第四章 ブティック1
「あれとこれ・・・。
ああ・・・そのスカーフも合わせてみたいわ」
「ちょっと、このジャケットあなたに似合うんじゃない?
250万リラ・・・20万円か。
安いじゃない・・・・。
日本だと倍するわよ、ニューモードだから・・・」
広尾のオバ様軍団が、ここぞとばかり活躍している。
瞳は潤みがちにキラキラ光り、次々とブランド物の高い服を飽きずに物色していた。
新婚組も主な買い物はアウトレットで買うつもりとはいえ、やはり本場の最新モードが並んでいるブティックには興味があるのか、新妻達が旦那様達を従え、うっとりと店内を歩き廻っている。
スペイン広場からまっすぐに伸びたコンドッティ通りには 有名ブティックがひしめいている。
プラダ・・・グッチ・・・ブルガリ・・・ヴァレンチノ・・・マックスマーラ・・・。おっと・・・フェラガモ・・・etc、etc・・・・。
フアッションが大学入試問題であれば、みなさん間違いなくトップランクに進めるであろうと思われる程、細かく勉強されている。
雑誌やチェックしたノートを片手に、まあトライアスロンの選手でもこんな過酷なレースはしないと思われるぐらい、歩くは、買うは・・・。
いやはや、本当に買い物がお好きなんですね。
店員も心得たもので、日本人の客には、もう手慣れた日本語で応対する。
まあ最新モードと言っては、在庫処分してるんですから。
笑いが止まらんですよね、実際・・・・。
それでも近頃みなさんよく勉強なさっているから、余り日本の女性をあなどってはいけませんよ。
日本にだってアウトレット等、安く最新の物が手に入る店もあるし。
それに、そうそう・・・すぐ買わないんですよ、これが。
散々見て廻って、じゃ、後でぇー・・・とかね。
靴一足買うのも、最低で5件はまわりますな、
日本だと10件かな・・・・。
さゆりも後日、一人でゆっくり買う時の参考に一緒にまわっているが、やっぱり嬉しそう。
見ているだけで楽しい。
まして、後で自分も買えると思っているからなおさら。
おお神よ、女性に「買い物」という快楽を与えた、あなたを尊敬いたします。
まったく、年齢も職業も地位も全て関係なく、この魔力にはみなさん弱いようで・・・。
と、いうわけでこのパックツアー、ローマでの買い物だけで、三日間もあるんですな。
もちろん、オプションですが。
だけど大半は女性客だし、新婚カップルは奥様が主役。
あとは独身男二人ですから、手持ちぶさたながらついていって、やはり途中でバテル。
旦那様達は携帯片手にバール(イタリアのカフェ)で待機していて、呼び出されては荷物を取りに行って、又ゲップをしながらカプチーノを立ち飲みしています。
男って・・・ええ、言いますまい。
それで、可愛い天使達の笑顔が見られるんですから。
さあ気を取り直してTVでやっている、セリエAでも見ましょうよ。
おっ、丁度地元ローマとインテルの試合をやっていますよ。
いいんですよ、選手の名前なんか。
ハゲてんのは、みんなロナウドと思ってりゃいいの。
(当時はブラジル人、今はイケメンのポルトガル人ですが)
それでローマが点を入れて一緒に喜べば、もうあなたもりっぱなサッカーフリーク。
バールマンから「ジャポーネ」とか言われて、肩を叩かれましょう。
ちょっとした想い出になりますよ。
おっと、そう言えば大西君、紫のスーツがキマッテ・・・
オッホン、まー、いっか・・・。
サングラス越しに試合を真剣に見てますな・・・。
「いけっ、違う・・右じゃない、左だ。
あっちの右サイドバックは、今年入った新人なんだから連係が悪いんだよ。
ああダメだ、その10番にボールもたすんじゃない。
ほら、抜かれた・・・。
ああっ、危ねえー。
キーパー前へ出ろよっ・・・」
ビールを片手にブツブツ言うのを見ていた、バールマンが常連の客に何か言っている。
「おい、あそこのジャポーネ、随分サッカーが好きみたいだぜ・・・。
だけどジャポーネにサッカーがわかるのかね?」
それを聞いていた高田は、思わずイタリア語で口をはさんだ。
「失礼じゃないか。
日本にだってプロはあるんだぜ・・・
何を隠そう、こいつは元プロで、コーチの勉強にローマに来ているのさ」
どうせ、二度と会わないと思って好き勝手言っている。
バールマンと客達は顔を見合わせると、うれしそうに言った。
「スゲエナ・・・。
あんた通訳ってわけ?
