少年の現実
遠藤良二
一話 誕生日とハローワーク
今日は僕の十六回目の誕生日。高校には行っていないけれど中学の時の同級生が一人、僕の家に13時ころ来てくれて持ってきてくれたショートケーキ四つと五百ミリリットルのコーラ二本とアップルジュース二本で祝ってくれた。その同級生は
今は八月で猛暑日が続いている。今日も日差しが強い。そんな中、自転車で来てくれた。花梨は水色のワンピースでやって来た。さほど身長の高くない彼女。セミロングの髪でかわいらしい。僕は赤いTシャツにダメージジーンズ。僕はいま、身長は男子の割には低い方。茶髪で細身。
ショートケーキの種類は僕がチーズケーキとワッフル。花梨はチョコレートケーキとイチゴのショートケーキ。近況などを話しながらケーキを食べた。とても美味しかった。ジュースも僕は二本とも飲み干した。花梨はアップルジュースとコーラをそれぞれ半分ずつ飲んで残っている。僕は、
「毎年ありがとな」
と花梨にお礼を言った。
「いや、昭雄だって私の誕生日祝ってくれてるじゃない。来月だし」
そう言いながら彼女は笑っている。気さくな子だ。僕は花梨に対して恋愛感情はないが彼女は僕に対してどう思っているのだろう。訊いたことがないからわからないけれど。
そもそも花梨は高校に通っているから出逢いはあるだろう。僕とは違って。僕は現在無職だ。父からアルバイトくらいやれ、と言われている。僕が高校に進学しなかった理由は「いじめ」だ。中学のころ、ひどいいじめにあって人間不信になってしまった。なので、そのことを父に話すと「勉強なんかしなくていいから。お前が元気でいてくれたらとりあえずはそれでOKだ。あとはアルバイトでもして社会に出ることを考えるんだ」と、言っていた。それを聞いて僕は理解のある父に深く感謝した。
僕の母は僕が産まれる前に父と離婚したらしい。父の浮気が原因のようだ。でも、当時収入のない母が育てることは出来ず、収入のある父に引き取られた。母は母子家庭も考えたらしいが、そうなると車が乗れないから病院にいくことも困難になるという移動手段を考えて僕を引き取ることを断念したらしい。あとから聞いた話しだが。
翌日の月曜日。父は、
「お前の職探しにハローワークに行くぞ!」
と、突然言ってきたので驚いた。
「父さん、ちょっと待ってよ、心の準備ってものが」
「何を言っている。仕事をしろ、とは前から言っていたじゃないか。心の準備と言って逃げることは許さんぞ」
父には僕の心は見透かされている。さすがだ。実際、働いたことがないから仕事というものに興味はあるけれど、父の姿を見ていると大変そうで怖い。父は、
「今は俺がいるからいいけれど、お前だっていずれは家庭をもつだろうからそのためにも働かないと生活できないぞ」
と、厳しい眼差しで言った。仕事か。父の話しを聞いていると、やらなければいけないことのようだ。でも、僕に一体何ができるのだろう。父にそう伝えると、
「まずはハローワークに行ってみてどんな仕事があるか見てみろ。俺も一緒に見てやるから」
「わかった。父さんの仕事ってどんなことをしているの?」
父には笑みが漏れていた。
「俺はな。港のでかいクレーンを操作しているんだ」
それを聞いて、すげー! と思った。さすが父さん。僕は密かに父を尊敬している。働きながら小さかった頃の僕を男手ひとつで育ててくれた。ありがたいと思う。
父はきっと自分の仕事に誇りを持っているのだろう。だから、笑みが漏れたんだと思う。
「今日は父さん仕事は休み?」
「有給休暇をとってあるんだ」
「有給休暇? なにそれ」
「休んでも出勤と同じように賃金の支払われる休暇のことだ」
「へぇー、いいね、それ」
「お前とハローワークに行こうと思ってとったんだ」
父はいつも僕のことを考えてくれているようだ。大事にされている。でも、父は仕事のことになると厳しい。その証拠に風邪をひいたくらいじゃ仕事は休まないし、ご飯も三食きちんと食べていて体調管理も万全なようだ。
「1時になったら行くからな」
「わかった」
