第2話 ~わが「モテ期」についてのお話し~
昔々、そこそこ昔。
今回は少し自慢に聞こえてしまうかもしれません。
じつは…私にも「モテ期」いうものがありました。
人妻の身で「モテ期」というのもナンですが、モテてしまったのですから仕方ありません。
あれは、確か長女が三歳になった頃だったでしょうか。
実母と実妹、夫と子どもと私とで、小豆島へ行ったときのことでした。
島に渡る船上の風は強く、まだ幼かった子どもが風に向かって目と口をぱくぱくしながら、
「い、息ができん!」
と叫んだことを覚えています。これがこれから始まる母の「モテ期」への序奏だったのかもしれません。
寒霞渓、蕎麦打ち体験、二十四の瞳の記念館。観光地を巡り楽しく過ごした最後に観光オリーブ園に寄ったときには、もう午後もかなり回っておりました。
園内いっぱいに広がるオリーブの木が南国ムードを漂わせ、少し傾いた日差しがアンニュイな雰囲気を醸し出していました。
園内には孔雀が放し飼いにされていて時間を決めて小高い丘から飛ばすイベントをしていたのですが、残念なことに到着する前に終わっていたようでした。
それでも園内にはまだたくさんの孔雀があちこちにいました。
オスの孔雀が長い尾羽の先を地面に触れさせながら目の前をゆっくり歩いていきます。間近で見る羽は図鑑やテレビで見るよりもっと鮮やかで美しいものでした。
真っ白のオスの孔雀もいて、そちらもとても見事でした。
しかしまだ小さい子どもにとっては孔雀は思いの外大きな生き物だったようで、娘は怖がって夫に抱っこをせがんでおりました。
孔雀もオリーブも堪能したのでそろそろ出口に向かおうかというとき、私たちのところに大きなオスの孔雀がやって来ました。
間近どころかすぐ目の前、触れる位置です。
これが犬とか猫なら腰をおろして撫でさせてもらうところですが、相手は鳥なので撫でていいものかどうかもわからず「近い!近いよ!」「なんか、乗れそう。」などと家族で喜びながら眺めておりました。
すると孔雀は私と家族との間にズイッと入ってきます。
「え?」と思ったときには、孔雀は私の方を向き尾羽を震わせ始めました。
「あら?」と思っているうちに、あの美しい尾羽が全開!
「おー!なんて見事な羽!美しいわぁ♪」
「一本くれたりしないかなぁ♪」
などと呑気に思っておりました。
ところが孔雀のアピールは続き、両サイドが地面に付くほど開ききった尾羽をますます激しく震わせます。
「…ま、待って…。めっちゃ圧を感じる。」
何となく気圧されて数歩下がりました。
家族と合流しようと私が左右に動くと、バスケットの守備のようについて来ます。
見事なディフェンスです。
前には絶対進ませてくれません。
私は混乱しつつも何とかこの状況から逃れるべく、後ろに下がったり横にずれてみたりもしましたが、孔雀はすかさず私が動いた方向を向いて大きく広げた翼で行く手を遮るのです。大きな羽のすぐむこうにいたはずの家族は、気づくともう30mほど離れてしまっています。私が動けば動くほどなぜか家族がだんだん遠くなっているのです。
そう…私は引き離されていました。
孔雀はますます尾羽を打ち鳴らし、その美しさを見せつけるように角度を前傾にして尾羽で私を包み込みにかかります。
はっ!
…こ、これは、もしや。
かの有名な、
孔雀の求愛ダンス??
思わず家族に助けを求めて視線を向けますが、母はカメラを振り回して何か叫んでおり、夫はコチラを指さしながら楽しそうに娘に話しかけており、妹はひたすら笑っております。
孔雀はなお一層、必死で尾羽を震わせアピールをしてきます。
これほど熱烈な愛を伝えてくれたのは、「ママ大好き!時代」の息子とこの孔雀くらいです。たいへんありがたいことではありましたが、こちらは人妻、しかも子持ちです(向こうで妻の窮状を笑顔で眺めているような夫ではありますが)。
今のところ種を越えた愛を育む予定もありません。
出来れば穏便にお断り申し上げたいと思った矢先。
「ひえー!」ついにフェンスに追い詰められてしまいました。
「壁ドン」ならぬ、「フェンスバサッ」です。
軽く恐怖を感じた時のこと。
「ちょっと!」
母が孔雀の鉄壁のディフェンスを打ち破って乱入してきました。
助かった!さすがは持つべきは母!
「あんた、なんでカメラ持ってないんよ!」
そう言うと助けに来てくれたはずの母は、孔雀に向かってバシャ!バシャ!写真を撮り始めたのです。
その途端に孔雀はあの美しい尾羽をスッと閉じて、何事もなかったかのように去って行ったのでした。
こうして私のモテ期は通りすぎて行ったのです。
おしまい
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