第105話 アイシャ・ハート

 ロキシーが俺を見て、首を傾げている。それはそうだろう。

 話の途中で、急に固まってロキシーの後ろを見ていたからだ。


「どうしたのですか?」


 そう言って後ろを見ようとするものだから、俺は慌ててなんでもないと咳払いをして誤魔化してみる。苦しい言い訳に、グリードから失笑が聞こえてくる。


『下手過ぎる』


 くっ……。


 だが言い返す暇などない。アイシャ様がロキシーの後ろで静かに早くと今だに促しているのだ。よく考えれば、これだけ近くに来ていたら、ロキシーが気配で感じ取ってもいい気もする。


 それがわからないなら、アイシャ様の気配の消し方は聖騎士のそれを有に超えているのかもしれない。


 おっと……そんなことを考えている場合ではなかった。

 事前に決めていた通り、進めるしかない。


「ロキシー、少しだけ目を瞑って」

「どうしたのですか? ああ、わかりましたよ。私のモノマネをするのですね」

「それはさっきやったから。それとは違うかな」

「もしかして、プレゼントでもいただけるとか?」


 期待に満ちた顔で、俺を見てくるロキシー。半分は当たっているようで、もう半分は外れているような感じだ。

 だから、曖昧に頷いてしまう。


「はっきりしないですね。いいですよ……はいっ!」


 それでもロキシーは、素直に目を閉じてくれた。俺はここぞとばかりに、アイシャ様と入れ替わる。


「何をゴソゴソしているのですか? もういいですか?」

「もう少しだけ待って!」

「うううぅ……一体何をしているのでしょうか……」


 ロキシーの前にアイシャ様が立って、準備完了!


 アイシャ様からも、いつでもいいと合図をもらえる。周りの人達も、俺たちがやった行動からおよその理由を察してくれたようだ。アーロンも少し離れた位置から、微笑んでことの成り行きを見守っていた。


