凍結イチゴの納涼依頼 5

「ただいまー。……おねえちゃん?」


 盗賊協会への登録が無事に終わり、電車の駅までシシさんとネアに見送られ、帰路に就く。

家に帰ると、姉が机に肘を立て頭を抱えながら、呻き声を上げていた。


「おねえちゃん?! どうしたの、頭痛い? 救急車呼ぶ?!」


 姉からの返答はない。

只事ではないと感じ、すぐに救急車を呼ぼうと携帯を手に取る。


「……ない、のよ」

「え? ない? 薬?」

「お客さんの注文に、応えられないのよ……!」


 苦し気に顔を歪め、吐き出された言葉はそれ。

注文?

私は姉に聞き返す。


「そう。今日、お客さんから注文があってね……」


 熱中症対策で冷感効果のあるミントシロップの売れ行きが上々なのは知っての通り。

ただ、ミントは特に好みが分かれるものでもあり。

今度、少年サッカーチームが遠征に出かけるらしいのだが、その際の熱中症対策用に、ミントが苦手な子供でも飲めるシロップを作れないかと打診をされたそうだ。


「それに悩んで悩んで……! 既にいくつか試作は作って、依頼人さんに試飲してもらったんだけど……!」


 冷感効果のあるシロップは、今のところミントしか姉は見付けていない。

それを飲みやすくするために、ミントシロップをジュースに混ぜてみたり、ミントシロップ自体に他の果物を混ぜてみたりしたそうなのだけど。


「メントール感が強くて、さっぱりしすぎってことらしいのよ。お客さんは、ミントの風味を全部無くしてほしいみたい」


 そんな無茶な。

私は姉に課された無茶ぶりに、思わず眉を顰めてしまう。


「んー、冷感ポーションなんてものも、今のところ見付かっていないしね」

「予算の関係上、ポーションに手は出せないからシロップがいいって言っていたわ」

「すごいワガママだ」


 ただ、少し安心した。

大病を患ったとかではなくて。

ここのところ、姉は寝る間も惜しんで忙しそうに働いていたから。

手伝えるところはもちろん手伝っていたけれど、効果付きのシロップなりポーションは、肯定の大半を姉が行わなければならないから、それが少し歯痒かった。


「それ、締め切りってあるの?」

「二週間後だって。でも、もしできないのなら早めに断らないと……」


 期限ぎりぎりまでできないことを言わないのは、お互いのためにもよくない。

それは姉が常日頃から言っていることだった。


「おねえちゃんは、とりあえず少し休んだらどう?」

「ええ? でも、明日のミントシロップも作らなきゃ……」

「おねえちゃん、顔真っ赤だよ。知恵熱でも出たんじゃないの? 少し休みなよ」


 でもでもだってと強情な姉の車椅子を押して姉の部屋に向かう。

冷房をかけ、姉がベッドに横になるのを手伝った。


「無理してもよくないよ。それに、明日お店定休日じゃん」

「え? そうだったかしら?」

「もー、やっぱり忘れてる。私、それ知ってるよ。ワーカーホリックって言うんだって」


 夕飯ができたらちゃんと起こすから、寝ていて。

そう言って扉を閉めてしばらく。

そっとドアを開き隙間から覗くと、ベッドの上で姉は寝息を立てていた。


「無理しすぎなんだって、本当に」


 扉を閉め直し、ひとりぼやく。

さて、と立ち上がり、台所へ向かった。


「おねえちゃんがあんなだし、今日は冷たいものにしよっと。……そうめん発見」


 今日のご飯はそうめんだ。

私はお鍋一杯のお湯を沸かし始めた。




「……ってことがあったんだよ」

「そうか。大変だったな。カナタは今?」

「ちゃんと熱は下がって、定休日は一日安静にしていたのを見ていたよ。今日は変わらずに忙しそうにしてる」


 今日はネアの引率でダンジョンに初めて入る日。

ポーチに姉特製のモモポーションを詰め、まるで気分は遠足。

電話で約束をした通り、ネアは探索者協会の入口で待っていてくれた。


「高校の時から、カナタは頑張りすぎる時があったからな……。すまないが、無理しそうになっていたら」

「うん、無理にでも止めるつもり。大丈夫だよ」


 妹だもん。

私はそう言って胸を張る。

ネアは穏やかに、そうか。と呟いた。


「それよりも、今日はメグの他に二組、参加するんだが」

「うん、問題なし。それより、こっちこそごめんね。私がひとり入れたいって言ったのに、結局要らなくなっちゃって」


 実は今回の探索に、陽夏も誘ってみた。

のだが、陽夏は魔法使い協会の方で推薦された人に、初探索は引率してもらうことになったそうで。

マジメンゴ! って言ってた。先約があったのならしょうがない。


「構わない。もともと先約があったんだろう?」

「うん。協会推薦の先輩だって」

「それなら断らない方がいいな。協会推薦の場合は、推薦された人間が昇格するか何かの試験である場合があるし、受けておけば下手な人間に当たることもない」

「下手な人間……?」

「たまにいるんだ。引率する代金と称して、魔物から剥いだ品はおろか、そいつの身ぐるみまで剥いで請求してこようとする輩が」


 なにそれ。

ほんの少し、恐怖に身震いすると、ネアは優しく微笑む。


「大丈夫だ。そういうやつは稀だし、そもそも被害に遭ったとして、協会に被害届を出せば済む。程度にもよるが、犯人は奪った品の返還及び、賠償金が求められる。それから、探索者資格の剥奪。だったかな」


 そんな馬鹿なやつは滅多にいないよ。

ネアに頭を撫でられ、少し落ち着いた。


「と、あいつらだ。こっちだ!」


 ネアは入り口に現れた人たちに大声で呼びかける。

近付いてきた彼らに、私は目を見開いた。

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