第19話 四人目



「この方はアルヴァンス殿です。実は以前から内々に結婚を打診されていましてな。娘がこの通りなのでそのままになっていたのですが、この機会に正式な求婚者として迎えることになりました」


 父の言葉は、私を愕然とさせた。

 アルヴァンス殿から結婚の打診があったなど、はっきり言って初耳だ。間違いなく嘘をついている。それなのに求婚者たちを呼び集めてアルヴァンス殿を紹介する父は、この上なく楽しそうだった。


 朝、いきなり「庭で新酒を楽しもう」と言い出した時には何を考えているのかと驚いた。でもそんな突然の思いつきなのに、三人の求婚者たちは寛大にも受け入れてくれた。

 その挙句が、この発言である。一応、以前からそういう集まりをしようと計画はしていたようだが、こんなに突然言い出すなんて、どういうことだ。

 だが、父に後ろめたさなどどこにもない。いつもの通りに上機嫌を振りまきながら、まずファドルーン様に声をかけた。


「聞いた話によると、ファドルーン様とは、アルヴァンス殿とは顔見知りだそうですね」

「そうですね。皇帝陛下の私室で何度か顔を合わせていました」


 幸い、高貴なお方の機嫌は悪くないようだ。急な変更のお詫びに、と庭で焼いている豚が極上なものである甲斐があった。

 私がほっとしていると、鞘に収まった剣が動く硬い音が聞こえた。どうやら、メトロウド殿が座ったまま足を組みかえ他らしい。メトロウド殿はアルヴァンス殿にうなずくだけの挨拶をした。


「エトミウで訪問を受けた折に、一度会っています」

「私も、都で何度もお会いしていますね。商売上、アルヴァンス殿の身につける物をどこより早く押さえることが重要でしたから」


 ルドヴィス殿も、口元をわずかに歪める笑みを浮かべた。

 ありがたいことに、皆はすでに顔見知りらしい。世間は広いようで狭い。

 それとも、やはり都随一の貴公子と感心すべきなのかもしれない。

 一方、皆の視線を受けるアルヴァンス殿は、ずっと硬い表情だった。

 その上、顔色もなんだか悪い。どうやら……二日酔いらしい。

 昨夜は父と二人だけで飲んでいたと聞いている。こんな状態なのに、これからさらに新酒を飲むのだろうか。

 幾分真面目にアルヴァンス殿の体調を心配した私は、その場は無言で通し、他の求婚者たちが父に誘われて庭に向かう時を狙ってそばに行った。


「アルヴァンス殿、大丈夫ですか? それに……これはいったいどういうことなのか、教えてください」


 父と二人で何か企んでいるのかとこっそり聞いてみたが、アルヴァンス殿は無言で首を振るだけ。

 よほど言いたくない事情があるのか、深酒が過ぎて声すら出し難い二日酔いに苦しんでいるのか、私には判断できない。

 たぶん両方なのだろう。

 皆から遅れて歩くのにしつこくつきまとって問い質し続けると、アルヴァンス殿は弱々しいため息をついた。

 そして顔を伏せて手で額を押さえながら、ぽつりとつぶやいた。


「……マユロウ伯に負けました」

「負けたとは? それがどうして求婚者に繋がるんです?」

「……どうかご勘弁を……私も、何故こうなってしまったのか……」


 アルヴァンス殿の声は、ほとんどうめき声だった。あまり気の毒だったので、私はため息をつくだけにとどめる。

 どうやら察するに、我が父と何かを賭けて飲み比べをしたようだ。

 いったいどんな酒を、どれだけ飲んだのだろう。考えると実に恐ろしい。


 私は幼い頃からアルヴァンス殿を館で見かけていたが、彼の二日酔いなど初めて見た。そして同じように飲んだはずなのに平然としている父の異常さにあきれはてる。

 どこまでも酒好きで愚かな男たちだ。

 もう一度ため息をついた私は、歩みの鈍いアルヴァンス殿を追い越し、明るい日差しと爽やかな新酒の元へと歩いて行った。




 結局真相は謎のまま、私は四人に交代で会う羽目になった。

 見目麗しい貴公子たちに求婚されている姿は、周囲から見ると女の幸せそのものに見えるはずだ。

 しかし私は、求婚者たちの美貌は素晴らしいとは思うが、それで幸せを感じるかと言われると、否と言うしかない。

 美人は三日で慣れると言うが、外見だけではない場合はそれに当てはまらない。今でも気を抜くと、その凄みについ見入ってしまうから始末が悪い。すぎた美というのは害にしかならないとしみじみ思う。


 一方で、求婚者が彼らでよかったと思うことはある。

 私は一般的な女性の適齢期をやや過ぎた年齢で、求婚されたのは初めてだが、男に言い寄られたことはある。

 求婚されたことがなかったのは、私にハミルドという婚約者がいたからだ。

 しかし言い寄られたのは、私が「ライラ・マユロウ」だからという理由だった。あからさまに財産目当ての男に「美しい」とか「ドレス姿も拝見してみたい」などとささやかれても、ときめくはずがない。


 その点、私を「美しい」などと言う男はアルヴァンス殿だけというのは面白く、同時にほっとする。

 それに一般的な熱心な求婚者というものは、泥酔したアルヴァンス殿のように「私にはあなたしかいない」などと言うらしい。

 まあ、アルヴァンス殿はもっと派手な言い方をするが。

 とにかく、気に入らない男に心にもない言葉を言われてしまうようなことが毎日続くと、耐えきれなくなって相手を殴りかねない。

 私はそういう女だ。私が毎日会う男たちが、普通の枠には収まらない人物ばかりで本当によかったと思う。

 

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