凍結イチゴの納涼依頼 9

 先導している人たちがダンジョンのベテランさんたちだからか、魔物という魔物に遭遇することなく、とうとう五階層に降りることのできる坂道まで来てしまった。

正直言って、拍子抜けである。


「……さすがにおかしいわぁ。こんなに何も出ないのってぇ」

「安全だからいいことだけど。もしかして、先に入っている人たちが根こそぎやっちゃったかな?」

「うーん、まあ、報告はちょっと待ちましょうかぁ。余りにも度が過ぎていれば、報告するってことでぇ」


 報告?

瀬名さんと由人さんから聞こえてくる会話に、首を傾げる。


「本当は、こんなに何も遭遇しなくなるくらい根こそぎ魔物を倒したり、薬草なんかを取っていくのはマナー違反なんだ」


 だから、度が過ぎれば、発見者は探索者協会まで報告する義務がある。

ネアはそう言うけれど。


「そもそも、ここまで何も出ないくらい狩られ尽くしているって仮定して、そんなことができる人が本当にいるのかな?」


 ネアも不思議そうに首を捻っている。

数百人単位で狩るのならともかく、コインロッカーは私たちの荷物を入れても、まだ少しは猶予があった。

そんなに人が入っているとは思えない。


「……とにかく、降りてみないことには、何が起こっているか分からないな」


 大久保雄大と同じ意見なのは癪ではあるけれど、今はそんなことも言っていられない。

大久保雄大はネアに視線を向け、少し強張った表情でお願いごとを言う。


「ネア、もしもなにかがあるようだったら、結衣と恵美を連れて先頭で地上まで上がってくれ。その後ろを由人。俺と瀬名は殿しんがりを勤める」

「承知した」


 普通ではない空気。

それに当てられ、私と結衣ちゃんは顔を見合わせる。

お互いに、不安そうな表情を浮かべていた。


 そんな私の頭をネアが撫で、大久保雄大が結衣ちゃんと肩を組み、努めて明るい声を出す。


「心配することは無い。何かあることの方が稀だ」

「そうだぞ。俺たちは普通に五階層まで潜って、普通に凍結イチゴを採って帰ることになるからさ」


 そうは言うものの、私たちから顔の強張りは解けない。

微妙な空気を残したまま、坂道を下っていく。


「……わぁ」

「すごい幻想的ですね……」


 五階層に降りた途端、目に入るのは水色の光。

岩壁なのは相変わらずのこのフロアが光で溢れているのは、壁から突き出している、身の丈ほどもある大きな水晶や宝石の類が発光しているから。

 水色、ピンク、紫や赤色。

黄色もあれば緑もあって、そこは一種のダンスフロアのようでもあった。


「ネア、あの扉は?」


 そんな宝石に囲まれて鎮座する大きな扉。

宝石と引けを取らないほどに豪奢なそれは、この煌びやかなダンスフロアでも存在感を放っている。


「あれに今日は用はない」

「あれ、なんなの?」

「あれは通称ボス部屋だ。あの中に六階層への階段があるんだが、中にいる魔物を倒さないと下へは降りられない」


 なんとゲーム染みた設定だろう。

それよりもあっちだ、とネアが指さす方向に、私は従った。


 あの存在感増し増しな扉から遠ざかり、通っていく道は変わらず宝石に彩られている。

景色が変わっていかないにもかかわらず、一歩踏み出すごとに気温が下がっている気がする。

 初めは夏の頃の冷房くらいの涼しさで心地よかったのに、段々と吐く息が白く染まっていく。

寒い。

急な気温の変化に体が慣れず、耳鳴りがキーン、と響く。


「きゃあっ!」

「うわっ?!」


 段々と、半袖の装備で来たことを後悔し始める頃。

踏み出した先の道で滑り、盛大に尻もちをついた結衣ちゃんに巻き込まれる。

彼女に踏みつぶされる形で同じく尻もちを着くと、冷たい床が臀部に当たる。

凍えそうだ。もう凍えている。


「結衣ちゃん、退いてくれると嬉しいな」

「うぅー、ごめんなさい」


 彼女が退くと、視界一面が真っ白に染まる。


「ここが氷雪エリアだよ」


 由人さんの紹介の声。

私はその場に立ち上がった。

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