「ロキシー、目を開けて」

「やっとですね。さて、何でしょう……ああっ!!」


 彼女は口を開けたまま、固まってしまった。

 それに対して、アイシャ様はピースサインで、ロキシーびっくり大作戦が無事に成功したのを喜んでいた。


 我に返ったロキシーが、アイシャ様の肩を掴んで言うのだ。


「なんで、母上がっ!? ついこの前の領地から手紙では、体の調子がいいので、すぐに来なくていいと書いてあったのですが……」

「はい、とても元気になってしまったので、私の方から会いに行くという意味よ」

「えええっと、現状がよくわからない……」


 ロキシーの動揺も納得だ。アイシャ様は歩くにも誰かの支えがなければならないほど、体が弱っていたからだ。


 それが目の前で飛び跳ねるように元気になっていたら、誰だって驚くだろう。


 病を治した俺ですら、あまりの変わりように戸惑っているくらいだ。日頃から母親の病状をよく知っていたロキシーなら、俺と比べようもないくらいだろう。

 アイシャ様はあっけらかんと言ってのけるのだ。


「私も詳しくはわからないけど、フェイトに治してもらったのよ」

「フェイに!? どういうことなんですか?」

「それは……」


 ロキシーに詰め寄られて、逃げ道を絶たれてしまう俺。教えないと掴んだ手を離さないぞ。なんて言いたそうな目で見られてしまう。


 俺としては大したことでもないので、苦笑いしながら黒剣グリードを引き抜いた。

 そして、黒剣から黒杖に形を変えてみせる。


「こんな風に形が変わるのですね。杖の他には、魔弓と鎌、魔盾でしたっけ?」

「そうだよ。これは天竜を倒したことで得られたステータスを使って、解放した力さ」

「あの時の……」


 なんだか、ロキシーは嬉しそうだった。


 ガリアでは、髑髏マスクで顔を隠していたけど、結局は天竜の攻撃に耐えきれずに、素顔を晒してしまった時を思い出す。


 俺の顔を見て、涙を流した彼女。その時に、なんてことをしてしまったのだろうと、胸を締め付けられた。それは今でも昨日のことのように、忘れられない記憶だ。


 まさか、あの時に諦めていたロキシーの優しい笑顔にまた出会えるとはな……。

 それが嬉しくて、ロキシーに感謝していると、


「ちょっと、いいかな。私のことを忘れていない?」


 アイシャ様が俺とロキシーの間に入ってきたのだ。


「はいはい、二人の世界は後にしてもらえるかな」

「そういうわけでは……ねぇ、フェイ」

「うんうん、からかうのはやめてくださいよ」


 俺は咳払いをして、黒杖をロキシーとアイシャ様に見せながら説明する。


「例えば、グリードの第四位階という姿で、この状態で更にステータスを捧げると、強力な奥義が発動できるんだ。各形状によって奥義が違うってさ」


 俺は各奥義を言っていく。


 第一位階(魔弓)はブラッディターミガンで稲妻の速度で広範囲を吹き飛ばす。


 第二位階(鎌)はデッドリーインフェルノで魔力が集中している急所を攻撃することで、対象が不死だとしても殺せる。


 第三位階(魔盾)はリフレクトフォートレスで対象の攻撃を数倍化して弾き返す。


 そして、第四位階(魔杖)はトワイライトヒーリングでいかなる傷も病も治してしまう。


 黙って聞いていたロキシーがうんうんと頷く。


「なるほど、今回は母上の病気を治すために、トワイライトヒーリングをしてくれたんですね。ありがとうございます、フェイ。……少し元気すぎるのが気になりますけど」

「それは俺も思っていたよ。アイシャ様がこんなになってしまうとは予想外だよ」

「もうっ、聞いていれば二人して、言いたい放題ね。元気になったんだから、素直に喜んでくれてもいいじゃない」


 すると、ロキシーが眉を顰めていうのだ。


「なら、娘を騙してこんなことはやめてくださいね」

「うううぅ、サプライズなのに。フェイトもそう思うでしょ」

「えっ……う〜ん…………そ、そうですね」

「ちょっと、その言い方だと、私が嫌々やらしたみたいじゃない、もうっ」


 初めは嫌々したのではなく、ほぼ無理矢理だったような気がする。まあ、結局は俺もノリノリだったから、フォローしておいたほうが良いだろう。


「アイシャ様は、領地からここまで、やって来られるくらい元気になったのをロキシーに知ってもらいたかったんだよ。手紙で元気になったって書いたとしても、どれくらいかはわからないだろうし」

「フェイがそう言うなら。でも、よかったわ。ずっと、母上のことが気がかりだったから……」


 ロキシーはそう言って涙ぐんでいた。すると、アイシャ様まで泣き出してしまって、もう大変だった。


 しばらく、抱き合った親子はやっと落ち着いたみたいで、俺に向いてもう一度お礼を言ってきた。別にその言葉が聞きたくて、やったわけではないけど、感謝されて嬉しくない人なんていないだろう。


 ただ、元気になってロキシーにあれこれ言うアイシャ様を見て、こうあるべきだと思ったのだ。

 黒杖を黒剣に戻して鞘に納めていると、ロキシーが何気なく聞いてくる。


「位階奥義のステータス消費はどのようなものなのですか? これほどのことができるということは、かなりのものでしょ?」

「まあ、そこそこかな。トワイライトヒーリングにはステータスの40%を捧げないといけない」

「40%……それはどれくらいですか?」


 アイシャ様を治すために使ったステータスの桁が多かったので少し迷ったけど、ロキシーにはちゃんと話すと決めている。包み隠さず、消費したステータスを教えた。

 すると、ロキシーだけでなく、アイシャ様までびっくりしていた。


「嘘でしょ? フェイト、それは本当なの?」

「ええ、本当です」

「だって、各ステータスでおよそ四億って……桁が多すぎて、大混乱よ!」

「母上、落ち着いて! でも、フェイは天竜を倒しているのだから、それくらいのステータスは持っているのでしょう。それを惜しげも無く使うなんて……」


 慌てふためくアイシャ様を置いて、何故か納得した様子のロキシー。そして、ドヤ顔で言うのだ。


「わかってしまいました」

「えっ、何が?」

「母上が元気すぎる理由です。それは、有り余るステータス(天竜以上)を使ってトワイライトヒーリングを発動したためだと思うのです」

「一理ある」


 ロキシーが推測したように、それはあり得る。グリードの位階奥義はどれも強力なのだ。その中で上位の第四位階となれば、ただ傷を治すだけで収まるはずがない。消費したステータスだって、Eの領域なのだ。


 これでただ傷や病気が治るだけなんて、考えが足りなかった。アイシャ様のステータスがすごいことになっていたりしてな。といっても、許可なく覗いたりはしない。


 それはハート家の使用人だったときから決めていたことだ。


 元気すぎるアイシャ様は、俺とロキシーを散々いじった後、意気揚々とパーティーに招待されている人たちへ改めて挨拶に行ってしまった。


「騒がしい母上です」


 ロキシーはそれを遠目で見ながらにこやかに言うのだ。


 アイシャ様と初めてあった時の病弱な様子など、微塵もない。本来なら、アイシャ様はあの時に亡くなっていたかもしれない。例え、神様によって決められた運命だったとしても、俺はその理を破ってしまったことに後悔などない。


 今のアイシャ様を見ていて心からそう思ったんだ。

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