第16話 口は災いの元

「誰?」

「山田さん」

「え?」


 それは翌日の朝のことだった。俺の机の元に寄ってきた秀俊の口から告げられた名前は、予想外過ぎて、一瞬理解出来なかった。


(どういうこと? 秀俊と山田さんに接点なんてあったっけ? というか、山田さん!?)


 疑問が尽きて止まない。謎が多すぎる。100歩譲って、桂木じゃない別な人になるのは分かるけど、山田さんの登場は謎すぎる。

 山田さん、勉強会とか嫌いって言ってたじゃん。参加するなんて予想出来るわけがない。


「えっと……色々聴きたいことはあるんだけど、まず山田さんと接点あったの?」

「いや、まったく。放課後桂木に断れたあと誰誘おうか迷った時に、山田さんが残ってたら声かけてみた」

「秀俊、そんなナンパみたいなこと出来たんだ……」


 ほぼ話したことない異性に声かけるとか勇気が凄い。しかも相手はあの山田さん。少しだけ尊敬してしまう。


「勝手に俺をチャラ男扱いするんじゃない。潤が仲良いから丁度良いと思ったんだよ」

「いや、別に仲良くは……」

「あー、はいはい。分かった分かった」


 一応否定はしてみたがまったく取り合う気はないらしい。返ってきたのは適当な相槌だけ。


「よく山田さんから承諾して貰えたね。警戒されなかった?」

「ばりばり警戒された。話しかけた時の目つきの鋭さとか人殺せるレベルだったし」

「なんとなく想像はつく」


 何か? とでも言いたげなあの視線は女子が見せて良いものではない。容易に警戒する山田さんの姿が目に浮かんだ。


 まったく、秀俊もそこまでの対応をされた時点で引き下がってくれよ。なんでそこで説得成功させちゃうんだ。なに、将来有能な営業マンでも目指してるのかい? 


「まあ、潤の名前出したらすぐに警戒は解いてくれたよ。潤がテストでピンチだって話したら、快く引き受けてくれた。なんか、めっちゃやる気出してたぞ」

「俺がピンチ?」

「昨日自分が言ったセリフも忘れたのか? 割とピンチって話してたじゃねえか。だからわざわざ山田さんに声をかけたんだぞ」


 お、俺!? 俺が原因なのか! 記憶を遡ってみると、たしかにそんなことを口にした覚えがある。


 馬鹿野郎! なんてことをしてるんだ、過去の俺。大袈裟に誇張した自分の口を今すぐ縫い付けてやりたい。


 とんでもないことになった。そんな何気ない一言のせいてこんなことになるとは。どうする? 今更断るか? 


 だけど秀俊は俺のためにしてくれただけだし、実際助かるのは事実だ。人に頼んでおいて断るのは……。


「神楽くん、おはよう」

「お、おはよう」


 隣を見ると席に座る山田さんの姿があった。どうやら登校してきたらしい。動揺し過ぎて気付かなかった。


「や、山田さん。今日の勉強会のことなんだけど……」

「うん、話は聞いた。任せて。しっかり分かるまで教える」


 胸の前でぐっと握り拳を作る山田さん。心のなしか瞳もきらりと輝く。あの……なんで、そんなやる気なの。やる気出さなくていいんだよ?


「山田さん、勉強会とか嫌いって言ってたじゃん? どうして参加する気になったの?」

「神楽くんがピンチって聞いたから。この前庇ってくれたお礼」


 そういうことか。たしかに義理堅い山田さんの性格なら、やる気を出すのも納得だ。


 気持ちは嬉しいし、実際学年二位の人に教えてもらえるのは実際助かる。ありがたい気持ちはあるんだけど、なんだろう。これ。


 クラスの女子と関わらないように、って目的から始まったはずなのに、山田さんと接点持つようになってるなんて、悪化してない? してるよね?


 これ以上、山田さんと近づかないように。そう思って行動しているはずなのに、なんでこうなるんだ。


 これなら、タメにはならなくても秀俊と二人の方が良かった。誰だよ、頭良い人は必要とか考えたやつ。


 ……あ、俺だ。ほんと、なにしてんだよ、俺。


 いや、でもこうなるなんて予想出来るわけがない。あの山田さんが参加するなんて誰が予想出来る? 事前に勉強会とか嫌いって言ったんだよ?


 隣でやる気を見せる山田さんを見る。いつも静かな雰囲気なのに、今日はどこか明るい。


 目が合うと、山田さんの瞳がうっすら輝く。


「安心して。教えるのは慣れてるし得意。ばっちり教える」

「……よろしくね」


 ここまでやる気満々な山田さんを見て、断る勇気は出なかった。


 はぁ、ほんとどうしてこうなった。過去の俺のバカ野郎。


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