疲労回復オレンジシロップ 13

「ありがとーございましたぁ」


 自分の勧める商品が買われなかったからか、一気にやる気をなくした元気のない接客態度でレジ打ちをされる。

やたらと手元がのんびりなのもそのせいだろう。

支給されたクーポンを使ったため、お釣りを待つ必要がないが、私は余計なことを考えてしまう。

この店、いつか潰れるのでは? 主には店員の接客態度で。


 そんな要らない心配をしつつも、ちらちら入口を見ては店員さんの方へ顔を向け、商品を包み終わるのを待つ、という流れを繰り返していた。


「はいどうぞぉ」

「ありがとうございます!」


 商品の入った紙袋を渡されるや否や、それを引ったくって入口へ駆ける。

店から出てすぐに探したのは、さっきの男性の後ろ姿。


 いた。

黒のTシャツの後ろ姿。

幸いにも、彼はこの店から然程離れていない店の商品を眺めていた。

小走りを維持したまま、彼に駆け寄っていく。


「あの、さっきはありがとうございました!」


 近寄ってすぐに礼を言う。

彼はこちらを見向きもしない。

見向きはしないが、お礼を言いたかっただけだったから、それでもいいかと踵を返し掛けたところに、彼は突然話し始めた。


盗賊シーフは盾を持つな。常に片手を空けておけ。身軽さと、物をすり取るのが売りのジョブだからな」


 こちらに視線を向けずに語られるそれは、まるで対話する相手のいない独り言のよう。

思わず凝視する。

私の視線に気付いているのかいないのか、対話相手のいない彼のアドバイスは続く。


「盾の代わりに物がたくさん入るポーチを買うといい。盗賊は収集も得意だ。下手なものだと、すぐに収納一杯になってしまう」

「どうして、私にアドバイスをしてくれるんですか?」


 質問をしてみる。

彼はそれで、私の方を向いた。

 ようやく見れた彼の顔。

天然パーマなのか、それともセットか。緩くウェーブを描く髪の毛。

整った顔立ちを隠すかのように伸ばされた前髪。

均整の取れた筋肉質な腕を惜しげもなく晒す、私よりも背の高い彼は、一言で言えばハンサム。

或いはイケメンと言い換えてもいい。


 クラスにいたら確実に女子の羨望の的になる容姿を持つ彼は、ふ、と薄く口角を上げる。


「さあな」


 その一言でさえも嫌味にならないのだから、容姿のいい人は得だな、なんてことを思いながら、私はしどろもどろになっていた。


「さあな、って……」

「この店は店員はアレだが、物はたしかだ。目利きができるようになったらまた利用してみるといい」


 彼は再び背を向けてしまう。

その口から吐き出されるのは、やはり有用なアドバイスで。

 言いたいことを言い切ったのか、しばらくの間が空く。

そのしばらくの間で思い出したことがあったのか、「ああ、それと」なんて彼は続けて伝えてくる。


「装備を買うなら二階のアレシアって店をすすめる。初心者と見るや、いらんことまで教えたがる厄介な店員がいる。役に立つはずだ」


 彼は本当にすべてを言い切ったようで、そのまま歩きだしていく。

向かっている先はエレベーター。

このまま別れてしまったら、きっと後悔する。なんでか、そう思った。


「あの!」


 突然の大声で呼び止める。

彼はそれを無視することもなく、その場で立ち止まってくれた。


「お兄さんのお名前を聞いてもいいですか?」


 息を呑む音がした。気がした。

彼は数秒の間を開けて、それを答えた。


「ネア。……仇名だよ」


 彼、ネアはそう言って立ち去っていく。

他に用事があったのか、彼は足早にエレベーターに乗り込んで、姿を消した。


「ネア……」

「メグ、いきなり走ってどしたん?」


 彼がエレベーターに乗り込んでからも、私はその場から動けないでいた。

放心している、とか、呆然としている、とか。

そんな言葉がよく似合う女に私は今なっていた。

それを掻き消すのは、陽夏の声。


「うん……。なんでも、ないかな?」

「なんだよそれー」


 陽夏は不思議そうに首を傾げながら、けれどすぐに、いつもの調子に戻って気にするそぶりも見せなくなった。


「何があったかは知らんけどさー。とりあえずメグの装備買いに行こうぜぃ」

「うん……。陽夏、私、アレシアって店に行きたい」


 希望を伝えると、陽夏は豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をしていた。


「おー、いいけど……。メグ、その店知ってたん?」

「いや……。教えてもらったの」

「ふーん」


 ま、いっか。

陽夏はいつもの暢気な声で、エレベーターまで先導して歩いていく。

エレベーターに乗る直前、一度だけさっきまで立っていたフロアを見渡した。

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