第二話

「お話……?」


 虚な目で私が尋ねると、


「少し込み入った内容ですので、何処か場所を移した方が宜しいですね」

「そんな事、どうでも良いですよ!」


 私が出した怒鳴り声に意表を突かれたのか、色黒の男性はビクッとなった。


「やっと死ぬ勇気が出たのに、もう飛び降りるなんて怖くてできない……」


 私は徒労で、抜け殻の様にその場にへたり込んでしまった。

 これで、もう死ねない。

 明日から、またイジメられる。

 明日にはアレが学校中、世界中に拡散されて、私は一生、笑い者にされる。


 明日から始まる恐怖に私は震え、涙が込み上げて来た。

 飛び降りたくても、こんな高い所から二度と飛び降りるなんて無理。体が死ぬ恐怖を知ってしまった。


「どうしてくれるんですか!」


 色黒の男はヒステリックになっている私を見て、部下の二人に目配せをした。それが指示だったらしく、二人は階段を降りて、その場を離れた。


 私と色黒の男性の二人きりになった。


「ご挨拶が遅れました。私はこう言う者です」


 男性は懐から名刺を取り出して、私に差し出した。その名刺に一滴の雫が落ちた。さっきまで晴れていたはずの空に真っ黒な雲が掛かっている。風も吹いて来た。


「降って来そうですから、手短かにお話します」


 私は彼が差し出した名刺を見た。漢字ばかりがお経の様に並んでいるのに圧倒され、一瞬で「偉い人」だと分かった。


「文部科学省?」

「阿雲圭一と言います。色鳥さん、単刀直入に伺います。アナタはイジメられていますね?」

「え?」


 阿雲さんはへたり込んだ私に視線を合わせるために膝立ちになった。先生に言っても無駄だと思ったけど、この人は何だか信用できる気がした。


「はい」


 阿雲さんの目を見ていたら、返事が自然と飛び出し、それを合図にしたような豪雨がいきなり空から降ってきた。


「課長!」


 さっきの部下の内の女性が会談から、呼んでいる。


「場所を変えて、お話ししましょう」


 阿雲さんは私の手を取って、校舎の中へ連れ戻した。

 もう二度と戻ってこないと思っていた学校の中が、不思議とただのコンクリートの塊みたいに感じた。


 昇降口に行くと、部活をしていた人たちが雨宿りをして大勢いた、私はその中をそそくさと靴に着替えて横切り、阿雲さん達と待ち合わせをした校門まで走った。


「乗って下さい」


 阿雲さんの部下の男性の方が後部座席のドアを上げてくれた。

 前に部下の二人、後部座席に私と阿雲さんという形で車は発進した。


 まず道中で阿雲さん達の仕事についての説明があった。


 阿雲さん達は文部省の中に組織された、イジメ問題対策の部署だそうだ。年々、イジメによる自殺者の数は増加の一途、スマホなどの発達により、いじめの方法はどんどん陰湿化し、卑劣になっている。


「我々はイジメから若者を守る為に立ち上げられた組織です」

「守る?」


 その言葉に私は反応した。


「じゃあ、私のイジメを解決してくれるんですか?」

「いえ」


 阿雲さんは残念そうに首を振った。


「それは無理です」

「どうしてですか?」

「まず全国の全ての生徒のイジメを把握するには、我々の組織では物理的に不可能だと言う事。

 次にイジメている生徒にも、原則人権という者がある以上、我々に出来ることには限界がある。

 そして最後に、イジメと言うのは無くならないからです」

「無くならない?」

「イジメと言うのは集団生活が形成されてば、何処でも一定数起こってしまう問題です。むしろ、誰か一人を虐めることで、その集団の結束を強めるという役割もあります。

 つまり、『イジメがこの世から無くなる』と言うのは『全ての人間が他人に無関心になる』と言うことと同義だと言う事です」

「じゃあ……私たちはどうすれば良いんですか?」

「残念ですが、イジメを無くすという事で、我々がアナタに協力する事はできないと言う事です」


 私は阿雲さんの言葉を聞いて、いきなり突き放された気分になった。

 さっき、屋上で感じたこの人への期待は的外れだったみたいだ。


「じゃあ、アナタ達は何しに来たんですか?」

「アナタを助けに来ました」

「でも、言ったじゃないですか。イジメを無くす事はできないって」

「その通りです。ですから、別のアプローチを我々は考えたんです。イジメが無くせないなら、イジメられている事にメリットがあれば良いのではないか? って」

「メリット?」

「色鳥さん、アナタにそのサンプルになって頂きたいんです。今日、伺ったのはそのお願いをする為でした」

「サンプルって?」

「イジメられている人々を救済する方法です。その方法が果たして、機能するかどうか? 最初のサンプルとして選んだのがアナタです」

「どうして?」

「理由はお話しできません」


 その時、私にある疑問が浮かんできた。


「あの、私のことをどうやって知ったんですか?」

「それを話すと、アナタはもうサンプルを断る事はできなくなりますが、宜しいでしょうか?」


 私に考える時間は必要なかった。

 もう、死ねない。

 なら、ワラでもサンプルでも、なんでも縋ってこの地獄から抜け出したい。どうせ、一度捨てた命だ。


「やります」

「ありがとうございます。ではお話しします。

 サンプルになるイジメられっ子を探すべく、我々はまず日本中の学生の使っているSNSのデータを分析しました。

 その中で集団から浮いていたり、どこのSNSにも記録や交流が見られない生徒を探し、リストアップします。

 その中から我々の基準に一番近かったのがアナタだったと言うワケです」

「基準って言うのは?」

「色々です。知性や外見、性格、生活環境などなど」


 阿雲さんは腕時計を見た。


「今の時間、アナタの家は誰もいませんよね?」

「え、あ、はい」

「少しサンプルの準備がありますので、我々もお邪魔させて頂きます」


 そう言っている間に、車は私の住んでるマンションの前に停車していた。


 雨も通り雨だったらしく、すでに止んで、車を降りると西の空に綺麗な夕焼けが見えた。





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