第24話 贈り物



 そういえば。

 私は、よくあるような求婚者からの贈り物はあまりもらっていない。

 普通の貴婦人は美しい装飾品などが大好きで、気を引くために男性はそういう贈り物をするらしい。

 マユロウ領から出荷される布や銀細工も、そういう用途で愛されているものは多い。だいたいが華やかで美しくて、同時にとても高価な物になる。庶民たちですら一大決心の末に買い求めるのだから、貴族の令嬢を口説くためとなればどれほどの財産がつぎ込まれていることか。


 しかし酒宴の席で「あなたは都のどんな美女よりも美しい」などと言ってくれるアルヴァンス殿は、贈り物らしい贈り物はくれない。たまにきれいな花をくれる程度だ。

 それも私の母が香りのよい花が好きなために、根のついたままの花を持ってきてくれる。

 他愛ない会話の中で、一度名前を出したかどうかの花のことを覚えていて、それを森で見かけたからと持ってきてくれるのだ。都でも随一と言われる美麗な貴公子が自分で土を掘り、脱いだ服で包んできたりする。


 母はこういう心遣いが大好きだ。非常に喜んで「アルヴァンスはいい子ね」とにこにこと笑っていた。

 彼がくれるのはこういうものだけだ。財力がないのは昔からであるし、相手は私だ。アルヴァンス殿に不毛な浪費を求めるほうが無謀だろう。


 エトミウ家のメトロウド殿は、私が密かに欲しいと思っていた戦術書をくれた。

 これは日々の会話の中で私がまだ入手していないことを知って、エトミウ家から取り寄せてくれたものだ。

 これは嬉しかった。


 あまりにも嬉しかったから、ハミルドやカラファンドによくしていたようについ抱きついてしまって、珍しく掃いていた口紅をメトロウド殿の服にべっとりとつけてしまった。メトロウド殿が背が高いために、私の唇がちょうど肩に当たってしまうのも不運だった。

 相手が誰で、自分が何をしてしまったに気づいた時、私は正直顔を引きつらせたと思う。よりによって口紅をつけてしまうなど、どう詫びればいいのかと恐る恐る見上げたものだ。


 しかし見かけの割に気性の荒いメトロウド殿は、このときは全く怒らないでいてくれた。

 このとき以降、私にとってのメトロウド殿の印象はよくなったと思う。これぞ男からの贈り物の目指すところだろう。私が最も喜ぶものを贈るという点では、贈り物の王道をいっていると思う。……だが、これも普通の贈り物とは違うようだ。


 その点、カドラス家のルドヴィス殿は違う。

 ライラ・パイヴァーを母に持つという、恐らく帝国でも屈指の財力を持つ貴公子は、私への贈り物を惜しまなかった。美しい異国渡りの絹織物を母や側室方の分までくれたし、私の目の色に合わせたという見事な装飾品も、何の気負いもなくくれる。


 母や側室方への贈り物はパイヴァー家との取引量を増やすための投資、ということを差し引いても、ルドヴィス殿からの贈り物は、装飾品の類にそれほど関心のない私でさえ心躍るものばかり。

 投資とはこうあるべきである。そう伝えてくれるような実践ぶりだ。こういう極意を見せてくれるのはありがたい。


 それに、初対面で刷り込まれた目つきも口も悪い男という印象は、私が目を輝かせるときにふと見せる優しい表情で帳消しになった。普段が厳しいと、優しくされると嬉しさが倍増すると言うのはこのことか。

 こんな風に効果的な贈り物なのだが……私へのものは、男装に合うようなものばかり。やはり問題があるような気がする。


 皇族の証を名に持つファドルーン様は……この方は何もくれない。

 何かくれというわけでもないが、本当に何もくれない。

 皇族というと華々しい印象があったが、実際に華々しいのは、皇帝陛下と莫大な収益を上げる直轄地を有する上位の皇族だけらしい。


 ファドルーン様の父君は直轄地の管理を任された上位の皇族になるのだが、ファドルーン様は唯一の男子とはいえ庶子だ。母君はたいそうな美女ではあられるそうだが、生家は没落寸前の貧乏貴族とのことで、後ろ盾にはなれないらしい。

 一応、家督をつぐ前の現状でも多少の収入はあるようだ。しかし、マユロウ家の方が財力ははるかに上のようだ。

 そう言う事情と、あくまで皇帝陛下のお気に入りの甥という地位のため、私が贈り物をいただくどころか、マユロウ家がファドルーン様に住居を提供し、不自由な生活をしないように常に気を配っている。食事も毎回山盛りだ。

 こういうのはかなり違うと思う。


 マユロウの本邸は、こんな日々の繰り返しだ。

 はじめにあった緊張感を失ったまま、それなりに心地よい日常が続いていた。

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