第8話 遺産(1)揉める遺族たち

 通夜が行われ、枕教をあげた僧侶が帰って行くと、通夜振る舞いの寿司桶を運んで来た契約している仕出し屋「おても」の主人を通す。

 遺族はギスギスとした雰囲気で、搬入に立ち会っているだけでもその空気に落ち着かなくなる。

 そして寿司桶を遺族控え室に運び終え、ビールを並べ、穂高と大場はそそくさと廊下に逃げ出して事務所に入った。

「ありゃあ、揉めそうだなあ」

 おてもの主人、表田がつるりと頭を撫でる。

「嫌だなあ。せめて故人が焼かれるまでは、悲しんで送ってくれればいいのに」

 穂高が言うと、表田は笑って、

「足立君は、ピュアってやつだね」

と言った。

 それに向里は、冷笑を浮かべた。

「現実を知らないだけですよ」

「あ、酷い」

 穂高が口を尖らせて文句を言った時、遺族控え室の方から大きな音がして、皆飛び上がった。

「うわ、早速おいでなすった!」

 大場がウキウキとして廊下に飛び出して行くと、

「何!?刃傷沙汰は困るわよ!定時で帰れなくなっちゃうじゃない!」

と言いながら川口がうんざりとした顔で続く。

「ええっ。そんな場合じゃないでしょ?」

 穂高も言いながら後を追い、

「面倒はごめんだ」

と言いながら向里も嘆息混じりに廊下に出る。

 騒ぎの元は、今しがた話題になっていた、西沢家の遺族控え室だった。

「それだけしか残ってないなんておかしいだろ!使い込んだんじゃねえのか!?」

「介護を押し付けておいてよく言う!その分を遺産相続で多く欲しいくらいだよ!」

 ギャアギャアと怒鳴り合い、今にも殴ろうとする息子2人を、各々の妻が止めていた。

「ちょっと、落ち着いて下さい」

 なだめようと割って入り、片方が振り上げている重い灰皿を取り上げる。

「お前の所、経営が苦しくて給料がかなり下がったって聞いてるぞ」

「そっちこそ、投資で損を出したんだってな!かなり!親父からこっそりと通帳を貰ってるんじゃねえのかよ!?」

 それでお互いを睨み、掴みかかろうとせんばかりに怒鳴り合う。

「落ち着きましょう、ね?」

 大場が割って入るが、

「うるさいんだよ、おばさんは黙っててくれ!」

「関係ないのはすっこんでてくれよな、おばさん!」

と言われ、

「私はオオバ!おばさんじゃない!」

と大場は怒鳴り返す。

 そんな揉める親族達を穂高と向里と倉持はどうにか引き離し、川口は大場をなだめる。

「ああ、もう嫌だ……」

 穂高は嘆息した。




 


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