はいくつにも分かれていて、それが周囲を索敵しているように蠢いている。


「オロチか?」

「いや……。ヒュドラだ」


 言うや否や、瀬名さんと大久保雄大が臨戦態勢をとる。

私はネアに、結衣ちゃんは由人さんに抱えられる。


「逃げるぞ」


 ネアはそのまま全力で走る。

その少し後ろを由人さんが着いてきていて、後方を警戒しながらさらに後ろから、瀬名さん、大久保雄大のふたりが追いかける。


「ヒュドラなんてこの階に出たか?!」

「いや、出ない!」

「あいつぅ、最下層のボス部屋にいたわよねぇ?!」

「そうだよ! なんでこんなところに」


 小脇に抱えられる荷物のように運ばれているけれど、この際文句は言っていられない。

彼らが焦っているということは、それだけヤバいものが背後から迫っているということだから。


「あークソっ! 最下層のボス部屋から優雅にお散歩ですってかぁ?!」

「あいつ、一階まで来ていたんじゃないか?」

「だから魔物が何もいなかったのかよ! アイツなら食われていても納得だな!」


 叫びながら掛け合う声に、まだ、後方の彼らが生きていることを実感する。

そうは言うものの、私たちに向かって勢いよく走って来るヒュドラの存在は、無かったことにはできない。


「ゆうにい! あれ倒せないの!?」


 由人さんに抱えられたまま、結衣ちゃんが叫ぶ。

大久保雄大は、アホか! と叫び返す。


「あれはこのダンジョンの最下層のボスだ! レイド式なら倒したことがあるけど!」


 レイド式。

いくつかのパーティーを集めて大人数で攻略に向かう形式だと聞いたことがある。

単体では攻略が難しいボス魔物を倒すことが目的の大半なのだとか。


「それでも相当の準備をして、物資を補給していったんだよ! 今、そんな物資なんてないし、初心者二人を抱えて相手取れるやつでもない!」


 由人さんがそれに続くように叫ぶ。

更にネアが続けた言葉に、私の身体は凍り付いた。


「大人数でしっかり作戦も決めていって、これ以上もないポーションを積んでいっても、犠牲になったやつは多かった」


 つまり、それほどの魔物が、この初心者でも入ることのできるダンジョンの、浅い階層に出現しているという事実。

なぜ?

異変にとんでもない違和感を覚える。

なにか、これからもっと危険な何かが起こる、そんな感覚を。


 ヒュドラがうんと近付いてくる。

ようやく、その細部までが見えるくらいに接近された。


 昔、博物館で見たブラキオサウルスの化石。

体長は、何メートルって書いていただろうか。

見上げるほど大きな体長のそれは、ブラキオサウルスを思い出す。


 黒紫色をした鱗に覆われているその首は九つに分かれていて、よく見ると蛇のように見える。

ただし、実際の蛇よりも大きいのは言わずもがな、口の端からしゅーしゅー蒸発している粘液が垂れている。

あの粘液は危険なもの。

誰に言われるでもなく、直感で感じ取る。


「メグ、気を付けろ。アイツの強みは毒だ」

「毒……」

「とはいえ、環境の変化でちょっとは弱体化しているみたいだな。今日は、強酸になっているらしい」

「蛇だから、寒いところは苦手とか?」

「ははっ。冗談が言えるくらいなら問題ないな」


 ネアが笑う。

ほんの少しだけ、身体のこわばりが解けた。


「最悪、当たっても身体が溶けるだけで済むさ」

「いや、それ十分重症」

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