第15話 元勇者、部活始めるってよⅠ
「――じゃあ、また明日な」
今日から寮暮らし。一人部屋……なわけないか。
ルームメイトって誰だっけ――ん?
「マオちゃん、いやマオ様? 服の裾を離してもらっても……?」
「部活……」
――かつて、殺したいほど憎んでいた、逃げ出したいほど恐怖に駆られた姿はそこにあらず。
目の前にいるのは、俺より背の低い、真ん丸おめめを上目遣いにした、ただ遊び仲間を欲しがる年相応の――。
「………………分かっ……た」
「――っ! うむ、
そのかわいさに……じゃなくてその恐ろしさに完全敗北した元勇者なんかは素直に、従順になるしかないだろう。
しかし、この状況……泣きたい気分には違いないが見方を変えれば、勇者ルートとは真逆の方向を進んでいるとも考えられる。
勇者にさえならなくて済むのであれば、魔王の配下としてこの魂を売っても――と思い始める元勇者は、マオに手を引かれ、教官室へと向かっているところ。
理由は魔王のみぞ知る――が、今まさに隣人となり、友人となった者はそのワケを語ってくれようとしている。
「――妾のような年頃の子がこんなにおるとは知らなくて……。でな! 皆で放課後の部活動というものをやってみたいのだ! そのためには教官どもの許可? というやつが必要らしいのだが……」
出ました、なんとか『ども』!
これがやがて人間風情とか言い出すのだからさもありなんである。
魔王という生き物はいつの時代も、傲岸不遜が服を着て歩いているようなものだ。俺が勇者の情報収集に使った物語に出てくる魔王もそうだった。
なぜ謙虚で小心者ののヤツが一人もいないのか。一人くらいいてもいいのではなかろうか。
しかし、今回は違う……と思いたい。
未来の魔王候補殿は人間らしいことに興味を持っているご様子だ。この調子なら将来、人間に情が湧いてきて世界征服だとか、人間殲滅だとか言うのをやめてくれるかもしれない。
――つまり、俺は全人類代表として、人間とはかくも素晴らしき生き物云々ということを、この魔王に説かないといけないのだ。
……勇者の頃と責任の大きさが一緒というのはこれいかに。
「とうちゃーく!」
……実に楽しそうである。
***
さて、人類諸君。世界滅亡の危機が到来した――かもしれない。
教官が談笑し、書類とにらめっこし、遅めの昼食を取っていたり、談笑していたりと授業が終わり、おおよそ暇そうな風景が目立つ教官室にて出された答えは非常にシンプルで、単純明快であった。
「――だめ、ですねぇ」
我らがダメ教官、クトリス嬢の即答。
ええ、でしょうね。分かっていましたとも。
「なぬ!? だめだと!?」
そりゃだめでしょう。
「魔王軍本部のどこがだめだというのだ!?」
ですからネーミングから読み取れる、活動内容のきな臭さが不許可の根源かと愚考いたしますよ魔王様。
とはいえ魔王様の訴えに対応する教官は実に優しく、彼女の反応を見るやいなや、自分の発言の、その是非を再考しておられる様子。
無理だと、大人の都合を一方的に押し付けないその姿勢は尊敬に値するが、今この場においてそれは非常に仇となっている。主に俺に返ってくる仇である。
もしも、人類公認で魔王軍本部が設立されようものなら……本当にやめてほしい。
「では、こうしましょう」
クトリスさん? ほんの数分の浅慮で、今後の世界の命運を決しないでいただきたい――とは元勇者の切実なお願いである。
伊達に一度世界の命運を託されていない。
「部活での申請はどうしても許可できません。顧問に就く教官も足りていないですしね。ですが、同好会やサークルという形で集まって活動する分には、好きにしてください。ここの敷地は無駄に広いので、自分たちだけの力でやるのであれば、構いませんよ」
「つまり、えっと……よいのか!?」
「はい、構いません」
いや、俺が構います……。
しかし……なるほど、つまりはこういうことか。
――私たちの手を煩わせるな、好きに遊んで満足しろ、と。
ここで暇そうにしている教官なんてたくさんいるというのに、なんて他力本願なのか。
アナタがちゃんと手綱を握るんですよ――とでも言いたげなウィンクはやめろ。
ちょっとくらい、任されてもいいかなってなるだろうが。
せめてもの抵抗に拒絶の意をアイコンタクトで送るが、伝わらず。
こちらの気も知らないで他方、魔王殿はこの返答に目を輝かせ、もはや許可が下りたも同然だと言わんばかりの笑顔である。
――この笑顔がいったい、いつ歪んでしまうのか、隣で監視するのも前回の死亡フラグを捻じ曲げるうえで、必要なことなのかもしれないと思わなくもない。
そう思っていないとやっていられない現状である。
求めていた許可とは少しばかり違ったが、当代魔王候補のマオは満足げな表情で同所を後にする。出ていくときもこれに手を引かれるは元勇者の俺。
いったい全体どういう展開なのかと、どこにいるのかも分からぬ神様に問いただしたい気分であった。
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