第七章『幽霊屋敷殺人事件 その2』
「まずは確認から始めましょう」
そう言ってから、この部屋の持ち主は、机の引き出しからノートを取り出した。「私の名前は、黒江幸四郎、年齢は六十五歳、性別は男、職業はシステムエンジニアだ。趣味は読書と散歩、好きなものは甘い物全般。嫌いなものは辛い物と酒。住所はここのマンションの一室。家族構成としては妻と娘がいる。妻は昨年に病気で亡くなった。享年三十七歳だった」
そこまで言うとページをめくった。「この部屋の主が殺されたのが二月十三日の土曜日のことだ。被害者は私と同じ会社に勤めている人物で、名前は小暮昌樹という。死因は頸部圧迫による窒息死。凶器は被害者の爪の間から採取された皮膚片と一致。指紋は検出されなかったため、おそらく手袋をしていたものと思われる。死亡推定時刻は前日の金曜日の夜から日曜日の昼までだ。発見現場は私の自宅から車で約十分の距離があるアパートの二階にある一室で、ベランダに面した窓の鍵は内側から施錠されていた。室内は荒らされており、金目の物は根こそぎ盗まれていて現金類はほとんど無かった。しかしクレジットカードなどの貴重品類は手つかずで残されており、財布の中には数枚の万札が入っていた。これが事件の全貌になる」
ここまで一気に喋った後に「ふぅ」という溜息をつくと、喉が渇いているのかコップに残っていたお茶を飲み干した。
「じゃあそろそろ本題に入ろうと思うんだけど……」「はい」
「ちょっと待ってくれないかい?せっかくこうして集まってもらったのだから自己紹介くらいさせてくれないかなぁ」そう言ってから「ああそうだ!」と手を叩くと、椅子から立ち上がって皆の顔を見回してから「僕の名前は黒江健也、年齢はまだ二十代半ばだよ」と言った。
そして座るように促すと「次は誰から行く?」と問いかけた。すると「俺から行こう」と長身で細身の男が立ち上がった。「俺は佐藤信吾、三十歳だ」
それだけ言うと着席する。「よろしくね」と微笑みながら言うと「次は?」と周りを見回す。
「じゃあ俺から」と言ってから、少し太めの体格の男が立ち上がる。「僕は中村浩平、年齢は二十五歳です」
そう言ってから座る。
「次、お願いします」と言ってから眼鏡をかけた小柄な女性が立ち上がり「私は高橋真由美、年齢は二十一です」とだけ言って席に着く。
「えーと、それで?」と健也さんが催促すると、全員が私に注目した。「私ですか……?」と聞き返すと「他に誰が居るんだい?」と、さも当然のように言われてしまった。
私は諦めて立ち上がると「私の名前は、古屋美知香です。年齢は十六で高校二年生です」とだけ言って着席した。
「ふむ、高校生なんだね」と健也さんが言う。
「はい」と私は答えてから「あの、さっきのお話の続きなんですけど……」と切り出すと、すかさず「事件のことかな」と返される。
私は「はい」と答えると「その前に僕の方からも一つ聞きたいことがあるんだ」と遮られてしまい、私は黙って聞くことにした。
「君達はどうやってこの事件を知ったんだい」
私は言葉に詰まった。「それは……」と言い淀んでいるうちに、他の人達が次々と話し出す。
「ネット掲示板に書き込まれたんだよ」と最初に発言したのは、私から見て左端に座っている、少し長めの前髪を真ん中分けにした髪型の男性だった。
「そうそう、俺もその書き込みを見た」と今度は右隣りに座る坊主頭の男性が言う。
「私も見ました」と女性も同意する。
「へぇ、どんな内容だったの?」と健也さんが尋ねると、三人はお互いに顔を見合わせていた。
「あれは確か、二月の初め頃だったと思います」と、一番年上に見える男性が話し始める。
「その日、私は会社の上司から残業を押し付けられていました。仕事自体は簡単なものだったのですが、期限が今日までで、しかもかなり量が多かったので終わらなかったのです。でも、いつものことなので特に気にしていなかったんですよね」「そうなの?」と健也さんが聞き返したので、男性は苦笑いを浮かべてうなずいた。「でもやっぱりおかしいと思い始めたのは、私が帰ろうとした時でした。定時を過ぎたのでタイムカードを押そうとしたら『まだ終わっていないだろ』と言われて、仕事を追加されたんです。その時はさすがに抗議をしました。でも取り合ってもらえなくて、結局私は日付が変わる頃まで会社に拘束されてしまいました。ようやく解放された時にはもう十時過ぎになっていました。疲れていたので帰り道でコンビニ弁当を買って帰ったのですけど、家に着いた途端、玄関のドアに何かが挟まっているのを見つけたんです。それが例の書き込みでした」
「何時ごろの話なんだい?」と健也さんが質問する。
「その日の昼過ぎですね」
「なるほど、ちなみにそれを書いた人物はなんて言っていたの?」
「えっと……『あんまり遅い時間に帰ると危ないよ』って書いてありました」
「他には?」
「後は、よくわからないコメントが書かれていました」
「なんだい?」
「『早く逃げないと大変なことになるぞ』とか、そんな感じで」
「ふうん」と相槌を打つと「ありがとう」と言ってから「他には誰か居たりするのかい?」と尋ねた。
「いえ、私だけです」と答えると「そうか」と言ってから、また話し始めた。
「その後、私はすぐに寝たんですが、夜中に目が覚めたんです。なぜかはわかりませんが、妙な胸騒ぎがして、いても立っても居られなくなったんです。それでベッドから起き上がると部屋から出て階段を下りてリビングに行きました。電気をつけるとテーブルの上に置き手紙があったんです。内容は『今日は帰れません。先に休んでください』とだけ書いてあって、そのすぐ下に私の携帯電話がありました。どうやら家を出る時に忘れていったみたいです。私はすぐにメールを返しておきました。それからまた自分の部屋に戻って、もう一度眠ろうと布団に入った時、部屋の隅に置いてある鏡に映る自分が目に入りました。私はその時初めて気づいたんです。私の後ろに女の人が立っていることに」
「女だって?」驚いたように声を上げたのは、坊主頭の男性だ。
「はい」
「いつからそこに居たんだい?」健也さんの問いに私は「最初から居たわけではありません」と答えた。「今にも消え入りそうなぐらい弱々しい声で、『あなたはそこに居ますか?』と聞かれたような気がしたので振り返ったんです」
「返事はしなかったのかい?」
「はい」
「どうして?」
「なんとなく嫌な予感がしたからです」
「そうか」
「はい」「それで君は振り返った後、どうしたんだい?」
「何もしませんでした」
「どうして?普通なら返事をするだろ」
「嫌な予感がしたから」
「そうか」
「はい」
「他には何も無かったんだね?」
「はい」
「わかった。話を続けて」
「私はその女性のことが気になったので、じっと見つめていました。そうしているうちにだんだん薄らいでいき、最後には見えなくなりました」
「ふぅん」と言うと、腕を組んで考え込んでしまった。
「今の話が本当だとしたら、ちょっと不思議な話ですね」
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