第77話 旅の終わり
立っていられてないほどに、暴食スキルに侵された俺の間近に、マインが迫ってくる。
瞳は変わらず、忌避するくらい真っ赤に染まっている。だけど、彼女らしくなく、どこか寂しそうなようにも見えた。
膝をつく俺に向けて、マインは黒斧を振り上げる。そして、彼女は口を開く。
「あれだけ言ったのに……天竜には手を出すなって」
「それでも戦うしかなった」
こうなることはマインが前もって忠告してくれていた。だけど、ここまで来た理由は、天竜からロキシーを守りたいと思ったからだ。それを果たせた今、なんの後悔もない。
不思議と清々しいくらい、心は死を恐れていない。
「……頼む」
死ぬなら俺が俺の内に死にたい。両目から止めどなく血が流れ出して、視界が真っ赤に滲んでいる。いつ正気を失ってもおかしくないだろう。
マインはなかなか動いてはくれなかった。しかし、しばらくしてやっと返事があった。
「わかった」
俺は最後の力を振り絞って見上げたマインの顔は、今までとは打って変わって、もう迷いはなくなっていた。
こんな汚れ仕事。彼女にお願いするのは、気が引けてしまうけど、やっぱり頼めるのは彼女しかいない。
俺は目を瞑る。
すると、今までの思い出が次々と駆け抜けていく。始まりの王都では、ロキシーにブレリック家から助けてもらったり……酒場の店主には訪れるたびにいろいろといじられたりしたな。
そして、ロキシーを追って王都を旅立ってからは、故郷に帰ったりしたし、剣聖アーロンに出会ったりもした。
アーロンにはこの旅が終わったら、また会いに行くって約束したけど、どうやら叶いそうにない。復興しているはずのハウゼンの姿を見れないのは残念だ。
ここガリアに来てからは……防衛都市バビロンでは、ロキシーの元気な姿をまた見れたし、もう思い残すことは……ない。
どうやら……そろそろ終わりのようだ。意識が遠のいていく。
「マイン、早く!」
彼女の殺気を感じる。いよいよだ。
本音を言うなら、もう一度だけ、ロキシーの顔を……声を聞きたかった。
その時、
「ダメェェェエェェェェッ!」
思いもしない声が聞こえてきた。しかも、声と共に俺は突き飛ばされたように、地面を転がり続けた。それも、その声の主と共にだ。
声で誰かはわかっていたけど、目を開けて見れば、やはりロキシーだった。二人して土埃まみれだ。
彼女は俺を抱きかかえて、言う。
「なんてことを……しようとしているのですかっ!」
「……ロキシー様…………俺は」
まさか、ここに来て彼女が駆けつけてくれるなんて思ってもみなかった。いや、そんなことは俺の思い違いだった。
ロキシー・ハートなら、きっと俺一人で戦わすことを許さない人だ。王都軍を退避させた後、単身で駆けつけてくれたのだ。だけど、俺としては、タイミングが悪すぎた。
このままでは彼女に決して見られたくない自分を見せてしまう。それだけは避けたかったのに……。
そんな俺にロキシーは言う。
「私が……私はそんなことでフェイを嫌うわけがないです。フェイはフェイです! だから、こんなことをしないで」
ロキシーから流れを落ちた涙が、俺の頬に当たる。温かさから、忘れていた安らぎを感じた。
ずっと、ずっと怖かったんだ。もし、この暴食スキルの力によって、彼女に嫌われて恐れられたらと思ったら、怖くてしかたなかった。
でも、俺のあの忌避する瞳、力を見てなおも、彼女はそれを受け入れてくれた。
ロキシーの中には今も変わらず、フェイト・グラファイトが居続けていた。……すごい人だ。
受け入れてもらえた安心感からなのか、わからないけど、あれほど荒れ狂っていた暴食スキルが落ち着き始めていた。限界すら越えて、止められないほどだったはずなのに、何故か……恐ろしいほど静まっていくのだ。
「これは……一体……」
ありえない現象におののく俺に、ロキシーは笑顔で手を差し伸べる。
「さあ、バビロンへ戻りましょう」
ロキシーのこの顔には忘れられない記憶がある。王都で門番をしていた時だ。ブレリック家のラーファルたちから暴行を受けていた俺を助けて、手を差し伸べてくれた……あの時の顔だった。
だからこそ、俺は思い知らされる。
そうか……彼女を助けたいなんて言っていたけど、本当はあの時のように俺が彼女に救っても欲しかったんだ。
暴食スキルによって、どうしようもない俺を救ってもらいたかったんだ。
どうして……こんなにも簡単なことを気づかないふりをして、ここまできてしまったんだろうか。
ロキシーの腕の中で、遠のく意識。その中で、俺は彼女への気持ちをもう偽ることはできなかった。
★ ☆ ★ ☆
ルナの声が聞こえてくる。
『見つかったよ、あなたの柱が…………』
どういう意味だと問いかけようとしたら、そこはベッドの上だった。どうやら、俺は寝ていたらしい。
ここはよく知っている部屋だ。なぜなら、バビロンに来てからずっと泊まっている宿だったからだ。
起き上がろうとして、左側に転んでしまう。
そうだった……俺はノーザン――エンヴィーの傀儡との戦いで、左腕は失っていたのだ。見てみると、綺麗に包帯を巻かれて手当されている。
おそらくあの時の状況から言って、ロキシーが手当してくれたのかもしれない。
部屋を見回しても、誰もいない。時間を確認するために部屋の壁に立てかけられている時計を見る。
「11時か……」
時間を見るに一日以上は経っていそうだ。そして、俺はあいつがいないことに気がついてしまう。
グリードがいないのだ! どこに行ったんだ、あの俺様野郎は!?
