20.護衛騎士は苦労する

 王太子殿下の目が明らかに異様でした。

 ぐわっと開いたあとに、ぎらつく瞳でシンシア様を凝視しているのです。


 いくら綺麗に整ったお顔でもよくない目付きというものがあるということを、私はここで心に刻むようにして学びました。

 たいして整っていない私はなおのこと目付きに気を付けなければなりませんね。

 しかしシンシア様のこの美しさを前にすると……。

 急に自信を失い眉間をぐりぐりと指で押さえたくなった私ですが、それはこの場を守る騎士として耐えました。


「そうだったのか」


「はい。それで猫の気持ちもありますし、家の者にも相談しなければなりませんので、今すぐに結論を出すわけにもまいりませんが。もしよろしければ、婚礼後にこちらに連れて来ても?」


 王太子殿下の目の輝きが一段と増し、それは真夏の太陽を越えるような熱を帯びていました。

 私はというと、狼藉を働くものからシンシア様をお守りせねば!という想いから勝手に湧いてくる使命感に驚きながら動かずに耐えております。


 私は王太子殿下直属の護衛騎士ですからね。

 殿下は護衛対象……そう、捕縛すべき敵ではない……護衛対象ですとも。


 何か良からぬ気を感じて横を向けば、側に立つ侍女殿は澄ましたお顔で殿下を見詰めておりました。

 しかしどうも、その瞳から殺気のような……気のせいだったようです。


「あぁ、連れて来てくれ。その方が私も嬉しいからね。シアの大事なものなのだから。ところでシア。出来れば私も早めに猫たちに挨拶をしておきたいのだが。すぐに会えるだろうか?」


「え?猫……?」


「あ、いや、君は優しいから沢山の猫を抱えていそうだなと思ってね」


「まぁ。ふふふ。それは嬉しいですね」


 王太子殿下の瞳が一瞬泳いでおりましたけれど、シンシア様は気付いておられないようでした。


 シンシア様は今、心から嬉しそうに笑っています。

 殿下のそれは誉め言葉だとはとても思えなかったのですが、シンシア様にとっては最上の称賛だったようです。


 私もいつかそのようにお声を掛けて……いえ、不敬なことは考えておりませんとも。

 私は殿下の護衛騎士ですからね。


「では、その子たちに会わせて貰えるね?」


 そこでシンシア様は困ったように眉を下げられたのです。

 その困り顔もまた美しくて、私はしばし息を止めてしまうのでした。


「慣れない環境に怯えてしまう子がおりますの。ですからお連れするとなると……まずは邸のお庭からお出掛けに慣らしてみようかしら?殿下の元にお連れするのは、その様子を見てからでもよろしいですか?」


「いや、私がシアの家に行くよ」


「え?殿下が我が家に来ていただけるのですか?それは少々……」


 シンシア様がちらと遠くにいる私に視線を投げてくださいました。

 私は飛び跳ねそうになるほど嬉しかったのですが、殿下からきつく睨まれましたので平静を装います。


 ──殿下をお外にお連れしてもよろしいのですか?


 シンシア様の瞳がそのように語っておられました。

 なんと幸せなことでしょうか。


「何も問題はない。そうだな?」


 王太子殿下の冷ややかな声が届きます。

 殿下は分かってくださいませんよね、えぇ、知っていましたとも。


 しかし困ったことになりました。




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