じゃあ、この男が何言ってるか、通訳してくれよ」
困った事になったと思った高田であるが、根がいいかげんな性格であるので、即興でおもしろおかしく通訳し始めた。
「違うったら、そのキーパーは右より左が弱いんだ。
先週それで味方のバックパスさばけなくて、自殺点とられてオカーヂャンー
・・・って、泣いてたんだからぁ・・・」
バールの中の客達も、変なスーツを着た男と通訳の話すイカレタ言葉に笑いながら引き込まれていった。
「そーだ・・・・。
いいぞ10番。
左から3番、上がるんだ・・・早くっ」
そう言うと、左のサイドバックがスーッと走ってきた。
10番のミッドフィルダーの選手がノールック・・・その方向を見ない・・・でパスを出す。
「よーし、もっと走れっ・・・・・
そして一、回フェイントして・・・切れ込んで、センタリングだぁ・・・
コンチキショウめぇっー・・・」
興奮して話す卓也の言葉を、絶妙の言い回しで高田が通訳をする。
バールマン達もエキサイトしながら、見入っている。
「そーだ。
そして・・・スルーだっ」
センタリングしたボールを、9番のフォワードの選手がスルー・・・ボールをわざと触らず別の選手にパスのようにあずけること・・・した。
「よーし、11番シュートォー・・・!」
テレビの画面に入っていなかった、左の方から突然11番の選手が飛び込んできて、強烈なシュートを放った。
見事にインテルのゴールネットを揺らすと、バール中に歓声が巻き起こった。
バールマンが高田の肩を叩き、機嫌良く大きな声で叫んだ。
「すごいじゃないか、このジャポーネ。
この男の言ったとおり、試合が進んだ・・・。
やっぱり、この男は元プロなんだな?」
高田は内心うまくいきすぎて冷や冷やしていたが、とにかくそこはほれ・・・いいかげんな男だから。
「ハッハッハーだ、当たり前だろ?
今だってコイツはそこらの奴にゃあ、負けねーぜ・・・」
バールマンは上機嫌でビールのジョッキを2杯、テーブルに置いた。
「これは、俺のおごりだ。やってくれ」
バールの中は異常な盛り上がりをみせていた。
数組の新婚カップルを案内してきたさゆりは、ガラス越しに二人を見つけ不思議そうにしている。
カフェテラスに広子が座ってカプチーノを飲んでいた。
さゆりは隣の席に座って広子に聞いた。
「どうしたんです・・・?
何か、すごく盛り上がってるけど・・・」
広子は笑いを含んだ表情で中をチラッと見て、言った。
「大西さんが何か解説みたいに言っているのを、
イタリア語に高田さんが通訳しているみたい。
結構みんな笑っていたから、ちょっと脚色していたんじゃないかしら・・・。
でも結構、的を得ていたみたいで地元のローマも勝っているから、
みんなご機嫌みたいよ」
「へえー、高田さんイタリア語話せるんだ、あの顔で・・・・。
大西さんもサッカー、詳しいんですね。
何者なの・・・あの二人?」
さゆりは目を丸くして、あきれた調子で言った。
「そうね、飽きないわね。
あの二人を見ていると・・・・。
それはそうとさゆりさん、どう・・・今度は私の買い物つきあって下さらない?」
広子に言われて、さゆりは目を輝かせた。
新婚さんやら広尾のオバ様達にさんざんこき使われていたので、これでゆっくり物色できると思った。
「もちろん、喜んで・・・・・。
どこから行きます?」
「ええ、夏物のスカートとジャケットをちょっと見たいから、まずヴェルサーチに行きましょうか。それから小物とか・・・」
「いいですね。広子さんならイメージピッタリですよ。
それにポッカ・ディ・レオーネ通りはまだ見てないし・・・・。
順番にヴェルサーチからいってフェラガモで靴を見て、
フェンデイで小物を見ましょう。ああ、人事ながらワクワクするぅ・・・」
さゆりは、うっとりするように言った。
「あら、じゃその間のミスVで若い人向きのがあるから、
さゆりさんのも見てあげるわ」
二人は浮き浮きと手を取り合って連れだって行った。
バールの中は、まだ歓声が渦巻いている。
卓也も生き生きとした顔で、サッカーの試合に興奮していた。
まだローマ、二日目の午後のことであった。
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