第5話   暗殺



 リリアンは、マリアンヌ先生のお店の奥のマリアンヌ先生のお部屋に招かれて、シフォンケーキを作っている。



「腕がつりそうですね」


「卵をしっかり混ぜるのがコツなのよ」



 卵を卵白と黄みで分けて、卵白を泡立てている。



「代わりましょうか?」


「いいえ、自分で作れるようになりたいの」


「リリアンは、本当に昔から負けず嫌いね」


「負けず嫌いではなくて、やり遂げたいのだと思います」



 泡立ち、泡立て器を持ち上げると、髪が立ったようにツンと尖った。



「できたわね」



 先に混ぜておいた黄みと泡を潰さないように切るように混ぜる。今度は泡立て器ではなく、混ぜるための木ベラだ。



「もう型に入れてもよろしくってよ」


「はい」



 大きなボールから型に入れていく。


 シフォンケーキの型は丸いが、中心に丸い穴が開いている。穴の開いたドーナツみたいな形だ。



「上手よ」



 全部入れると、マリアンヌ先生がイチゴジャムをこしたイチゴソースをリリアンに持たせた。



「そっと流し込んで、木の棒で軽く混ぜて」


「はい」



 言われた通り、とろりとしたイチゴソースをくるりと丸く型に流し込み、木の棒で少し混ぜる。



「それでいいわ。オーブンに入れましょう」



 リリアンはオーブンを開けると、そっと板の上に載せて奥へと入れる。



「相変わらず、覚えるのは早いわ」


「マリアンヌ先生の教え方が上手なのですわ」


「じっくり焼くから、お茶でも飲みましょう」



 マリアンヌ先生が茶器を出してきたので、リリアンも手伝う。



「器具を揃えたら、すぐにでも作れそうね」


「器具が欲しいです。町に買い物に連れて行ってください」


「いいわよ。ケーキが焼けたら、出かけましょうか?」


「はい」



 温かい紅茶を淹れてもらいリリアンは、マリアンヌ先生のお茶はさすがに美味しいと感動する。



「殿下に結婚をしようと言われたのですけど、さすがにまだ早いですよね?」


「あら、おめでとう。リリアンは生まれた瞬間から殿下の婚約者だったのだから、結婚をしてもいいと思うわよ」


「医療茶葉認定医の仕事も続けたいの」


「そのことも殿下と相談してみてはどう?この頃は、女性も仕事を持ち共働きも増えてきているし……」


「……そうですよね」


「王宮に医師がいると国王様も王妃様も安心するかもしれませんよ」


「そうだと嬉しいです」


「こうして気楽にお茶を飲めなくなるのは寂しいわ」


「いつでも来ます。ここは私の師匠のおうちなのですから」



 マリアンヌ先生は優しく微笑む。



「いい弟子を持ったわ」



 マリアンヌ先生はお菓子の本をたくさん持ってきて、見せてくれる。



「本も欲しいです」


「そうね、本と器具があれば、作れるでしょう」



 窓の外はチラチラと雪が舞っている。


 暖炉がある部屋なので、部屋の中では薄着でいられる。


 一緒に本を見ているとタイマーが鳴った。



「さあ、できたわよ。出せるかしら。火傷はしないでよ?」


「大丈夫よ」



 オーブンを開けると、熱風が顔にあたる。



「本当に熱いのね」


「木の棒ですくって」



 棒の先に平らな板が付いているそれで、ケーキを板の上に載せて、そっと引き出す。



「まあ、すごいわ」


「上手にできたわね」



 ふわふわに膨らんだスポンジをマリアンヌ先生は手に布巾を持ち、取り出すと逆さまにした。



「このまま冷ますのよ」



 マリアンヌ先生はオーブンの火を消した。



