疲労回復オレンジシロップ 2
街の外れ、というほど離れてはいないけれど、電車を一本乗り継いで、辿り着いた駅から自転車で二十分走った先にある住宅街。
これまた住宅街と言えるほど家の建っていないそのエリアの中、ひときわ目を惹くログハウスが目的地。
「じゃ、荷物置いたら後で遊びに行くわ」
「もちろん、待ってる」
同じ住宅街エリアに住む陽夏の家からログハウスまでは徒歩で五分もかからない。
さっさとログハウスに背を向け歩く陽夏の姿を十数秒くらいの間見送り、裏口の扉を開ける。
「ただいまぁ」
それほど大きくない声は、ログハウスの中のプライベートスペースに響く。
しかし反応は何もない、ということは、きっと来客の対応でもしているのだろう。
私は自室の扉を開き、ベッドに鞄を投げる。
ぼふっ、と落下音が柔らかく受け止められ、衝撃で無理矢理止めていた鞄の蓋が開いた。
構わず制服を脱ぎ捨て、いつも使っているTシャツとジーンズに着替える。
最後に、ハンガーにかけっぱなしにしていたモスグリーンのエプロンを被れば、準備は万端。
適当に髪の毛を縛り、部屋から出る。
プライベートスペースと店舗スペースを区切る扉のその向こうでは、未だに会話が続けられている。
「ありがとうございました、また来てくださいね」
私が入室すると同時、その会話は定型文で切られる。
店の入り口から出て行く姿は、複数の小学生くらいの人影だった。
「ただいま、おねえちゃん」
「お帰り
姉はレジから、私よりも幾分か低い目線で振り返る。
車輪を器用に方向転換させながら移動する五歳年上の姉は、母の生き写しと言われるほど整った顔に満面の笑みを咲かせ、楽しそうに話す。
「さっきの子たちね、今年入学した一年生の子に、ここのお菓子を食べさせたいって、お小遣いをみんなで集めて買いに来てくれたの」
「そうなんだ。後輩想いのいい子たちだね」
「そうね。わたしもそれを聞いて、嬉しくなっておまけしちゃった」
「もー。いくらおまけしたの?」
「お金は値引きしてないわよ。クッキーを一袋おまけしたの」
「それ、もう値引きと一緒だって……。押す?」
「ええ、お願い」
私は入り口の『OPEN』と書かれた札をひっくり返し『CLOSE』にする。
姉の背後に回り、ハンドルを押し、バックヤードという名のプライベートスペースに向けて歩く。
私の進むスピードに合わせて、車輪はからから回る。
車椅子に乗って生活する姉には、両足が無い。
三年前に、無くなった。
「今日はいくつ作る?」
「そうねぇ。今月のノルマがあと十個だから、今日はそれを作って自由時間にしましょう」
「了解」
プライベートスペースの扉を閉め、台所へ向かう。
ザルに山と盛られた、葉っぱはヨモギに、全体的にはホウレンソウに似た草を一掴みして、まな板へ並べる。
「それじゃあ、いつも通りに『治癒薬草』を刻んでね。今日はそのザル一杯分だけで十分よ」
「はーい。根っこは、今日はどうする?」
「取っておくわ。丸薬に使えるもの」
そう言いながら姉は、小鍋に水を沸かし始める。
それを横目に、根っこを切り分け別皿へ退かし、残った葉をみじん切りの要領でひたすら刻む作業をする。
「そうだ、おねえちゃん。陽夏があとで遊びに来る」
「あらあら。それなら、冷蔵庫におやつがあるわよ」
「やった」
この作業も慣れたもの。五分とかからず刻んだ治癒薬草をボウルに移し、ザルを流しへ置いておく。
姉は沸騰を始めた鍋の湯に、ボウルの中身を流し入れた。
「おねえちゃん、明日ね、
「そういえば、もうそんな時期なのね」
「適正職業検査、記念すべき二期生だよ」
「そうねぇ。一期生は去年十七歳以上だった人たちだものね」
「おねえちゃんも一期生だよね?」
「うふふ、そうよ。あの時は十七歳以上の人たちをまとめて検査したの」
「数が膨大すぎて、みんな検査し終わるまで半年以上かかってたよね」
「ええ。わたしも最後の方だったわ。まあ、でも大半の人たちは既に仕事をしていたから……」
「ジョブ判明しても、転職は早々できなくって、副業として働き始める人が多かったって話だよね」
冷蔵庫の隣に置かれた段ボール箱の中から、手のひらサイズの小さな小瓶を引っ張り出し、机の上に並べる。きっかり十個。
姉は中火で治癒薬草を煮詰めている。多分、そろそろ弱火になる。なった。
「一時間放置?」
「今日は昨日より暑いから、四十分くらいでいいと思うわ」
それ、ちょうだい? と姉に言われて、机に置いてあった携帯を手に取る。
電話帳の中から連絡先を探している、そんな指の動きをした姉は、そう時間も経たない内に携帯を耳に当てる。
恐らく、集荷業者に連絡をするのだろう。明日、ノルマ分を取りに来てって。
私はそれを見ながら、漏斗と濾過をするための紙フィルターを用意した。
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