5 二人の軍隊

 茶色い人集りができていた。円形に空いた中心では、獅子舞がうねっていた。

 獅子は、笛太鼓の音にあわせ、天を仰いだり跳ねまわったりしている。

 観衆が頭を下げはじめた。獅子は大口を開け、そのシラミまみれの頭を噛んでゆく。幼子が大泣きした。

 観衆の中に、茂木寅吉がいた。目は獅子を見つめ、口角はかすかに吊りあがっている。

 獅子がやってくる。口を開け、伊達男の頭を噛もうとする。茂木は帽子をとり、頭を垂れた。

 獅子は茂木を噛んだ。ほかと変わらぬ調子で、歯を二、三度あてがう。

「和(カズ)」ふいに、伊達男がつぶやいた。「〈木吉の和〉」

 獅子が動きを止めた。歯から頭をはなす。口の奥から切れ長の目がのぞく。茂木の目とまなざしが交わった。

 口の奥の目が揺れた。つぶやきかえす。「あ、兄貴?」

 茂木は頭を下げたまま、小さな声で続ける。「仕事がある。ひとり頭一千圓の大仕事だ」頭をあげ、微笑む。声の大きさをもどして、「どうした? 次がつっかえてるぞ」

 獅子の尻から囁き声があがる。「そうだよ、カズ。噛まにゃゼニになんねえ」

 茂木も重ねる。「そうだぜ獅子舞さんよ。ゼニにありつけねえぞ」

 獅子の頭は、口を開けたまま止まっている。奥の目は伏し目がちになって揺れている。観衆がざわつきはじめる。

 観衆をかき分け、太った男がやってきた。似合わないシルクハットに、洋服を着こんでいる。眉間にしわを刻んでいた。

「おい、こら、カズ!」肥満男がいった。滑舌の悪い声で、「動け! ゼニが欲しかねえのか」

 獅子舞は動かない。

 茂木が獅子に顔を近づけた。「選ぶんだ」口の奥にむかってささやく。「二足三文のゼニがために、あのデブにこき使われて死ぬか、夢みてえな大金がために、俺と死ぬか──さあ、選べ、選ぶんだ」

 獅子の頭が震えだす。

 肥満男がやってきた。獅子の頭を殴った。「この糞ったれ! ぶち殺すぞ! 拾ってやった恩を忘れたか! 動け、動かねえとぶっ殺して犬のエサに──」

「やってみろ」頭がつぶやいた。

「ああ?」

 獅子の頭が宙に舞う。骨ばった拳が肥満男の鼻のあたりを突いた。太った興行主は六歩ほどうしろによろめき、人の壁にぶつかりかけた。観衆はそれを避けた。興行主はぬかるみに倒れた。豚だ、と子どもたちが笑った。

 獅子の頭が地に落ちる。屈強な男の、逆三角形があらわれる。

 肩の肉は大きく盛りあがり、腕は丸太のように太い。それでいて細身な肉体からは、湯気がもうもうと立っていた。顔も逆三角形で、鋭い刃物で削ったような目鼻立ちをしている。おおむね美男子の条件は満たしていた。

 屈強な男──木吉の和は、太った男に言い放った。「酷使無双と安い賃金に愛想が尽きた。殺しにくるなら殺しにこい。俺は兄貴と行く」

「は」太った男が口を開いた。呆気にとられた表情だった。「薄情者! 恩知らず! ほ、ホントにぶっ殺すぞ」

「カズ」茂木がなにかを投げ渡した。

 カズはそれを掴む。硬く、ずしりと重い。見る。コルト・ネイヴィだった。

 茂木が続けた。「使い方、忘れてねえな?」

 カズは兄貴分に微笑んだ。引鉄を圧して撃鉄を起こし、泥まみれの元・雇い主に銃口を向け、もういちど引鉄を圧する。

 乾いた破裂音が響く。肥満男のシルクハットが飛んだ。染みだらけのハゲ頭があらわになった。間をおいて、観衆から笑い声があがった。

「次は額にケツの穴こさえるぞ」カズがいった。笑っている。茂木のほうに向きなおる。銃身をつかんで、拳銃をわたす。「俺の腕も、衰えてなかったみたいスな」

「たまたまだろ」茂木は笑った。片手で拳銃を押しもどす。「こいつは持っとけ。丸腰でいられちゃ困る」

「いいんですかい?」カズが訊ねる。悪戯っぽい微笑を浮かべている。「十何年も放っとかれたんだ。腹にイチモツ、あるかもしれませんぜ」

「おまえに殺られるなら本望だ」茂木は大らかに微笑んだ。

 カズは恥じらいの笑みを浮かべ、鼻頭を掻いた。「敵わねえや」拳銃を腹帯に押しこむ。茂木の顔を見て、「で、これからどうするんで?」

「ほかの連中を探しに行く」茂木がいった。「赤報三番隊、独立茂木小隊、再結成だ」

 二人は馬を駆り、その町から発った。

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