14.公爵は悔み続ける

「婚約を認めたことが今なお悔やまれるな」


 公爵はソファーに預けていた身体を戻し姿勢を正すと、渋い顔をしてそう言った。

 すると彼の息子は、眉を吊り上げ父親を責め始める。


「それに関しては、父上。何度でも言いますが、父上のせいですからね。あのとき父上がもっと慎んでおられたら、こんなことにはならなかったのですよ!」


 急に公爵の身体は縮こまり小さくなって、先まで保っていた威厳が消えていた。


「それについては本当に反省しているのだよ」


 かつて普段の仕事振りを見せようと、公爵は城に娘を連れて行ったことがある。

 元々は屋敷から外に出すつもりなんてなかったのだ。

 そう、それはある日をきっかけにした、ほんの出来心で。


「反省しても遅いのですよ。まったくもう!」


 小公爵は何度でも憤ってきた。

 父親が欲など出さなければ、こんな事態にはなっていなかったからだ。


 それは公爵が幼い娘に「おとうさまはいつもなにをなさっているの?」と聞かれたことがはじまりだった。

 公爵はそこで可愛い娘から「おとうさま、かっこいい」と言われたいと願ってしまった。


 領地経営の仕事振りだけを見せておけばよかったが、ついつい王城で人から敬われ働いている姿を見せてより尊敬されたいという欲を出してしまったのだ。


「すまない。まさかあの年齢で目を付けられるとは思っていなかったのだ。お二人ならば説得出来ると考えていたために油断してな」


 公爵は何度同じ言い訳を伝え、息子に謝ってきただろうか。


 あの頃はまだ一王子であった幼子の能力を、公爵は読み間違えていたのだ。


 まさかあの年齢で、娘に一目で恋に落ちることも予期しておらず。

 それでもたとえ王子だとして、公爵に掛かれば幼子の説得や誘導などは容易に出来るはずだった。


 ところが彼らにとってのクソガキ……もとい王子は想定していたよりもずっと子どもらしくない狡猾な子どもで、王や王妃がいる前でシアにこう聞いたのだ。


『僕はシアと結婚したいな。シアはどう?僕のことは嫌い?』


 当時は何でも好きだと言ったシンシアである。

 シンシアはふるふると首を振って、こう返した。


『おうじさまのことはすきです』


 するとシンシアの可愛さにすっかり魅了されていた王妃の方が盛り上がりはじめ。


『幼くして想い合える初恋だなんて!なんて素敵なのかしら!もうこれは歌劇の題材にされる事案よ!いいえ、こちらから頼んで歌劇にして貰いましょう!だって運命的だもの!神様の思し召しがあるに違いないわ!運命よ!二人は結ばれる運命なのよ!あなた、私たちが神様のご意志に反して二人の障害になってはいけませんことよ!今すぐにこの二人を婚約させましょう!』


 何が初恋だ。何が運命か。

 障害にならば、我が公爵家がなってやる。


 と息巻く公爵は、当然ながらその場で婚約に反対の意を示した。


 まだ幼く婚約するには早過ぎる。

 王子殿下も心変わりするかもしれないし、他の令嬢や他国の王女とも親交を深めてから決めた方がいいだろう。


 幼かった息子も加勢して、国王の前で公爵らしからず騒ぎ立てた。



 ところが幼い王子はあっさりと国王を味方に付ける。


『いいえ、僕は絶対にシアと結婚します!未来永劫心変わりなんてありません!』


 そう宣言しただけでなく。


『一途に彼女を愛するとここで誓いますが、それでは足りないと言うならばお約束いたしましょう。万が一にもあり得ないことではありますが、今の誓いを破りし暁には、父上は僕を廃嫡とし生涯幽閉とでもしてください。僕が生きていると良くないということであれば、処刑も受け入れます。いずれの場合にも誓いを破った罰としてすべての王子としての個人資産は公爵家にお渡しすることも約束します』


 幼くしてそこまで言い切ったことで、父親である国王も感動させた。

 王妃などは息子の成長と運命的な二人の愛の深さに涙するほど。


 そうして婚約はあっという間に内定し、正式に発表されてしまった。

 それが王家と公爵家との間にここまでの禍根を残すことになろうとは──。


「やっと……やっとですね、父上」


「あぁ、あのクソガキはなかなか尻尾を出さなかったからな。やっとだ」


 父と息子は似た顔でほくそ笑み、薄灯りの下で酒の入った杯を鳴らした。




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