第79話 国王廃位と王位継承戦争③

 マイン河を望む、小高い丘にとりあえず布陣する。敵は、大河マイン河を越えたその先にいる。近くに橋はかかっていないし、泳いで渡るのも不可能。となると船で渡るしかない。



 僕は、とりあえず自分の陣地で考え事をしていた。すると、


「グーテル様、ダールマ王国アンドラーテ3世陛下が、面会を求めておられますが?」


 フルーラが、中に入って来て僕に話しかける。


「アンドラーテ3世陛下が? すぐ、お通しして」


「かしこまりました」


 アンドラーテ3世が、フルーラに案内されて入ってくる。


「ご無沙汰ぶさた致しております、アンドラーテ3世陛下」


「おお、グーテルハウゼン卿、久方ぶりだな。まあ、そんなにかしこまらんでくれ、とそちの中ではないか」


「はあ」


 余とそちの中ではないかって。なんかあったっけ?


「まあ、堅苦しい挨拶もここまでだ。で、どう勝つのだ?」


「さあ?」


「さあ? では、ないだろう。アンホレスト公に聞いたら、それはグーテルハウゼン卿に聞いてくれと言われたぞ」


「はあ」


 叔父様もひどいな~、人に話し振って、今回はトンダルいるんだから、そっちから話聞いて自分で話せば良いのに。アンドラーテ3世と仲良いんだから。


 さて、どうするか。ある程度、正直に話すか、それとも、とぼけるか。


「そうですね〜。今回の戦いは、難しい戦いです」


「うむ」


「まずは、大河マイン河を渡らなければなりません」


「そうだな」


「そして、敵の布陣している場所が、敵味方、全てが戦えるような広さじゃありません。となると……」


「となると?」


 僕は、とりあえず本当のことを話す事にした。


「軍を三軍に分けて、それぞれの場所で渡河してからの戦いになりそうです。そして、最終的には、叔父様とアーノルド卿の正面決戦になるかと」


「ほ〜、それは面白い。どちらが、マインハウス神聖国国王に相応ふさわしいか、という戦いか? 実に面白い。ワハハハハ!」


 いや、面白くないよ。面白い戦いなどあってたまるか。


「そうか、そうか。では、今回も勝てそうだな。それを聞いて安心したぞ。では、戦いにそなえるとしよう」


「はあ」


 そう言うと、アンドラーテ3世は去っていった。


 そして、続けて、フルーラが、


「ガルプハルトさんが来ましたが、よろしいでしょうか?」


「うん、入ってもらって」


 ガルプハルトが、人を連れて入ってくる。ん? この人って。


「お初にお目にかかります、グーテルハウゼン卿。ヴィナール公国、新騎士団長ネイデンハートです。以後、お見知りおきを」


「ボルタリア王国筆頭諸侯クッテンベルク宮中伯グーテルハウゼンです。以後よろしく」


「ははっ」


 ネイデンハートさんは、元々、ザイオン公国に雇われていたはずだが、どうやら叔父様に引き抜かれ、ヴィナール公国の騎士団長になったようだった。


 日に焼けた赤銅色しゃくどうしょくの肌、同じく潮風しおかぜと日に焼かれ白色に見える髪。鼻の下には立派な口ひげが貫禄かんろくかもし出していた。そして、なかなかの容姿だ。



 僕は、ガルプハルトと見比べる。同じく日に焼けた赤銅色の肌、そして、見事な金髪、キリッとした男らしい眉に、どんぐり眼に、立派な骨格。うん、実に男らしい。


「なんですか、グーテル様?」


「いや、何でもないよ」


「そうですか?」



「そう言えば、ネイデンハートさん、2年前は、ザイオン公の臣下だったよね?」


「はい。ですが、まあ、追い出されまして……」


「追い出される? 剣術大会では大活躍だったでしょ?」


「はい、ですが、先代様にはそれが面白くなかったようで……。不興ふきょうをかいました」


「ふ〜ん。え〜と、ロードレヒ君だっけ? 大変な人だったんだね」


「ええ、まあ、ですが、プレッシャーだったのだと思います。ザイオン公となった事が」


「ふ〜ん。僕なんて、なんのプレッシャーも感じてないけど」


「まあ、それは、グーテル様ですから」


「うんうん」


 ガルプハルトが言うと、フルーラと、アンディが僕の後ろでうなずく。


「なんだよ~」


「いえ、何でも」


「ハハハハハ。いや、これは失礼しました。随分ずいぶん、風通しの良いご関係ですね。うらやましい」


「そう? 馬鹿にされてるだけだと思うけど」


「ハハハハ、それでもです。遠慮なく、率直そっちょくに話し合える上下関係。理想ですな」


「ふ〜ん」


 だそうだ。





 そして、軍議が開かれる。参加者は、それぞれの代表とその腹心ふくしん、そして、騎士団長となった。


 ヴィナール公国からは、叔父様とヒューネンベルクさん、そして、ネイデンハートさん。フランベルク辺境伯領からは、リチャードさんと、トンダルとその騎士団長。ミハイル大司教ペーターさん達。トリンゲン公国からは、フロードルヒさん達。後は、メイデン公国の領内諸侯達だった。僕は、ガルプハルトと、そして、フルーラを連れて行った。



