第12話 閑話 ヒールドルクス公国対民主同盟 モルガンレー峠の戦い①

「殿下、殿下、殿下、殿下!」


「う〜ん。もう少し寝かしてよ。フルーラ〜」


「ですが、すでにヒンギルハイネ様は、出陣されましたが」


「うん? ヒンギル……! えっ!」


 僕は、慌てて飛び起きた。戦場で寝坊した! ま、まずい。


「そ、そうか……。え〜と、ヒンギル従兄にい様は、いつ頃出られたのかな?」


「朝、日の出と共に、出られました」


 僕は、テントの隙間から空を見上げる。うん。もう早朝では、ないな。


「もっと早くに起こしてよ〜」


「起こしました。ですが起きられませんでしたし、それに……」


「それに?」


「気持ち良さそうに寝られていたので、あまり、無理に起こすのもと……。申し訳ありません!」


「いや、起きなかったのは、僕の責任だし、フルーラが悪いんじゃないよ。だけど、はあ。あの筋肉バカに、怒られるよな〜」


「筋肉バカとは、ヒンギルハイネ様の事ですか? プフッ」


 フルーラが、ぷるぷる震えながら、話して最後に吹き出した。


「うん。で、筋肉バカは、斥候せっこうの報告を聞いてから出発したの?」


「えっ! いいえ。軍監である、ヒューネンベルク様のお話では、斥候は、出されてないと思いますが、筋肉バカ様は」


「さすがに、筋肉バカ様は、ひどくない?」


「申し訳ありません! ですが、最初に殿下が筋肉バカと」


「僕は、良いの。従兄弟いとこなんだから」


「はあ」


「まあ、良いや。それよりも、斥候出してないの? 昨日あんなに言ったのに」


「はい、賊軍ぞくぐんは、砦に閉じこもっているのだ。無駄な事はしない。だそうです」


「そう。まあ、良いや。それよりも、早く出発しないといけないか。準備をよろしく」


「あっ、いえ。騎士団以下、全員準備整っております。後は、殿下が、お着替え頂ければ」


「あっ、そう」


 これは、ガルブハルトにまで、小言こごと言われそうだな~。





 ダリア地方へと、最短ルートで越える事の出来る、ダッカリア峠の開通で、ツヴァイサーゲルド東部は、にぎわいをみせていた。だが、その富を独占しようと、ヒールドルクス公国や、領邦国家りょうほうこっかは、増税などの圧政をいていった。


 神聖暦しんせいれき1278年。ヒールドルクス公国の代官だった。ビルケッツ・デスラー候爵が、猟師のヴィルヘルマ・タイラーに暗殺される。


 それを期に始まった、自由と自治を求める民主同盟という名の反乱は、ツヴァイサーゲルド地方東部に、広がっていった。


 ヒールドルクス公国や、他の領邦国家は、鎮圧しようと戦うが、ヴィルヘルマ・タイラーや、ヴィクトリオ・シュタインナッハに率いられた民主同盟軍は強く、逆に、敗北を続け、ヒールドルクス公国や、領邦国家は、その領土を大きく減らしていた。


 さすがにまずいなと思ったのか、神聖暦1285年の秋。叔父様である、ヒールドルクス公アンホレストは、長男であるヒンギルハイネを派遣。騎士2500、兵士5000という大軍を派遣したのだった。敵は民主同盟軍、1500。


 僕にも援軍要請えんぐんようせいがあり、騎士150、兵士300を率いて参陣した。ハウルホーフェ公国の総兵力の半数だが、全軍からしたら微々びびたるものだった。立場は、副将兼軍師。


 長男である、ヒンギルハイネのは、信頼していたが、は信頼していない、叔父様の下知げちだったが、まあ、聞くわけがない。なにせ、筋肉バカなのだ。勇猛果敢ゆうもうかかんというよりは、猪突猛進ちょとつもうしんまわりが見えない。


 武に関しても、ガルブハルトよりは、強くないし、剣の腕もアンディどころか、フルーラより弱いと思うのだが。あまり言うと、悪口はいけませんと怒られるので、やめておこう。


 それに軍師だったら、三男のトンダルキントを派遣すればよかったのだ、それだったら、まだ言うことを聞いたと思うのだが。トンダルキントは、誰に似たのか、頭が切れる。お祖父様に似たのかな?



 それで、もう一歩で冬という寒い11月。僕はヒールドルクス公国に入った。ヒンギルハイネも、ヴィナールより兵を率いて、ヒールドルクス公国に入っていた。


 僕は、先に布陣していたヒンギルハイネの陣地へと出かけていったのだが、


「これは、これは、グーテルハウゼン殿下、お待ち申しておりました。わざわざの御足労ごそくろう感謝いたします」


 と、ヒンギルハイネの軍勢の軍監ぐんかんであった、ヒューネンベルク侯爵の出迎えを受けた。


「ヒューネンベルクもご苦労様。従兄様のお供も大変でしょ」


「あっ、いえ、まあ、それは……。おほん! では、殿下、御案内させて頂きます」


「うん」



「グーテル、遅いぞ!」


「申し訳ありません、ヒンギル従兄様」


「ふん。まあ良い。では、さっそく攻めるぞ」


「えっ! さすがに雪すら降るこの時期に攻めるのは……。いったん、ヒールドルクス城に入って、春になってから戦うと思っていたのですが」


「馬鹿か。そんなに、悠長ゆうちょうに出来るか。さっさと攻めて、こんな場所からさっさと帰るぞ」


 自分の出身地だろ? なんて事を言ってんだ? だけど、一理いちりはあるか、向こうも攻めてくるとは、思っていないだろう。油断をつけるかな?


 だが、僕の期待は、ぐに吹き飛ばされた。


明朝みょうちょう、全軍で、モルガンレー峠を越え、敵のとりでを攻める。向こうにもすでに、宣戦布告してある。お前も早急さっきゅうに用意しろ!」


「えっ! 宣戦布告? では、敵はこちらが、攻めてくるのは知っているんですか?」


「当たり前だろ。敵は少数。さらにただの農民だ。いつ攻めるか知らせずに、攻めたら卑怯ひきょうだろ」


 まあ、殊勝しゅしょうな心がけ、勇者と呼ぶにふさわしい、言動ですな~。騎士としては正しい。だけど、何月何日にそちらに攻めに行くので、戦いましょう。って言ったら、敵は万全ばんぜんの準備をして、待っているだろう。


 宣戦布告は確かにするが、攻める直前だったり、もしくはかなり前に行って、敵を疲れさせたりする、戦略の一手いってとして行うものだ。


「では、せめて斥候を出して、安全を確認してから、進軍してくださいよ」


「あ〜、わかった、わかった」


 ヒンギルハイネは、面倒くさそうに、追い払うように手を動かす。


 出てけってことね。


「では、失礼します」


「ああ」



「殿下、助言頂いたのに申し訳ありません」


 ヒューネンベルク侯爵は、申し訳なさそうに言う。


「いや、いいよ。気にしてないし。だけど……」


 僕は、ヒューネンベルク侯爵の方に振り向いて、この周囲の地図を思い浮かべつつ、


「斥候だけは、出してね。注意するべきは、モルガンレー峠だからね」


「はい、かしこまりました」



 それが、昨日の出来事で、今日、僕は寝坊した。人に偉そうに言えないよ〜。

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