必死になって探して、もしかしてまだガリアに転がっているのでは……青くなっていると、部屋をノックする音が聞こえてきた。
入ってきたのは、青い髪をしたエリスと、白い髪をしたマインだった。なんだか……大罪スキル保持者が二人いると、ものすごいプレッシャーを感じる。
「やあ、目覚めたようね」
「一週間も、寝すぎ」
なんと!? 俺はあの戦いから一週間も寝ていたようだった。終わってみれば、ほぼ瀕死だったし、仕方ないと思う。
そんな中で、俺はエリスの手にしている黒杖を発見する。
「グリード!?」
「ああ、これはやっとガリアから回収してきたのよ。あの戦いの後に、マインがグリードを持って帰るのを忘れてしまったの」
エリスが横目でマインを睨んでみるが、彼女はどこ吹く風だ。
それを見てエリスはため息をつきながら続ける。
「しかも、魔物が咥えて何処かへ持ち去ったようで、ものすごく大変だったんだから、ガリアの中心付近まで行く羽目になったんだからね」
またしてもマインを睨むが、一向に無視一点張りである。マインらしいと言えばマインらしいけど……。どうやら、この二人は相性が悪そうだ。こんなところで喧嘩しないことを祈るばかりだ。
まだ本調子でない俺が巻きこまれでもしたら、もう一週間眠ることになるかもしれない。
ヒヤヒヤしながら、エリスから黒杖を受け取る。
第四位階の形状。こうやって、手に持って見ると今までの武器とは違った感覚。これは細かな粧飾をされているので、打撃系としては使えないだろう。
凝視しているとグリードが《読心》スキルを通して、毒を吐いてきた。
『フェイトオオオオォォォッ! お前、なんて無茶をしやがった』
「そう怒るなって、結果的に助かったんだからさ」
謝ってもグリードはプンプンでやたら長い説教タイムをいただいてしまう。耳にタコができそうである。
そして、それが終わると、
『魔物に咥えらえて、長い旅をしてきた。もう戻ってこれないかと思ったくらいだ』
「みたいだね」
『……さてと、フェイトに大事な話がある。それはそこにいるエリスから聞いた方がいいだろう』
いつにもまして、真面目な声になったグリードはエリスを見るように促してくる。
それを合図に、エリスがニッコリと笑う。
「君は天竜を倒して、ボクたちに証を見せた。まだ、その時期ではないと思っていたけど、ロキシーの死を使った冠人間を作成する実験もできなくなった今、君の力が必要だ。どうか、力を貸して欲しい」
「それってどういったことなんだ?」
「おそらく、君に拒否権はないよ。同じ大罪スキル保持者なら決して避けて通れないことだからね。その前に、片腕では不自由だろうから、まずそれを元に戻そう」
えっ、そんなことができるのか!? この世界には回復魔法なんて存在しないはずなのに……しかも、失われたものを治すなんて、可能なのか?
常識を超えた発言に驚いていると、エリスはあっけらかんと言う。
「可能だよ。それに、ロキシーが来る前にここを出よう。今の君は安易に彼女に会うのは危険すぎるからね」
なぜか……ロキシーの名を聞くと、暴食スキルが蠢いてしまう。……とても嫌なや予感がする。
そんな俺に、ずっと黙っていたマインがあるものを差し出してくる。
「これを……あなたのトレードマーク」
マインから受け取ったのは、天竜との戦いで粉々に壊れてしまった髑髏マスクだった。いや……これをトレードマークした覚えはないんだけどさ。
俺は手渡された髑髏マスクを被ると、部屋を後にする。だけど、手紙を一通だけ残した。
本来なら、直接言えばいいけど、まだ会ってはならない気がしたんだ。
だから、ロキシーへ、今伝えたいことを綴った。
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