第28話 元勇者は傍観することしか

 ――死はおろか頭蓋が潰れることも、ひしゃげた手足を見ることもなく済んだ理由を遅れて悟る。


 目の前には一本の剣。

 勇者時分同様、見慣れた色形でそこに立っていた。

 どうやら、魔法障壁の要領で俺の周りに物理障壁を張ってくれたらしい。


「ジェニト……ってそんなことよりユノは――っ!?」


 慌てて辺りを見回すが、土煙が酷く、彼女の姿はもちろん一寸先すら見えない。


「オマエ――こんな力があるんなら最初から……っ」


 このような力を持っていながら、わずか二人助けることもできず、何が勇者の剣だと非力な自分を、非力でいることを望み、選んだ自分を棚に上げて激昂する。


『まあまあ、あの嬢ちゃんなら大丈夫だって。そう噛みつくな。剣一本でできることってなァ、たかが知れてら。それに、この魔力。こりゃ、嬢ちゃんが生きてるってこッちゃねェのかよ?』


 直上、瓦礫と化した天井が落ちてこなかったのは、金色の魔力によってお椀型に形成された障壁のおかげだった。


 これは――かつて幾度となく助けられた、護ってくれた。

 聖女に目覚めた者のみが天から授かる特別な魔力。

 そこから繰り出される魔法は人を生かし、人を護ることに特化している。


「ユノが……」


 ――聖女に目覚めてしまった。


『嬢ちゃんのおかげで、魔力を無駄にしちまったァな。……探しに行かねェのか?』

 

 避けるべき未来が、遠ざけるつもりだったそれが、こうも足早に実現してしまった現状に、ジェニトからぶつけられる正論。


 彼女の心配より、自分のこの先を憂慮していたことで自己嫌悪に陥る。

 

「くっ……言われなくても――」


 図星を、苛立ちを誤魔化すように口をついて出たのは売り言葉。

 ジェニトがそれを見過ごすはずもなく、


『そォかいそォかい。だけどだ、見つけた先で――ただびとのオマエに何かできることってあンのかよ?』


 またもや現実を突きつけられる。

 

「――――」


『おいおい、だんまりってのはなしだろ? 珍しく俺っちが真面目に話してんだぜ? 俺っちは何ができるのかッて聞いてんだ。はい、どォぞ』


 その雑な投げかけに俺は言い淀んだ、依然言葉は出なかった。

 でまかせすら言えない、できないほどに図星を突かれ、惨めな自分に苛立ちを覚える。


 だいたい、剣がこんなペラッペラ喋るって……。

 そういえば、アリスが言っていた書物の傾向にも似たものが――。


『おッ、敵さんのお出ましだな』


 俯き、この聖剣をどうやって黙らそうかと足りない頭を必死で捻る俺をよそに、徐々に粉塵が晴れていき、先が見通せるように。


 ――宙に浮き、瓦礫の山を見下げるのは魔王と魔王参謀として、それらしく変貌を遂げていたマオとアルバ、二人の姿である。


「――っ! いくらなんでも……っ」


『早すぎるってか? 言ったろ? 俺っちが動いてんだ、時間の問題だってよ』


 元勇者はこの世界の結末を目の当たりにしてきたのだ。

 ジェニトが何を言おうと、どんなに急かそうと俺はまだ時間はあると高をくくっていた。誰も知るはずのない経験とそこから導き出される答えを持っていた。

 しかし今現在、眼前に広がる景色は、容赦なくぶつけられる現実は、答え合わせなんてせずとも理解できるほどに大きく異なっていた。


 自然、その要因となった人物に目線が行く――。

 

『ま、今回はアルバだっけか? 人の分際で魔王をどうこうできるヤツがいたってェのが驚きポイントだな。あと二、三年は様子見のつもりだったが、随分と早まってやがらァ。当代の魔王様はえれェちんまい身体で復活したもんだなァ』


「……随分と他人事だな」


 小さいとはいえ、そこに内包された力は魔王のそれである。

 よもやあの絶望の象徴を、害意の塊を見間違みまごうはずがなかった。

 あの前回の、勇者の力を手にしていたはずのあの頃の無力さが、記憶が思い起こされ、焦りで思考がとっ散らかり、益体やくたいもない言葉が口を突いて出る。


『そりゃあ、他人事にもなるさ。俺っちがジェニトって超絶すげえ剣でも、剣は剣だからな。どうにもなんねえし、どうにかする気もねえってんだ』


 暗に俺に勇者になれと、剣を握れとこっちの気も知らずに言ってくれるジェニト。

 俺は滞空し、依然こちらを見下ろしている二人組を注視する。


 横にいるのは本当にアルバ……だよな?


 肌は灰色に染まり、手足は陽に照らされてぎらつく黒い鱗のような外殻で覆われていた。


 あれではまるで――。


『どォやったのか、嬢ちゃんのなかでくすぶってた魔王の力ァ無理ッくりに引き出して、自分の体に取り込んでるみてェだな。ありゃァ、もうロクな死に方しないぜ』


 俺の当たってほしくない予感を、予想をジェニトはズバリと言ってのける。


 中空に在るのは魔王となったマオと、魔王参謀となったアルバである、と。


「兄さん――っ!? ねえ、兄さんよね!? お願い、皆を助けたいの! 手伝って!」


 聖女の魔力も万能ではない。

 でたらめな範囲の大勢を護っても、取りこぼしたものは少なくなかった。


 息のある人を探しては瓦礫を除け続けるユノは、アルバの方を向いてそう懇願する。

 今もなお、言葉を発している間にも断たれる命があることに焦燥を感じながら。

 家族として、妹としてアルバの変貌を見てもなお信じたくないユノの姿があった。


「なあユノ、愛する妹、ボクの姿を見ても兄と呼んでくれる愛しい存在。――頼む、逃げてくれ」


 兄として、人としてできる最期にして最大の譲歩。

 アルバはユノから少しずれた場所に手を向けた。向けられた先には瓦礫の下敷きになって呻き、悶える人の姿が。


 ――そして、そこにもたらされるは破裂。


 断末魔すら許さぬ不条理。

 おおよそ人の有する力とはかけ離れた、残酷な魔法が同所に血飛沫をまき散らす。


 それは――近くにいたユノの左半身を赤く染め上げる。

 彼女は左手を目の前に持っていき、ゆっくりと腕をつたい、垂れ落ちていくものに目を遣る。

 

「――――」


 滴るものに、目をつぶり、祈りを捧げ――。


 手から、腕からこぼれゆくものを――。


 ――これ以上こぼすまいと固く握った拳に、握り込んだ魂に誓う。

 

 ――瞬間。

 

 立ち尽くしていたユノの姿がブレる。

 

 遅れて瓦礫が吹き飛び、土煙が上がった。


 ――大気を揺らすほどの轟音とともに。


 直後、何かが地に叩き落される。


「――死んで謝って」


 凄まじい衝撃でできた地割れの中心。


 首から上が地面にめり込み、そのままピクリとも動かない――、


「お兄ちゃんなんて大嫌い」


 ただ一人の肉親から最期に拒絶されるアルバの死に様が。

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