すべては運命のままに
第38話 定めの時
決断の時が来た。
そう言えば聞こえはいいが、私の場合はくじで夫を決める日だ。
たかだかくじ引きではあるが、領主が行う正式なくじ「定めの儀式」は運命を告げるものとして扱われ、その結果に従うことが求められる。強制力まで有するのだ。
これまで様々なことに使われてきたが、複数の後継者から当主を決めたことはあっても、複数の求婚者から夫を選ぶなどという使い方はされたことはないだろう。
自分の決めたこととは言え、何とも滑稽な気がして私は朝から何度もため息をついていた。
きっとまた吟遊詩人たちがこぞって歌にして広めるだろう。婚約者に捨てられた悲劇の令嬢の続きの歌として、私は今度はどんな女になってしまうのか。考えるとまた気が重くなってしまう。
今度の主人公は私ではなく、一本のくじで恋を失った男たちにしてもらいたいものだ。幸いなことに、誇張する必要がないほど本当に麗しい貴公子がそろっているのだから。
そんなことを考えながら、私は定めの時を迎えるためにマユロウ産の布を使った衣装を着た。
複数の求婚者に囲まれた令嬢に相応しいような美しいドレスではない。
だがきっと、誰もが男装を予想しているからと、令嬢ではなく次期領主という立場に徹することにした。
鏡の前に立つと、我ながら凛々しい姿が映る。
男性と並んでも引けを取らない身長、鋭い目、幅広のベルトに幾つも付けたナイフなどの小型武器。
完全な男装な上に、どう見てもたおやかな令嬢ではない。……こんな女の隣に立つ人物が、今日決まるのだ。
私は鏡に背を向けた。
いつの間にかやってきていた私の母は、私の男装を見て残念そうな顔をした。
「今日くらいドレスを着てくれればいいのに」
「私には似合いませんから」
「そんなことはないわ。あなたはとてもきれいよ。だから、せめて口紅をつけなさい」
母はそう言うと、私を椅子に座らせて見事な手つきで口紅を掃いた。
「ほら、とてもきれいよ」
一緒に鏡の前に立った母はとても嬉しそうだ。私のような女でも、母にとっては愛すべき娘であるらしい。
鏡に目を戻すと、穏やかな笑みを浮かべた母と、背の高い私が映っていた。
母が選んだ口紅は、私を美しく装ってくれる。何より、そんな私を見上げて微笑む母の姿を見るのは照れ臭いが嬉しいものだ。
私の心は、いつになく温かくなった。
定めの時は正午だ。これは慣例として昔から決まっている。
くじの主催者として、父マユロウ伯は昼の少し前に三人の求婚者たちを館に招いた。
そしてその場にアルヴァンス殿も呼ばれていた。
私もアルヴァンス殿も、立会人として呼んだのだろうと思っていた。立会人はマユロウの血族から選ばれるのが慣例で、アルヴァンス殿の父親は先々代マユロウ伯の同母兄弟の子、上位の当主継承権も持っていた人だ。その血統と都の貴族の血統を持つから、外部も関わる儀式ではいつも重宝されるのだ。
しかし、運ばれてきたくじは四本だった。私は真意を測れなくて父を振り返った。
「アルヴァンスよ。そなたがいるべきは立会人席ではなく、あちらの席だぞ」
父はそう言いながら、三人の求婚者たちが座っている場所を示す。
つられるようにそちらを見たアルヴァンス殿は、慌てたように首を振った。
「マユロウ伯。私は求婚者をやめたのですよ。お三方にもそう伝えていて……」
「そんなものはさっさと撤回してしまえ。だいたい、これがあるのを忘れるとは都で高名な秀才とも思えんな」
にやりと笑いながら見せたのは、何かを書き連ねた紙だ。
マユロウ家で使う紋章入りの紙なのはすぐにわかったが、なぜか文書官の美しい文字ではなく、崩れた文字が踊っている。父の字に似ている気がする。そして署名はもっと崩れていて、なんとか読めるかどうかというくらい。それに血判らしき赤いものまで見える。
いったい何の文書だろう。
私が首を傾げる間に、アルヴァンス殿の顔から血の気が引いて行った。
「……それは、処分してくださいと申し上げていたのに……!」
「そなたに飲み勝って得た貴重な戦利品だぞ。我が娘に求婚するという宣誓書を軽々しく扱える父親もおらぬし、そう簡単に捨てられる訳がない」
上機嫌の父はそう言って、アルヴァンス殿の肩を叩く。
「あきらめろ。それにお三方からアルヴァンスを加えるように要請があった。そなたが当たれば愛人候補として押しかけてくるつもりらしいから、結局は四分の二の当たりくじというわけだ」
どこかで聞いた話だ。ルドヴィス殿が言っていたはずだ。
しかし他の二人の表情も変わらないから、まさか全員が同じようなことを言っていたのだろうか。
そんな話を父と交わして、取り決めをしたのだろうか。
……私の前でやらなかっただけ、お三方の心遣いを感じるべきだろう。
私はため息をついて用意された席につく。アルヴァンス殿もようやく求婚者の席に移ったが、その顔色は悪かった。
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