昼ご飯は父がうどんを茹でてくれた。優しい。衣食住に関しては不自由な思いをさせられたことがない。褒め過ぎかもしれないけれど、親の鏡だと思う。これで、母もいたら文句なしなんだけれど仕方がない。
無理だろうけど、父は母とやり直せないのかな。でも、これを父に伝えたら怒られるかな。父の妹の恵おばさんに訊いてみよう。今度、父が仕事をしていない時に電話してみることにした。
父は大食漢なのでうどんと丼でご飯を食べている。僕は少食なのでうどんのみにした。かき揚げとねぎが入っていて美味しい。八月だけれど熱いうどんだ。だから、食べているあいだ汗が流れてきた。父はなぜか汗もかかず涼しい顏をして食べていた。
今の時刻は十一時四十五分くらい。父も僕も食べ終わり父は煙草に火をつけ一服している。
「父さん、煙たいよ」
「おお、悪いな。換気扇の下で吸うわ」
「そうしてほしい」
そう言って父は立ち上がりテーブルの上に上がっている煙草とライターを持ち、台所に設置されている換気扇の下に行った。僕は煙草なんか吸うものか! と思っている。今は吸える年齢じゃないにしろ、吸える年齢になっても吸わないと思っている。周りに迷惑だから。父のそこの部分は反面教師にしている。それに喫煙はまるで自分から病気になって下さい、と言っているようなものだと思うし。お金だってかかる。
僕は、
「着替えてくる」
と、父に言い残し自分の部屋に行った。
今日は、黄色いTシャツとベージュのハーフパンツを身に着け、靴下をはかず居間に戻った。父は白いポロシャツに茶色のチノパンに服装が変わっていた。
「さあ、昭雄いくぞ」
父は気合いが入っているように見える。なぜだ。それだけ僕に仕事をさせたいという現われか。僕は、
「うん」
と、返事をして玄関に向かった。父は既に外に出ていた。車のエンジン音が聞こえる。もう車に乗ったんだ、早いな。僕とはやる気が違う。どうやったらあんなにモチベーションを高くもっていけるのだろう。そこは凄いと思う。僕は青いサンダルをはいて外に出た。そして、家の鍵をかけた。黒い乗用車に父は運転席に乗っており、シートベルトを締めながらこちらを見ている。苛々しているのかな。僕が遅いから。速足で助手席のドアを開けようとドアの取っ手を掴んだ瞬間、凄く熱くて思わず手を引いた。窓越しに父がこちらを見ていて運転席側から助手席の窓を開けた。
「熱いだろ。これを当てながら開けるといいぞ」
渡された物はウェットティッシュ。そういえば冷蔵庫に円筒形の物が入っていたのはこれだったのか。どうりで冷たいわけだ。僕は言われた通りにした。確かに熱くない。僕は、へぇ、と思いながら乗った。
「日差しが凄いね」
僕は父に話しかけた。
「そうだな。八月だから夏真っ盛りだから」
早く涼しくなって欲しいと思った。いくら北海道の夏は短いと言えども気温が高い。三十度は超えているだろう。内陸にある町だから尚更だと思う。車内もムワッとしていて暑い。冷房はいれたばかりでまだ涼しくない。
ハローワークに着くまでにじんわりと汗がにじんだ。7、8分しか車内にいなかったのに。
「あっつい……」
「まあな、夏だから」
父は冷静な態度だ。
「着いたぞ。行くか」
「うん!」
と、意気込んで車から降りた。
古い造りのそれは今にも地震がきたら壊れそうに若干傾いている。父が先に引き戸を開けて入り、次に僕が入った。小さい町だから働くところも少ないのかな、そう思って並べてあるファイルを見渡した。父は、
「どんな仕事がしたいと思ってるんだ?」
と、訊いてきた。でも、正直どんな仕事があるかわからない。なので、
「ファイルを一冊ずつ見てみるよ」
と、言うと、
「そうか。時間はたっぷりあるからゆっくり見てみるといいぞ」
と、父は言った。
給料の良いところがいいなぁと思い、道路工事の仕事を選んだ。
「これにする」
父に見せると、
「もう早決めたのか。体力勝負の仕事だぞ。働いてるやつらも気性が荒いし。他にも仕事はあるんだからゆっくり見てみろよ」
と、言われたが、
「いや、大丈夫。やってみる」
父の意見は無視し、
「決めたらどうすればいいの?」
「カウンターにいる職員に見せるんだ。一緒に行くぞ」
