第24話 道を外れたもの(2)秘術

 コントロールされた食事と睡眠、集中力を増す修行、無になる呼吸法。独特の経文と暗い本堂の中で灯されたろうそくの灯り。それらが複合的に影響し合って、トランス状態へと入って行く。

 向里は真ん中で仰向けに寝転がり、腹部に手を置いて深い呼吸を繰り返し、何とも説明し難い状態になっていた。

 常日頃から、意識のある間は何かしら考えるものだと思っていたが、今は何も考えてはいない。

 かと言って、入眠寸前だというわけではない。

 頭はハッキリしているような、ぼんやりしているような、よくわからない感じだ。

 座禅を組むというのをした事の無い人間がちょっとやそっと修行のまねごとをしたからと言って、いきなり無の境地に至れるわけもない。それをどうにかするための、舞台と準備だった。

 向里を取り囲むようにろうそくが置かれ、そのそばに土村が座って読経を続けている。

 そのろうそくが、風も入って来ない締め切った本堂内で揺らめき、消えた。それと同時に、禍々しい気配が出現する。

 魂魄鬼である。

 本堂で仰臥する向里を見下ろし、魂魄鬼は薄く笑った。

「ほお。死んだのか」

 よく見ると、目は向里の体から微妙に外れている。そう、体から出た魂を見ているのだ。

「向里の魂を取りに来たのか」

 土村が読経をやめて、魂魄鬼を睨みつける。

「こいつの兄が、珍しく暴れているなあ。弟の魂をコレクションされるのには平静でいられないんだな、思った通り。へへ。いい声で嘆き、俺を恨み、ののしる」

 そう言って籠を取り出すと、中の小さな光が激しく動き回り、金網にぶつかるのが見えた。

「兄弟仲良く同じ籠に入れてやろうか。それとも──」

 笑いながら手を向里に伸ばす魂魄鬼だったが、その腕がピクリと止まった。

「返してもらうぞ」

 向里が体を起こし、魂魄鬼の持つ籠を当たり前のように手にしていた。

「お前、仮死状態だったのか!?しかし、そう都合よく──いや、まさか!?」

 向里はニヤリと笑った。

「ご名答。仮死状態になって幽体離脱の状態にしたんだよ。

 兄は返してもらう」

 言うと同時に、ろうそくのサークルの外に静かに、素早く出る。

 同時に土村が準備していた札を発動させ、ろうそくをつないだ檻が出来上がる。

「騙されたな。いや、なかなかやる。

 しかしな。この程度の檻が、通用するとでも?」

 魂魄鬼は余裕の顔でクツクツと笑いながら、足を向里の方へと踏み出そうとした。

 が、本堂の外に控えていた本山から派遣されてきていた僧侶たちがなだれ込み、一斉に経文を唱え、鳴り物を鳴らす。

 魂魄鬼をどうにかしようとしていたのは、向里と土村だけではない。本山も魂魄鬼に魂を奪われる事を問題視していたが、居場所を突き止められない事で手を出せないでいたのだ。そこに土村からの連絡が来て、向里を囮とする作戦を実行する事となったのだ。

 魂魄鬼も流石に表情に余裕が見られない。

「一杯食わされるとはな」

 歯を食いしばり──そしてニヤリと笑った。

「なんて言うかと思ったか」

 向里がギョッとする先で、悠々と足を踏み出し、ろうそくを越えて来る。

「グッ!」

 土村が向里の前に立ち、数珠を持った手を突き出して経文を唱えるが、魂魄鬼に変化はない。むしろ、僧侶たちの焦りが高まり、土村は動揺しないようにと自分に言い聞かせなければならなかった。

「作戦はよかったな。ただ、俺を捕まえるには力が足りなかった」

 魂魄鬼はそう言って歩みを止めずに近付いて行き、その分だけ、向里と土村は下がって行く。

(もうだめか。それでも、兄ちゃんの解放だけは)

 向里は籠の入り口を開けようとした。しかし、鍵がかかっているわけでもないのに開かない。

「何でだ!?」

「ククク。それはな、俺達死神にしか開け閉めできないんだよ」

 魂魄鬼が楽しそうに笑い、向里は唇に歯を立てた。

「お前らがした事は無駄だったなあ。

 ああ。お前の魂は回収させてもらおうか。兄弟並べたら、どんな声で鳴くかねえ」

 本堂には、絶望感が漂った。





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