第5話 図書館慕情 ④
エーレンツは「少々お待ちください」と言い残し、渡した茶葉を手に少し離れた場所にあるカウンターで業務をしていた女性職員を捕まえて、何やら話し始めた。きっと、これで紅茶を淹れろ、お金を出すからお茶請けになりそうなものを用意してくれ、あとは部屋の掃除を早急にと指示を出しているのだろう。
わざわざ近寄ったり魔法を使って会話を盗み聞かなくても、身振りや手ぶり、エーレンツの社交性の高さや仕事に対する意識の高さなどを
そこまで言い切れる理由として、今日含めこれまで会って話した印象、そしてなによりエーレンツが館長になってから今回のこと以外でトラブルもなく図書館を運営してきたその手腕こそが、信に値すると思っている。
エーレンツに向けていた視線を外し、一息ついていると、慌てたような声が聞こえてきた。声がした方に即座に意識と視線を向けると、まだ十歳前後くらいにしか見えない少年が前が見えないほどに積み上げた本を両の手に抱え、バランスを崩したのか今にもこけそうになっているところだった。
とっさに魔法を使い、倒れる少年と少年の手から崩れ落ちていく本の両方を、床に辿り着く前に止めて、
少年は自分の身に起こったことが理解できないのか、目を丸くして、声も出せずに固まっていた。
そんな少年の様子はひとまず置いておいて、エーレンツたちが話しているカウンター脇の本を運ぶための台車を魔法で引き寄せ、少年が持っていた本をその上に静かに丁寧に並べていく。それと同時進行で少年をゆっくりと立たせるように降ろした。
「怪我はしていないと思うけれど、大丈夫だったかしら? あんなに積み上げて本を運んでいたら危ないから気をつけなさい」
少年はまだ
そうやって少年の姿をよくよく見てみれば、どうにもアンバランスな
サイズの合っていないダボダボのスボンをサスペンダーで留めていて、腕まくりしているシャツもぶかぶかでそこから伸びる腕は細く
「シェリア様、何かございましたか?」
慌てた様子でエーレンツが駆けつけてきて、私と少年、本が置かれた台車へと視線を巡らせ、状況の確認をしているようだった。そして、エーレンツがなにか言葉を発するより先に、
「ねえ、エーレンツ。子供に手伝ってもらっているなら、台車を使わせないと危ないでしょう」
そう苦言を
「おっしゃる通りでございます。
エーレンツは少年をかばうような言い訳を並べたてる。そんないかにも子供らしい考えと、親のような目線で見守るエーレンツはじめ大人の職員の姿がありありと想像できてしまい、くすりとつい笑ってしまう。
それから少年の方に向き直り、視線の高さを合わせ正面から向き合う。
「じゃあ、これは全面的にキミが悪いわね。エーレンツたちの言う通り今後は台車を使うことね。ここにある本は全てが私の所有物であって、キミの体を鍛えるためのものじゃないのよ。だから、キミが無理して、さっきみたいに本を落として、本に傷がついたり、ダメにされたら困るわ。それで本をダメにしたら、怒られるのはキミじゃなくエーレンツになるわけだけど、キミも周りの大人たちに迷惑を掛けたり困らせるのは嫌でしょう?」
私のあやすように伝えた言葉に少年は納得したのか静かに頷いて見せる。その物分かりのよさに少年の聡明さの片鱗を見た気がして、「だから、もっと賢く生きなさい」と一言だけ付け加えて、すっと立ち上がった。少年はそんな私を見上げながら、
「あ、あの……魔女様、さっきは助けていただいてありがとうございました」
思い出したかのようにお礼の言葉を口にして頭を下げた。
それから少年が台車を押して移動していくのを見送り、エーレンツと共に図書館の館長室へ向かった。部屋の中に入るなり、来客用のソファーに深く腰かけると、タイミングよく女性職員が焼き菓子の
出されたばかりの紅茶に口をつけ、いつもと変わらぬおいしさに満足していると、エーレンツは床に
それを私は出された菓子をつまみながら、聞くことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます