雨の日に、出逢えた君と

霖しのぐ

序章

 今から半世紀ほど前。とある国の少年が、原因不明の病に侵され十代半ばでその生涯を閉じた。


 それを発端として、なぜか全世界に広まったその病。発病するのは決まって七歳前後の子供。その後十年前後の時をかけ、身体の自由を少しずつ奪いながら緩やかに進行、やがて死に至らしめる。


 決して少なくない数の少年少女たちが病魔に捕まり、理不尽にその命を奪われる。世界は恐怖のどん底に堕ちたという。


 遺伝子の突然変異、未知の病原体、あるいは大昔に起こった発電所の事故の影響、工業廃水による飲み水の汚染……仮説は色々と立てられたようだが、現在に至るまで原因はよくわかっていない。


 しかし、病の発生から十数年。とある天才が有効な特効薬を開発したことでほぼ確実に完治するように。そこからさらに数十年経った今は『子供がたまにかかる軽い病』と認識され、もう誰も恐れたりはしなくなった。






 さて、今しがた目を覚ましたはこの白い部屋でひとり、その病と向き合って生きている。気がつけば、もう人生の半分近くをこの部屋で過ごしている。


 朝の支度のため、ぼく専属の世話係……ここでは補助員と呼ぶ……がやってきて分厚いカーテンを引く。残されたレースカーテン越しでも、外はよく晴れていることがわかり、ぽかぽかと暖かそうだ。


 桜の季節もそろそろ終わりといったところかな。もう何年も見ていないし、楽しい思い出があるわけでもないけど。


 起きあがろうとしたとき、背中がきしむような感覚の後、不覚にもマットに沈んでしまった。空の晴れやかさとは裏腹にぼくの方はすこぶる調子が悪く、手足が鉛のように重たい。


 着替えを用意してくれていた補助員に起きられそうにないことを伝えた。着替えは夕方の入浴の時間にすることにして、顔を拭いてもらい、朝食は栄養剤に切り替えてもらう。


 お世辞にもおいしいとはいえない液体を無理やり飲み下したところで、今度は医師がやってくる。朝の体調観察の時間だ。病状は緩やかに進行していて、問題はないとのことだった。あちこちを確かめられた後、手がうまく動かないぼくの代わりに、補助員がシャツのボタンを止めてくれる。


「また何かありましたらお呼びください」


「わかりました。ありがとうございます」


 朝の仕事を終えた補助員が部屋から出ていく。今から昼食までは自由時間だが、やはり天気がいいせいか頭がぼんやりする。眠ることに決め、布団を被り目を閉じた。


 一日三食と三時の補完食。朝と夕方の体調観察、入浴。たまに部屋から出て精密検査。その合間は全て自由時間。眠るか、部屋の中をなんとなく動いてみるか、支給された本を読む。その日の体調によって多少は変わるけれど、体調が良いときで大体こんな感じだ。


 このしんと静かな白い部屋でひとり、淡々と代わり映えない日々を過ごす。命の火が消える日まで、淡々と生かされる。たったそれだけの人生。きっとこの先もそうに違いなかった。

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