「さあ、冷めるまでの間に、町まで出かけましょうか」


「嬉しいです」



 +



 町に出ると、雪が積もり、店先で雪かきをしている人がいる。



「まず、本屋に行きましょうか?」


「はい」



 マリアンヌ先生は通い慣れているのか、すぐに本屋に連れて行ってくれた。



「いっぱい本があるんですね」


「お料理の本はこっちよ」



 マリアンヌ先生に手を引かれ、リリアンはたくさんの本を見ながら歩いて行く。



「ケーキの本よ」


「……本当だ」


「好きなものを選んだらいいわ」


「はい」



 リリアンとマリアンヌ先生はじっくり本を吟味していく。



「どれも美味しそうで、どれも欲しくなりますね」


「紅茶とも相性がいいからお客様が来るときに焼いておくといいのよ」


「そうですね」



 リリアンは気に入った本を、店主が持ってきてくれたカゴに入れていく。



「クッキーも簡単そうですね」


「ええ、とても簡単よ。市販品は混ぜ物も多いしお砂糖がたくさん入っているけど、自分で作れば、甘みも調節できますよ」


「なるほど。マリアンヌ先生の言うとおりです」



 クッキーの本もカゴに入れていく。


 パイも作りたい。気に入った本をカゴの中に入れていくと、本はいっぱいになっていた。



「リリアンは凝り性だから、すぐに追い抜かれそうね」


「そんなことはないわ」



 少し多いかと思ったが、リリアンは誰かが付き添いがいないと町には出られない。皇太子殿下の婚約者というしがらみがあるから、仕方がないが……。必ず付き添いがつき、騎士が護衛に付いてくる。


 その条件が整わなければ、外出は難しい。


 思い切って全部買う。



「ツールスハイト公爵に代金を取りに来てくださいますか?」


「はい。サインをお願いします」



 リリアンはサインをして、大量な本を包んでもらう。綺麗にラッピンまでしてくれて、外で待っている騎士に荷物を持ってもらう。



「では、次は器具ね」


「はい」



 マリアンヌ先生はリリアンの手を離さない。


 真っ直ぐ売り場まで連れて行かれて、リリアンは目を輝かせる。



「本に書かれている分量の大きさはこれね」



 リリアンの前に、本で見たケーキの型を並べてくれる。



「全部買うわ。クッキー型はどこかしら?」



 お店の人がカゴを持ってきてくれる。



「クッキー型はこちらよ」



 いろんな形の物がある。動物だったりハートや星形だったり、クリスマスシーズンなので、それにちなんだ物が多い。



「木もサンタクロースもいいわね」


「殿下にプレゼントしたら喜んでくださると思うわ」


「プレゼントですか?それまでに上達しなくては」


「ラッピング用の小袋もあるといいわよ」


「まあ、いろんな種類があるのね」


「私のおすすめは、やっぱり中が見えるものかしら」



 マリアンヌ先生は透明な小袋と、絵柄のついたものを手に取って見せてくれる。



「柄の付いた物は、たくさん入れるときに便利よ」


「リリアンは、可愛らしい柄のついた袋と透明な小袋をカゴに入れて、クッキー型を見て悩む。



 気持ちは、もう殿下へプレゼントを贈る気持ちになっていた。


「お兄様やお父様にもプレゼントをしたいわ。いつもお世話をしてくれる王家から派遣された騎士にも……」



 派遣される騎士は、時々人が変わるが、たいがい同じ騎士だ。リリアンのボランティア活動にも文句も言わずに付き合ってくれて、穏やかで優しい。口数は少ないが、リリアンの外出時は必ず警護してくれる。今は荷物持ちをお願いしているけれど……。


 クッキー型をカゴに入れて、泡立て器に木ベラなどケーキやクッキー作りに必要な器具をカゴに入れていく。



「これくらいでいいと思うわ」


「それでは精算に持っていきます」



 精算場所で計算してもらい「ツールスハイト公爵へ現金を取りに来てくださいますか?」と同じ言葉を繰り返す。



「サインをお願いします」



 綺麗に包んでもらい、外で待っている騎士に荷物を渡す。騎士は微笑んで、荷物を持ってくれた。



「次は材料よ」



 リリアンの手を繋いで、マリアンヌ先生は売り場を移動する。


 カゴを持ち、順番に入れていく。



「粉と卵は絶対にいるわ。洋酒は叔父様の飲んでいるものを、少し戴いたらいいわ」



 マリアンヌ先生は悪戯っぽく微笑んだ。


 リリアンも微笑んだ。



「でも、お父様のお酒は高級品ですから、1ミリでも減っていたら、きっと嘆くと思うの」


「それなら、この小瓶がいいわ」



 少量のお酒の入ったラム酒やブランデーを、カゴに入れる。



「バニラエッセンスにココアパウダーと粉砂糖もあるといいわよ。ドライフルーツやナッツもあると便利よ」



 言われた物をリリアンはカゴに入れていく。そのとき、アウローラにばったり出会った。


 アウローラは、赤いコートを着て、黒いブーツを履いていた。小さな子と手を繋いで、手にカゴを持っている。



「ご、ごきげんよう」



 咄嗟に出た言葉は、あたりさわりのない挨拶だ。焦って、ちょっと噛んでしまった。


 フンと鼻を鳴らし、アウローラは、カゴの中に、粉を入れた。



「さあ、行きましょう」


「ええ」



 リリアンの緊張を感じ取ったのかマリアンヌ先生は、リリアンを連れてアウローラから離れた。



「彼女よね。例の魔女は」


「そうなの」


「関わり合っては駄目よ」


「ええ」



 マリアンヌ先生はさっさといる物をカゴに入れて精算所に連れて行った。



「ツールスハイト公爵家にお金を取りに来てくださいますか」


「いつもご贔屓にありがとうございます。サインをしてください」



 素早く計算をして、サイン用紙を出してくれた。そこにサインをする。


 袋に入れてもらい。店を出るとき、アウローラが精算所に来た。支払ったお金はよく見ると葉っぱに見える。


 リリアンはマリアンヌ先生に告げようか迷って見つめる。



「関わらないで」


「はい、マリアンヌ先生」



 でもあれはお金じゃないわ。葉っぱを店員に渡して、おつりをもらっている。


 明らかに不正だ。


 リリアンは店員を見て、アウローラを見る。



「さあ、行くわよ」



 マリアンヌ先生に手を引かれて、店の外に出て、騎士に荷物を持ってもらう。


 ちょうど、アウローラが子供と一緒に店外に出てきた。その瞬間に、騎士が数人でアウローラと子供を押さえつけて、言葉を発する前に頸動脈を深く切った。店の前の広場が赤く染まった。


 アウローラも子供も、一言も言葉を発していない。


 それほど素早く事が運んだ。


 アウローラと子供は、その場で胸を裂かれて、心臓を取り出し、心臓を剣で貫き、何度も心臓に剣を立てられた。


 リリアンもマリアンヌ先生もさすがに気分が悪くなり、腰が抜けた。警護の騎士も突然のことに言葉を失っている。



「リリアンも来ていたのか。マリアンヌ先生も」



 兄が声をかけてきた。



「大丈夫か?」


「……はい」


「顔色が悪い」



 今にも倒れそうなリリアンを支えたのは殿下だった。マリアンヌ先生も騎士に支えられている。



「国の暗殺部隊だ。最終手段だ」



 リリアンは殿下の顔を見た。



「暗殺部隊?」



 どうりで流れるように素早く人を殺せたのか。


 赤いコートを開いて、洋服を裂き、胸を晒している。


 なんて怖いのだろう。


 死んだアウローラの体は布に包まれ、心臓も別の布で包まれている。アウローラの子供もアウローラと同じようにされている。もうそこにはアウローラの姿は見えない。すぐに運び出された。


 店から水を借りて、赤く染まった雪を溶かして、何もなかったようにしてしまった。



「馬車まで送る」


「……すみません」


「嫌な物を見せた。アウローラはこの後、王宮で火葬される」


「小さな子も?」


「アウローラと同じ魔術を使う者だからね」


「……なんだか可哀想ね」


「気分が悪かったら、自宅に早く戻って……」


「……マリアンヌ先生と買い物に来ていたの」


「彼女も気分が悪そうだ。ゆっくり休ませて欲しい」


「……わかりました」



 馬車に乗る。騎士が先に受け取っていた荷物を片付けている。



「二人を頼む」


「畏まりました」



 リリアンの護衛の騎士は殿下から声をかけられ、敬礼している。



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