第11話 デレない山田さん

 着替え終わり、ぞろぞろみんなで教室に入ると、涼しい空気が肌を包んだ。


「はぁ、涼しいなぁ」

「まじ生き返るわー」


 前を歩く藤崎と市川の声が聞こえてくる。実際、教室に入った瞬間のからっとした空気に、自分も体育で疲れた身体を癒えるのを感じた。


 教室では既に女子が着替え終えており、制服になっていた。次の授業の準備をしていたり、あるいはおしゃべりをしていたり。そんな姿がちらほら散見される。


 自分の責任に目を向けると、山田さんの姿が目に入った。いつものようにぽつんと一人で席に座り、本を読んでいる。そこだけ静かで、落ち着いた空気が漂っているみたいだ。


「……パパ活ってまじなん?」


 自分の席へ歩く途中、小さなしゃべり声が耳に届いた。話し声の主に目を向けると、そこには女子三人組。クラスで一際目立つ容姿で、よく市川達と一緒にいる人達だ。


 やっぱり噂は広まっているのか。


 意識してクラスを見回してみると、不自然に山田さんに向いている視線の数が多い。中にはさっき噂を聞いたであろう男子もいる。

 普段目立たない彼女に注目が集まっている様子は違和感しかない。まあ、興味が出るのも仕方ないか。


 山田さんの隣、自分の席へと戻る。山田さんはこの視線が気にならないのだろうか。横顔を盗み見たけど、正直分からない。


 髪に隠れて見えにくいし、何より普段から表情が乏しい。いまいち何を考えているのか分からない時もある。


 表情が読み取れず眺めていると、ちらっと山田さんの瞳がこっちを向いた。


「なに?」

「いや……」


 レンズの奥の瞳と視線が交わる。どう聞いたものか。直接あんな噂を口にするのは憚られる。


「……もしかして、噂、聞いたの?」

「……まあ。全然信じてはいないけどね」

「そう」

「大丈夫?」

「別に平気。ほっとけばそのうち収まるし」

「そっか」


 素っ気ない声。いつもより冷めた声な気がしたのは気のせいだろうか。


「何かしようか?」

「余計なお世話。一人で平気。こういうのは慣れてる」


 視線を俺から切って、本に戻した。また表情が髪に隠れる。

 山田さんにそう言われてしまえば、それ以上俺が出来ることは何もない。何も言えず俺は自分の作業に戻った。


 机から次の授業の教科書とノートをを取り出す。綺麗に並べ終えて、椅子の背もたれに寄りかかる。ぎしっと木の音が耳に届く。


 教室の前の扉が開いた。先生が颯爽と指示棒と教科書を持って入ってくる。


「ほらー、早く座れ。授業始めるぞー」


 チャイムが教室に響いた。いつもの光景。もう入学してから2ヶ月が経ち、何度も聞いた掛け声。妙な噂が流れても日常は変わらない。


 俺の噂が消えたように、山田さんの噂も放っておけば消えるだろう。日常に溶けていくに違いない。


--そう思っていたのだが。



「ねぇ、山田さん。パパ活してるって本当なの?」


 

 緩くパーマのかかった明るい茶髪。少し強気そうなアーモンド型の瞳が山田さんに問いかける。

 さっき噂話をしていた女子三人組。そして以前シャートンのことで一悶着があったあの中の1人、有馬美雨は山田さんの机に片手をついて立っていた。





 

 

 


 



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