「では、軍議を始める。トンダル、よろしく頼む」


 叔父様が、声をはっし軍議が始まる。トンダルが立ち上がり、説明を始める。


「はい、フランベルク辺境伯の臣下トンダルキントです。まずは、敵の布陣ですが、グーテルハウゼン卿の調べでは、このようになっております」


 わざわざ、僕の名前、出すことないのに。


 トンダルの言葉に、僕達は、テーブルに置かれた複数枚の布陣図をのぞき込む。


「敵軍は、南北に広く、広がり布陣しております。ガルツハイムに中央軍として、オルテルク伯軍とフォルト宮中伯軍、合わせて9000」


 僕は、ゆっくりと目をつむる。いやっ、寝ないよ。ただ、目を閉じただけだよ。


「そして、マイン河の少し下流、ガルツハイムから北に10kmに右翼軍として、フリーデン公国軍と民主同盟軍、合わせて9000。そして、マイン河の少し上流、同じくガルツハイムから南に10kmに左翼軍として、ミューゼン公国軍9000が布陣しております」


 トンダルは、そう言うと皆を見回す。その時、リチャードさんがポツリとつぶやく。


「随分、間延まのびした布陣だな」


「はい、その通りです。私と、グーテルハウゼン卿の共通の認識ですが……」


 だから、トンダル、僕の名前いちいち出さないでよ〜。


「敵は、中央軍、右翼軍、左翼軍。それぞれで戦いをしようとしているのだと考えております」


 軍議の席が、どよめく。


「ま、まさか」


「そのような事が」


「常識では考えられない」


 などと、声がする。僕は、思わず。


「間違いないと思いますよ。現に、ここオルテルク伯領には、ヴィナール公国軍が渡れるくらいの船しか、ありませんでしたし」


「なっ」


「なんと」


「本当ですか? グーテル」


 あっ、トンダルにも言ってなかったな〜。


「うん」


「え〜と、その船は、すでに……」


「手配してあるよ」


「ありがとうございます」


 トンダルが頭を下げるが、気まずい〜。



「さて、気を取り直しまして」


 トンダルが、説明を再会する。


「敵の中央軍には、オルテルク伯アーノルド卿と、フォルト宮中伯ランドルフ卿がいます。となれば当然こちらも総大将である父上、ヴィナール公アンホレスト公に担当して頂きます。さらにミハイル大司教ペーター猊下げいかにも、加わって頂きます」


「うむ。任せてもらおう」


 叔父様は、鷹揚おうように答え、大きくうなずく。


 そして、ペーターさんも、


「任せてください!」



「続いて、敵の右翼軍ですが、フリーデン公デューダー卿と、民主同盟軍の謀略家タイラーがいます。となれば、こちらも稀代きだいの天才グーテルハウゼン卿に、こちらの左翼軍将をお願いしたいと思います。そして、トリンゲン公フロードルヒ卿にも副将として参陣して頂きます」


 だから、いちいち持ち上げないでよ。


「は〜い」


 そして、トリンゲン公フロードルヒさんは、意外にも素直に応える。


心得こころえました。このフロードルヒ、アンホレスト公のために、全力で戦う所存しょぞんです」


「よろしく頼みます」


 叔父様が、フロードルヒさんに声をかける。


「はい、かしこまりました」



「さて、最後は、敵の左翼軍ですが、ミューゼン公ローエルテール卿が率いております。この方は、大変たいへん好戦的こうせんてきな方のようなので、逆に向こうから渡ってくる可能性もあります。なので、こちらも右翼軍将としてダールマ王国国王であらされる、アンドラーテ3世陛下に率いて頂き、副将として義父上、フランベルク辺境伯リチャード卿にお願いしたく思います。もちろん不肖ふしょう、この私も軍師として、この左翼軍に加わります」


 トンダルがそう言うと、アンドラーテ3世は、


「アンホレスト公、お任せください。小生意気こなまいきなミューゼンの小僧など、一捻ひとひねりしてくれましょう」


 小僧? ローエンテールさんて、そんなに若かったっけ?


「頼りにしております」


 リチャードさんも、


「私も、微力びりょくくしましょう」


「お頼み申し上げます」



 さらに、トンダルが話す。


「すでに中央軍は、戦闘開始出来ますが、渡河するのは10日後にしたいと思います。闇夜の日に目立つことなく渡河し、翌早朝、朝もやの中、敵軍に攻撃を開始する予定です」


 そして、トンダルは、地図を指し示し、


「その間に、左翼軍は下流に、右翼軍は上流に移動しつつ、渡河出来る場所や、船を探して、可能であれば敵軍へと攻撃をする予定とします」


 トンダルは、そう言うと、叔父様の方を振り向く。すると、叔父様は、うなずき立ち上がる。


「では、皆よろしく頼む。開戦は11日後。7/2となる。では、行くぞ!」


「お〜!」





 僕は、自分の陣に戻ると左翼軍を率いて、さっそく北へと移動する。率いるのは、ボルタリア王国クッテンベルク宮中伯軍6000と、トリンゲン公国軍3000。合わせて9000。


 敵の右翼軍も、民主同盟軍3000と、フリーデン公国軍6000なので、同じく9000。兵力的には、互角だった。



 今回、クッテンベルク宮中伯軍しか率いていないが、別にボルタリア王国に迷惑かけないようにとかではない。ワーテルランド王国が、まだ騒がしいのだ。


 だから、フランベルク辺境伯軍も、リチャードさんとトンダルが、両方来ているのに兵数は、少ないのはその為だった。



「さて、行きますかね」


「はっ、全軍しゅった〜つ!」


「お〜!」

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