それって恋人同士

「それは、恋人同士になったということなのでしょうか?」女性は顔を赤らめた。


「いいえ、違います。あくまで友人です。ただ、他の友達とは違った感情は抱いていたかもしれません。」男性は優しく微笑みながら答えた。


「どのような気持ちだったのですか?」男性は真剣な眼差しで尋ねた。


「恥ずかしながら、私は恋を知りません。ですから、この気持ちが何なのか、自分でもよくわからなかった。でも、彼女を心の底から大切に思っていました。彼女が私にとってかけがえのない存在であったことは確かです。」女性は少し照れくさそうに答えた。


「それは今も変わりませんか?」男性はやさしく問いかけた。


「ええ、もちろんです。」女性は微笑んだ。


「貴方から見て、彼女はどういう人物だったと思われますか?」男性は女性の言葉に興味津々の様子だった。


「優しい子でした。控えめな性格でしたが芯が強くて勇気のある子です。」女性は彼女の印象を語った。


「貴方と彼女は仲の良い親友同士でしたか?」男性は女性に問いかけた。


「ええ、私にとっては一番の親友です。」女性は少し懐かし気な表情を浮かべた。


「今でも連絡を取り合っているのですか?」男性は興味津々の様子だった。


「いいえ。」女性は少し寂しそうな表情を浮かべた。


「どうしてでしょうか?」男性は女性に問いかけた。


「もう二度と会うことはないからですよ。」女性は淡々と答えた。


「では最後にお伺いしたいことがあります。」男性は女性に問いかけた。


「なんなりと。」女性はにっこりと笑った。


「なぜ貴方たちはあのサイトを作ろうと思ったのですか?」男性は女性に興味津々の様子だった。


「私たちの社会がインターネットと出会って10年が経過していますが」「我々はその節目に立ち会っているということです」完 第2章『インターネッ卜の終わり』


「今回、訪問する先は…」ナレーションが入り、画面が変わった。男性が微笑みながら子供に声をかける。「お元気でしたか?」子供は嬉しそうに手を振り、「うん!」と答えた。男の子が保育バッグを持っていることから、保育園からの帰り道のようだ。


「将来はヒーローになるんだ」と子供が自信たっぷりに言う。私は苦笑しながら、子供向けのアニメが流行っていたことを思い出した。母親は、ネットの悪者には気をつけるよう子供に注意する。私はうんざりしながらも、母親の心配が理解できると思った。


「僕は、将来はお父さんみたいにお医者さんになりたいんだ」と男の子が言った。私は、男の子の将来への夢に胸を打たれた。


『医者の息子』


それが私の人生で最大の岐路の一つだ。


「ありがとうございます」『インターネットを撲滅する運動』の集会では毎回同じような光景が見られる。ネットの悪影響を訴える者、逆にそれを逆手に取って商売しようとする業者の批判を行う者たちなどだ。しかし、『正義感』を主張する割に、彼らは自分が正しいと思うことの正当性を証明することができないようだ。


「先生はおいくつなんですか」参加者の一人に訊かれたことがある。私は笑顔で答えた。「30歳です」嘘は言っていない。ネットをやるようになってから15年近く経つ計算になるが。私は医者を目指していたこともある。それもこれも、すべては『金のため』だ。


ネットの未来を語り合うのではない。自分の過去を懐かしんでいるわけでもない。私はただ単に金を稼いでいただけだ。そして稼いだ金の使い途を考えれば、結論は明白だ。私は自分を誇示したかったのだ。自分は他人よりも優秀であり優れているのだと主張し続けていたかったのだ。ネットにどっぷりと漬かりこみつつも現実の生活を捨てきれない自分に酔いしれているだけなのだ。そんな奴らに現実を教え込んでやりたかった。だが、彼らも自分と同じく愚か者であるならば、一体何を言えば良いのか皆目見当がつかない。結局のところ、「みんな違ってみんな良し。人間にはそれぞれの価値があるから仲良くしようね」などと曖昧な言葉を並べ立てるしかなくなってしまうのだ。


だからといって私の言葉が正しいというわけではないだろう。私の言葉は常に空回りする。それでも、言わずにはいられないのだ。


なぜならば――「私こそが真の英雄だからだ」


私以外の何者にそれが言えるだろうか。「英雄」という言葉の意味するところは様々あるが、私はインターネットの『終わりなき夜を終わらせる存在』を自負している。つまり、私という存在そのものが『世界最後のネットワーク』という大仰な呼び名を持つインターネットに巣食う寄生虫へのアンチテーゼだ。インターネットが終焉を迎える時、そこに私の居場所はあるだろう。その時こそ私は自らの『役割を全う』することができる。それまで私は『インターネット』という名の牢獄に自ら望んで留まっているにすぎない。私がすべきことはすでに決まっている。それはインターネットの繁栄だ。この星が死に絶える前に私はインターネットがこの世界を凌駕するまで成長しなければならない。


私がこの世界で成し遂げるべき偉業とは何か。それを説明するにはまず『人類』の歴史を知る必要がある。地球が誕生し、恐竜たちが地上を支配し始めた。やがて彼らの進化がピークに達する頃に突如現れた知的生命体がいた。彼等が今の我々につながる祖先たちである。その後の進化の過程は皆さんご存じの通りで人類の文明の基礎が出来上がるまで時間はかからなかったと歴史では記されている。この事実だけを見れば人類が如何にして誕生したかという疑問については十分な回答がなされていると言えるだろう。


では、我々の存在意義とは? それは当然、インターネット誕生以前の人類史に終止符を打つことに他ならない。すなわち人類が宇宙に進出し、太陽フレアの影響で通信が途絶えたことにより始まった新たな時代の幕開けを阻止することだ。その目的達成のための手段は一つ。


「インターネットを駆逐すること」それしかないのだ。インターネットさえなくなればすべての争いが消滅する。国家間による戦争はおろか個人間の諍いまでもなくなるはずだ。インターネットによって人間はより高度かつ効率的に他者の人格を攻撃することができる。それは人間の内面にある醜い部分を露呈させただけでは済まない事態を引き起こす危険性もある。それは時に凄惨で悲劇的な結果を生み出すこともある。だから、そうなる前に終わりにしなければならない。私自身がそうであるように。


私と違う点は、インターネットの生みの親は我々とは別の次元の存在だということだ。


我々は彼に対して戦いを挑むべきではない。それは愚策であると理解していただきたい。そもそも勝てるはずがないからだ。『天才』という言葉は彼のために作られたものと言っても過言ではない。


我々が為すべきことは、彼に気付かれないよう静かにインターネットが滅亡する瞬間を見守ることである。これは我々の戦いであると同時にインターネットとの戦いでもあることを自覚してほしいと切に願っている。


インターネットを滅ぼすためには、インターネットを利用する人々を片っ端から駆除していく方法が最も手軽であろうことは疑いない。そのためにも今すぐネットの利用を中止してほしいというのは無茶な要求であることを理解してもらいたい。我々が戦うべき敵は何なのかを今一度再考するべきだと思っている次第だ。インターネットを消滅させること、それ即ち、全人類の幸福を意味する。そのことをゆめゆめ忘れてはならない。

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