椅子から立ち上がり、父と一緒にカウンターに向かった。受付の前にある椅子に座り僕は、
「あのう、これに決めたんですけど」
初めての経験なので父の方をチラチラ見ながら中年の男性職員が話しかけてくれているのを聞いていた。
「ーーというわけです」
初めての場所なので不安になり、緊張もしていたのでハローワークの職員の話しを聞いていなかった。
「す、すみません……。緊張していて聞いてませんでした」
十分くらい話していたと思うのだがどれひとつとして頭に入らなかった。職員は苦笑いを浮かべていた。父は厳しい表情でこちらを見ている。こわい……。父が近づいて来て、
「すいません、もう一度説明してやってくれませんか? 昭雄! 次はちゃんと聞いてるんだぞ!」
「う、うん。わかった」
職員はこちらを凝視している。
「もう一度お願いします」
と、言うと職員は笑顔になり、
「はい、いいですよ」
優しく答えてくれた。僕は職員の態度にホッとした。
話しの内容は、募集年齢が十八歳からでそれに至っていないから、訊いてみないとわからないということらしい。それともうひとつ職員が気にしていたのは、運転免許がまだ無い、ということ。仕事内容は書いてある通り、道路工事だ。学歴は不問。勤務時間は七時~十七時まで。残業あり。保険は失業保険だけ。僕はわからない箇所があったので質問した。
「あの、失業保険ってなんですか?」
「それはね、仕事がない時に出るお金のことだよ。簡単に言うとね。こういう仕事は冬場、仕事があまりないから大切なんだ」
へー、なるほど! と思い、
「わかりました」
と答えた。
「じゃあ、この会社に連絡してみるよ?」
「はい!」
男性職員が電話を終え、こちらを向いた。
「とりあえず、面接してみたいとのことだったよ。だから、履歴書を書いて今から渡す紹介状と一緒に明日この会社に十三時までに行ってね」
「わかりました」
父の表情は微笑んでいるように見えた。男性職員から紹介状を受け取り、僕は父のもとに行った。
「明日だって、面接。でも、履歴書って書いたことないや。父さんわかる?」
「俺も詳しくはないが、少しならわかるぞ」
そこに割って入ったのは男性職員だ。
「もし、よければ履歴書の作成手伝うよ?」
「本当ですか? ありがとうございます」
「できれば今日中に書いた方がいいね。時間に余裕のある内に」
そこに父が話しに入り込んだ。
「これからホームセンターに行くぞ。履歴書を買いに行くんだ」
「うん、わかった」
そう答え、男性職員にも、
「買ったらまた来ます」
と、伝えた。
再度、父の車に向かい鍵を開けてもらってから助手席に乗った。ドアの取っ手が熱いことは気にならなかった。それよりも、履歴書を書かなきゃ、という強い思いがそうさせたのだろう。
約十分車を走らせ、この町で一番大きなホームセンターに到着した。そこは入口が二カ所あって、外には様々な商品が並べられていた。クリーム色の外壁が、店内に入りやすい印象を与えている気がする。一階建てで、敷地面積はかなり広い。それと駐車場も五十台以上は停めれるようだ。
「値段はそんなに高くないはずだ」
父はそう言った。
「そうなんだ」
父は相変わらず速足で文房具売り場まで歩いた。僕はそのあとを一生懸命歩いた。店内はそれほど混雑していない。
「あった、ここら辺だな」
父は素早く履歴書のコーナーを見つけたようだ。
「父さん、もう見つけたの? 早い」
「俺はもたもたするのが嫌なんだ」
相変わらずせっかちだ。
「安いやつでいいだろ」
「僕はどれがいいかわからないから父さんに任せるよ」
父は、わかった、と言いお目当てのものをひとつ手に取りレジに向かった。だが、その途中、父は植物コーナーに目を向けた。
「家にも植物くらい植えてやるか。女っけもないし」
僕はそれを聞いて吹き出した。女っけって。僕は、
「父さん、早くしてね」
言うと、父は花の苗を五つカゴに入れ履歴書と一緒に今度こそレジに向かった。
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