疲労回復オレンジシロップ 11
陽夏の言葉に、彼は顔を上げる。
その目はやや見開かれていて、信じられない。そんな感情を表情に現している。
「……よろしいのですか? 紹介したわたくしが言うのもなんですが、本当に素人作品のような出来でございますよ?」
「んー。でもさ、ここにあんのって、ほとんど五万じゃ買えないもんばっかっしょ?」
「はい、左様でございます。しかし、予算が五万であれば、量販品でも十分な品質のものがたくさんございますが……」
「それ、この子紹介してくれたおにーさんが言っちゃうー?」
陽夏は快活に笑いながら、杖をぎゅっと握りしめている。
まるで、離さないと言わんばかりに。
「いーの。ウチがこの杖気に入ったんだし。要するにさ、ウチと一緒に成長してくれる杖ってことっしょ?」
いーじゃん。そう言って笑みを深める陽夏。
彼はそんな陽夏の言葉に、はっとした表情を浮かべた。
「この杖作った人が今も作ってんのか、辞めちゃったのか知らんけど、今も作ってんのなら成長してるってことだし。ウチも成長したいから、この杖買うよ」
そう彼女が言い切ると、彼は感極まったように深々と頭を下げ直す。
「ありがとうございます。その杖を作った者も、きっと報われます」
そして顔を上げた彼は、どこか憑き物が落ちたような、そんな穏やかな笑みを浮かべていた。
「それでは、杖をお預かりさせていただきます。他にお買い物はございますか?」
「んや、いーや。それよかおにーさん、このクーポン使える?」
「ああ、使えますよ。ご使用になりますか?」
陽夏はそのままクーポンを差し出そうとして、はた、と止まる。
その行動を疑問に思い、「陽夏?」と声をかけると、彼女はクーポンを財布にしまう。
代わりにその財布から、現金五万円を取り出し、レジに置いた。
「やっぱ現金で」
「よろしいのですか?」
「もしかしたら一生の相棒になるかもしれんし。ちょっとばかし苦労して貯めたお金の方がいいかなって」
悪戯っ子のようにそう言えば、彼女は舌をちろっと出す。
そんな彼女に、彼は共感したように何度か頷いた。
「それではそのように。お包みいたしますので、しばらくお待ちください」
彼はそう言って店舗裏へと消えていく。
陽夏の手には、杖を買ったという証拠のレシートが残った。
「メグ、難しい顔してっけど、どした?」
「陽夏も色々考えてるんだなって」
「そうっしょ? ウチ、意外と毎日頭使ってるんだぜぃ」
「すごいよ。私、おねえちゃんの役に立ちたいってそればっかりで、全然そんなこと考えてもいなかった」
時折、振舞いからは想像もできない利発さを垣間見せることはあった陽夏だが、基本はギャルだし、私からしたら大切な友達で、幼馴染で。
だけど、時々陽夏が、いつか私と決別して、ずっと遠い所へ行ってしまうのではないか。
そんな気配を感じさせて、無性に怖くなってしまう。
「でもさ、ウチ、メグのことそんけーしてるんだよ?」
「ほんと?」
「ほんとほんと。だってメグ、誰かが困っていると一生懸命じゃん」
「いや、それは、だって、私が、思考も見通しも甘いだけだよ、そんなの」
「できないよ。ウチには」
陽夏が私の思考を読み取ったかのように、真剣な顔をして見つめてくる。
私はその顔から、視線を逸らしてしまった。
「昔さ、メグが手助けした子、いたじゃん?」
「えっと、もしかして、飯田さんのこと?」
「そうそう。でも、手助けは失敗しちゃってさ。メグは助けようとしたのに、本人や関係者に責められて」
「あれはしょうがないよ。私の力が足りなくて」
「でも、そのことに対してメグ、弱音も恨み言も吐かなかったじゃん。助けようとしたのにー。とか、そういうの、一切」
私は陽夏の目を見る。
凪いだ光が、彼女の瞳に映っていた。
「強いよ、メグは。ウチ、そんなメグをいっつもそんけーしてるもん」
そんな視線が照れ臭くなって、私はまた、目を逸らした。
「……ありがと」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます