第81話 国王廃位と王位継承戦争⑤

「突撃〜!」


 ローエンテールの掛け声と共に、重騎兵は突撃を開始し、重装歩兵も後に続く。フランベルク辺境伯軍も、重装歩兵が前方に並び、ミューゼン公国軍の突撃を受け止める為に動く。


 ドドドドドドドドドドドド〜!


 馬の馬蹄ばていの音が響き渡り、砂ぼこりが舞う。


 ガシャッ〜!


 戦場に火花が散り、槍と盾がぶつかり金属音を響かせる。焼けた金属の匂いがただよう。



 さすが精強で知られるフランベルク辺境伯軍だった。フランベルク辺境伯リチャードの指揮の下、ミューゼン公国の一回目の突撃を被害を出しつつも受け止め、重装歩兵の後ろにいた重騎兵が突撃する。


 今度は、重騎兵同士の突撃で両者共に、被害を出しつつ乱戦となり、両軍の重騎兵は槍を打ち捨て、剣を抜いて斬り合う。



 ミューゼン公国軍9000、フランベルク辺境伯軍4500の戦い。実質は、騎士達の戦いがメインであり、3000対1500の戦いであった。やはり、数で上回るミューゼン公国軍が押し込み始めた。徐々に後退するフランベルク辺境伯軍。



 その時だった。フランベルク辺境伯リチャードの声が響く。


「引くぞ! 一旦いったん距離をとる!」


 その声を合図に、重装歩兵と兵士達が走り逃げ始めた。重騎兵は、重装歩兵と兵士が逃げる時間をかせぐ為に戦い。頃合ころあいを見て、馬首ばくびを返し駆け始めた。


「逃さん!」


 ミューゼン公ローエンテールが叫び、ミューゼン公国軍が逃げるフランベルク辺境伯軍を追う。



 しかし、この時、逃げ出したはずのフランベルク辺境伯軍の重装歩兵が少し離れた場所で、再び盾を構えミューゼン公国軍の突撃に備えていた。本当に、距離をとっただけのようだ。


 フランベルク辺境伯軍の重騎兵は、重装歩兵の間をすり抜け、一息つく。



 ミューゼン公国軍は、再びフランベルク辺境伯軍と戦う為に、フランベルク辺境伯軍と距離をつめた。見方によると、ミューゼン公国軍は草原を進み、かさの高い草木地帯と距離が開いていた。



「わ〜!」


 ミューゼン公国軍の背後から、ときの声があがる。ダールマ王国軍だった。ミューゼン公国軍の右斜め後方から一軍が、左斜め後方からもう一軍が襲いかかったのだった。



 どうやら、ミューゼン公国軍が隠れていた、かさの高い草木地帯の左右にかなり離れた位置だったが、そこにダールマ王国軍は、ミューゼン公国軍と同じように軍をせていたようだった。


 一軍は、ダールマ王国騎士団長率いる4500。もう一軍は、ダールマ王国副騎士団長率いる3000だった。東国より流れてきた騎兵の国、ダルーマ王国の編成はマインハウス神聖国とは違い、騎兵が多い。その主力は、騎士達の重騎兵と兵士達の軽騎兵だった。


 そして、左右後方からミューゼン公国軍に襲いかかる。完全に、フランベルク辺境伯軍にのみ気を取られていたミューゼン公国軍は、一時混乱する。



 ミューゼン公国軍の左右後方から攻め込んだダルーマ王国軍は、ミューゼン公国軍の最後方にいた兵士達を蹂躙じゅうりんする。



 だが、ミューゼン公ローエンテールも非凡ではあった。自国の騎士団長達を呼び出すと、左右後方のダルーマ王国軍に対処させる為に、騎士を率いて向かわせた。そして、自分は前方のフランベルク辺境伯軍にのみ集中する。


 ミューゼン公国軍は、兵士を中央において、騎士が周囲を固めるという形で攻撃に対応する。しかし、三方向から攻撃され、明らかにミューゼン公国軍は、数を減らしていた。



 このトンダルの策は1241年に起こった、ワールシュラードの戦いで、東からやってきたウルシュ大王国と呼ばれた騎馬民族の戦い方の改良版であった。だが、効果は抜群であったようだ。


 のちの世のはる東国とうごくで、野伏のぶせとも言われる戦法へと昇華しょうかする。ウルシュ大王国が得意とし、西洋へと伝わった戦法が、東国へと伝わったのだろうか?



「これ以上は無理だ。逃げるぞ」


 そう言うと、ミューゼン公ローエンテールは、馬首を返し後方へと馬を飛ばす。そして、左右のダルーマ王国軍と戦っているミューゼン軍の間を抜け、かさの高い草木地帯に向かう。


「騎士団長達に伝令だ。逃げるぞ、殿しんがりを頼む。お前達も逃げろ!」


 そう言うと、そのまま、草木地帯に駆け込みつつ、鎧を脱ぐ。


「ローエンテール様、いかがされたのですか?」


「んっ? 泳いで逃げるのだ。船は、怪我人と、殿をつとめてくれた奴らに使わせろ。全員は乗れないのだ、泳いで逃げるぞ。お前達も脱げ」


 そして、馬を乗り捨てると、マイン河に飛び込み、見事対岸へと泳いで逃げた。見事な逃げっぷりだった。


「ミューゼンの逃げ公」


 と呼ばれる事になる、ローエンテールの見事な退却だった。ちなみに、「逃げ公」とは褒め言葉である。攻め公、逃げ公、守備公。まあ、色々いるのだ。



 フランベルク辺境伯軍も、ダルーマ王国軍も追撃ついげきする事はなく、殿をつとめた軍もゆっくりと怪我人や、防具、馬を回収して船で退却したのだった。



 しかし、この戦いで、ミューゼン公国軍は、1000名近い死者負傷者を出して、そのままミューゼン公国へと、退却していった。


 こうして、朝早い時間に始まった緒戦しょせんは、わずか1時間足らずで終わった。





「ほお、これは美味しいですな〜」


「でしょ、絶対タイラーさん、そう言うと思ったんだよね~」


「ハハハハ、本当に美味しい。いやっ、他の軍が命がけで戦っていると思うと、ますます、美味しいですな〜。ハハハハ」


「……」


 一人呆然としているフリーデン公デューダーの目の前で、食事をしつつ歓談かんだんする。クッテンベルク宮中伯グーテルハウゼン、トリンゲン公フロードルヒ、民主同盟タイラーの姿があった。


 グーテルは、一艘いっそうだけ大型の客船を貸し切り、トリンゲン公フロードルヒをともない、7/2の日に、マイン河を遊覧していたのだった。



 そして、その行為を理解した民主同盟タイラーは、フリーデン公デューダーを伴い、小船でその客船へとやってきたのだった。



 客船には、護衛も居らず、ただ四人だけでテーブルを囲み、食事を食べる。料理人はブリュニュイ公国から呼び寄せた一流の料理人で、ブリュニュイや、ランド王国、ポルトカレ王国や、エスパルダのワインが並ぶ。



 優雅ゆうがに食事しつつ、会話も弾む。ただし、その内容はとても怖いものだった。


「この戦いは、アンホレスト公が勝たれるでしょう。ですが、それで良かったのですか?」


 タイラーさんが、僕に話しかける。


「まあ、そうだろうね~。叔父様が勝つ。そして、叔父様がマインハウス神聖国の君主。まあ、叔父様は、教主様には嫌われているから、アーノルドさんと一緒で国王かな? それで、良くは無いんだよね〜。なるんだったら、2年前だったんだよね〜」


「では、どうされるので?」


「でも、選択肢的に叔父様一択なんだよ。まあ、一時的に領土欲求りょうどよっきゅうを抑える為に、メイデン公には、ルクセンバル公ハイネセンさんになってもらって、弟さんに、ルクセンバル公かな? ルクセンバル公国も名前だけは公国だけど、本当に小さな国だからね」


「なるほど。そうですか」



 叔父様の目標は、御祖父様だ。そこに、この戦い。自分の姿と、御祖父様が勝利したボルタリア王国との戦いを、叔父様は重ね合わせているだろう。そうなると、当然、メイデン公国をその手にと、叔父様は考えるのが普通だった。


 だが、そうすれば、アーノルドさんと同じく、諸侯から反発されるのは目に見えていた。だから、全然関係ない人に、メイデン公になってもらおうと思ったのだ。



 これは、すでに選帝侯会議にも承認をもらっていた。そして、フォルト宮中伯家に代わり、マインハウス神聖国宰相となる僕の決定でもあった。


「しかし、グーテルハウゼン卿も悪い方だ。フォルト宮中伯家を追い落とし、マインハウス神聖国の宰相ですか。ハハハハ」


 なんて事を言うんだ。そんな事はしていない。僕は、フロードルヒさんに反論する。


「追い落としてはいませんよ。追い落としたとしたら、アーノルドさんですよ」


「なるほど、そうでしたか」


 タイラーさんが、何かに気づいたようにつぶやく。


「アーノルド卿がですか? フォルト宮中伯家が、後ろ盾だったと思うのですが……」


 さすがのフロードルヒさんも、首をひねる。


「フォルト宮中伯ルードヴィヒさんは、引退したとはいえ権力は絶大で、さらに口煩くちうるさかったんでしょう。次代のフォルト宮中伯ロートリヒさんは、アーノルドさんの権力を利用して、婚姻関係を強化したり、勝手に政治を動かしたり。まあ、邪魔だったんでしょう。そして、フォルト宮中伯家は、アーノルドさんの言う事を素直に聞く、ランドルフさんに受け継がれた」



 僕の言葉に、フロードルヒさんが、考え込む。


「えっ、いやっ、まさか、それは。しかし、無いとは言えない……」


 フォルト宮中伯家のルードヴィヒさんと、ロートリヒさんは、相次いで亡くなっていた。確証はないが、そういう事だろうと僕は考えたのだ。


「有り得ない話では、ありませんな。恐ろしい王です」


 タイラーさんが、しみじみとつぶやく。



 僕は、話を戻して、タイラーさんに話す。


「マインハウス神聖国国王に叔父様がなっても、叔父様が出来る事は、少ないです。ランド王国の制度の導入とか、帝国自由都市の権力強化とかでしょう。それは、宮廷書記官達に任せておけば良いですし……」


「ですが、アンホレスト公の問題点は、そこではないかと」


 タイラーさんが、静かにだが強い意志を秘め、僕に言う。


 領土的野心を、言いたいのだろう。


「一番標的になるのは、ボルタリア王国か、フランベルク辺境伯領か、ダールマ王国でしょう。どこを標的にするにしても、僕が相手しますよ」


「ほ〜、グーテルハウゼン卿も、本気なのですね?」


「ええ、その時は、本気で戦いますよ。まあ、負けるかもしれませんがね」


「いやいや、負けないでしょう。グーテルハウゼン卿は」


「ハハハハ、アンホレスト公と、グーテルハウゼン卿の戦いですか。わたしは、どちらにお味方しますかね。ハハハハ」


 フロードルヒさんが、冗談を言い笑う。


 そして、タイラーさんは、


「では、わたしはアンホレスト公と、グーテルハウゼン卿の動きを見させて頂きましょう。わたしの敵は、他におりますのでね」


「カール従兄にいさんですか?」


「はい、グーテルハウゼン卿とは、別の意味で怖い方です。民主同盟が、一時いちじ瓦解がかいしかかりましたからね」


「ふ〜ん。叔母様の血かな?」


「叔母様とは、イザベラ様ですか? いや〜、年齢を重ねても美しい方ですよね~」


 フロードルヒさんの言葉を聞き流しつつ、僕は、すっかり忘れていた従兄いとこを思い出す。そうか、まだ暗躍してるのか。



 こんな話をしつつ、平然と食事する3人を見回しつつ、フリーデン公デューダーさんは、一人青ざめていた。



「このワイン美味しいですぞ、デューダー卿」


「はあ」





 僕達がこんな事をしている間に、中央では激しい戦いが起きていた。

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