試験とモモ級回復ポーション 13

「ただいまー」

「お邪魔しまー」

「おかえり。ふたりとも、結果はどうだった?」


 家に入りすぐに出迎えてくれた姉。

結果とは、今日の探索者試験の結果のことだと推察する。


「実はまだ見てないの」

「ええっ。その場で教えてもらえなかったの?」


 私は驚いたように口元に手を当てる姉に、通知書は袋綴じになっているものを手渡しで渡されたことを話す。

姉は感心したように、はー、と息を吐いた。


「今はそうなっているのねぇ」

「おねえちゃんのときは違ったの?」

「ええ。その場で番号を呼ばれて、関係機関の連絡先を渡されたって聞いたわ。わたしは探索者の資格を受けていないから、実際どうだったのかは見てないの」


 姉から聞く、一年前の試験の様子。

とはいえ、彼女も人伝てに聞いたものでしかないけれど。


「そいや、カナタさんたちの代って、合格した人たちに寄生目的の勧誘とか、逆恨みの報復とかが多かったんだっけ?」

「そうよ。わたしの知り合いも、それで迷惑を被ったって聞いているわ」


 姉は目を伏せる。

その時の惨状でも思い出しているのだろうか。


「まー、そんなことがあったから、今はこんな方式だし。心配せんくても、いんじゃね?」

「そうよね。ふたりとも、今見る? わたし、結果が気になるわ」

「じゃあ、陽夏今開ける?」

「そする。んじゃ、せーので開けるか」


 通知書の端、綴じられている角に指をかける。

陽夏が、こちらに視線を遣る。

私はひとつ、頷いた。


「せーのっ」


 ぴりって、小気味のいい音を立てて袋が開かれる。

開かれた袋は一枚の紙へと変わる。

その上部に、大きな文字で一言書かれていた。


「……! やった、私、合格!」

「ウチも! 但し書きあっけど、とりあえず合格!」


 やったやったとピョンピョン跳ね回る私と陽夏を微笑ましそうに見る姉。

彼女は目を細め、おめでとう。と口にする。


「おめでとう、ふたりとも。よく頑張ったわね」

「うん! よかった、またしんどい思いしたくないもん」


 私は合格の文字の下に書かれている但し書きを読もうと視線を下に向けようとした。

それを阻止したのは、陽夏の思い出したような声が上がったから。


「そういや、ウチ、カナタさんに相談したいことがあったんだった」

「恵美から聞いているわ。具体的にはどういうものかしら?」


 陽夏は躊躇うように視線を右へ左へ彷徨わせる。

彼女は、決意を決めた目をして、姉に頭を下げた。


「ポーションの味、飲みやすい奴って作れますか!?」


 突然の要求に驚いたのか、陽夏が勢い良く頭を下げたことに驚いたのか、はたまたその両方か。

姉は大きく目を見開き、唖然とした風に瞬いた。


「なんで?」


 陽夏はすごく言い辛そうに、彼女が戦闘実践の時にぶっ倒れたこと、その後の治療で魔力ポーションを飲んだ時のことを語る。


「あれはない。ほんとない。あれを常に飲まなきゃいけないダンジョン探索なんて、苦痛でしかない」

「たしかに、バターの海に青汁が溺れているような味した」

「メグの表現、たまに独特なんだけど。てか、メグも飲んだん?」

「陽夏のお見舞いに行った時にね。勉強だから飲んでおけって」


 話を聞いていた姉は、そうねぇ。としばらく考え込んだ後、車椅子をこちらにずい、と近付ける。


「陽夏ちゃん」

「はい? ……いって!」

「おねえちゃん?!」


 姉はいきなり、陽夏の額にデコピンをかました。

陽夏は額を抑え、よほど痛かったのか涙目になっている。


「まず、わたしは陽夏ちゃんに言いたいことがあります」

「は、はい……」

「魔力ってね、わたしたちがジョブを使う上で切っても切り離せないものなんだけど、それが枯渇すると死ぬこともあり得るって言うのは聞いたかしら?」

「はい……」

「だから、人体はそれが枯渇しないように、ボーダーラインを越したら身体に不調が現れるようになっているの。眩暈とか、吐き気とか、頭痛とか、とても無視できない不調が」


 姉は静かに、陽夏の目を見る。


「どうしてその変化を無視したの?」


 陽夏は気まずそうに目を逸らす。


「だって……なんか、楽しくなってきたし。いけるかなって思っちゃったんだし……。あいたっ!」


 本日二発目のデコピン。

姉は、心配そうなため息を吐いた。


「いいこと? 陽夏ちゃん。あなたのそれは、ダンジョンにおいては死んでしまう性質よ。ジョブの力を使えるようになったからといって、万能感に酔ってはダメ。楽しくなっても、ブレーキをかけるのよ。頭は常に冷静にいなさい」


 姉はデコピンを二回もした陽夏の額を摩る。

そのまま、私の方へ顔を向ける。


「恵美も覚えていて。無茶をすること、万能感に酔うこと、冷静に周りを見れなくなること。これはダンジョンの中では死に急ぎ野郎って揶揄されることもあるほど、危険なことなの」


 分かった。その意味を込めて、私は頷く。

陽夏もしょんぼりと肩を落としたまま、頭を縦に振った。


「……ごめんなさい、カナタさん」

「分かればいいのよ」


 姉は私においでと呼びかける。

傍に向かうと、陽夏と一緒に抱きしめられた。


「ふたりが無事に戻ってきてくれたこと、わたしは何より嬉しく思うわ」


 久しぶりに抱きしめてくれた姉の体温は、昔と変わらずに暖かだった。

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