先生....?

キーンコーンカーンコーン


時刻は8時半、学校からホームルームを知らせる、鐘の音がなり響いた。時間もギリギリだったことから慌てて自転車を漕いだが、何とか遅刻せずに間に合った。その証拠に今も心臓が張り裂けそうだ。


  「おかしいな、いつも自転車を漕ぐだけで腕が痛むのに」


事故のせいで過度な運動をするたびに腕が軋むのだが、何故か今日に限ってその痛みはまったく無かった。


  「エメルの治療のおかげかな...」


あの魔術と呼ばれる物で腕を回復されて以来、一回たりとも腕が痛くならなかったのだ。


  「確かに、すごい効き目だったし、もしかして今日病院行かなくてもいいのかな」


痛くないのにもかかわらず病院に行くのはおかしいと思い、もう少しだけ様子を見ることにした。


  「今は腕の事よりも、先輩についてだ」


そう、昨日の学校の時とはまるで別人だった、あの先輩について聞きたいことだらけだ。あの恰好といい、あの発言といい、あの場所では状況が上手く呑み込めずスルーしてたが、思い返すとおかしなことだらけだ。


  「でもとりあえず、部活の時間にまでには先輩には会えないしな。はぁ、歯がゆいけど、部活の時間までは我慢だ」


自分に言い聞かせ学校へと入っていく。


遅刻寸前ということもあり、教室ではほとんどの人が席に座っている。後数秒でホームルームが開始されるのだから当然っちゃ当然なのだろう。俺も慌てて自分の窓側の席に着く。俺が座ったタイミングと同時に前の扉が開いた。


  「えっ...なんで吉田先生?」


  「先生、国語二時間目ですよ~」


  「おじいちゃんだからぼけてんのか~」


教室に入ってきたのは、国語担当の吉田輝久だった。別にクラスを担任してもないし、時間割変更で一時間目が国語になったということもないのになぜ、入ってきたのだろう。あまりに突然過ぎる出来事だったため、クラスの雰囲気がざわつく。


「静かに」


吉田先生がそう発すると、クラス内のざわついていた人達が途端に黙り込む。普段の授業では、あまり声を出さずに淡々と授業をする人なので、いきなり言われ皆びっくりしていた。


  「今日から新しい担任が就くことになった。なにしろこのクラスが初めての教務らしいから。先生が何か分からないことがあったら、お前達が教えるように」

  

  「えぇ~嘘」


  「吉田ティーチャー山中先生はどうしたんですか~?」


山中先生と言うのは、このクラスの担任でもあり、数学担当でもある。新しい担任が就くというのだから山中先生の安否が気になるのも当然だろう。


  「山中先生は少しの間入院されるみたいだ」


  「えぇ~そんな~」


  「山中先生大丈夫なんですか?」


  「心配はいらないよ、軽い貧血なようだからね」


本当にそれは大丈夫なやつなのだろうか。


  「吉田先生まだでしょうか?」


それは突然に教室の扉越しに聞こえた。その声は、扉越しにも伝わって、非常に清潔感に溢れていた。その声が聞こえて、クラス(主に男子)は一斉に盛り上がりを見せた。


  「これは期待できるぞーー」


  「うおぉぉおおお」


  「えちえち系もあり~~」


などと明の後に続き、早速顔も見えない相手にセクハラまがいの発言をしている。

  

  「男子ないわ~それはないわ~」


  「セクハラだぞ~男子共」


こっちもこっちでその新しい先生もセクハラ発言を気にも留めず、男子達を茶化している。


  「すみません、遅くなって。さぁ入ってください」


いよいよその扉が開かれようとしている。それはまるで、花婿が花嫁のベールをめくる瞬間のように、今か今かと待ち望む生徒達が多数。別にそんな事はどうでもいいから、早く友達と喋りたい人多数。かくいう俺もその先生の正体が気になっている一人なのだ。


がらがらがら~


ついに開かれた。


  「おぉ~」


  「うおぉぉぉ」


  「嘘...」


その美貌の綺麗さに俺は虜になっていた。男子共は叫び、女子はほとんど口をポカーンと開けている。叫ぶのも無理はない、あれは反則だ、正直学校の教師ではなくモデルや女優を目指した方がよい見た目をしている。見た目だけではなく、立ち姿から髪、指先と何から何までもが綺麗だ。その女性は、クラスの騒ぎを物ともせずにモデル歩きで、教卓へと向かっている。


  「やばいって、なぁ刹流石のお前もそう思うだろ」


明が若干引き気味で俺に話しかけてきた。ただ歩いただけなのに、この教室がまるでランウェイと化している。その女性が一人で目立ち過ぎているため、周りの俺達が品のない風に思われてしまうほどだった。


「あぁ、まったくだ。正直こんな人だとは思わなかったよ」


明の驚きに賛同するようにこちらも発言した。いよいよその女性が教卓につき、吉田先生と変わる形で教卓の後ろを立った。


  「では、私はこれで」


  「はい、ここまで案内してくださりありがとうございます吉田先生」


  「いえいえ、分からないことがあれば、生徒や職員になんなりと聞いてください」


  「はい、ありがとうございます」


そう言って、吉田先生はお辞儀をしてドアを閉め、一時間目の授業へと向かっていった。さぁ、後は皆お待ちかねの時間だろう....


  「名前って何ですか?」


  「先生って結婚してるんですかぁぁあ!!!」


  「彼氏とかってのはいるんですかぁぁあ!!!」


  「どうしたらそんなお肌つるつるになるんですか」

  

  「後髪の手入れの仕方も」


予想通り、剛速球かのような勢いで質問が先生に投げつけられる。男子はデリカシーの欠片もなく、女子は容姿について質問していた。


  「わわわ、皆さん落ち着いて一個ずつにしてくださぁぁい。後そこの男子その発言セクハラですよぉぉ」


初めての先生ということもありこの空気感には慣れていないのだろう。逆にその慣れていない雰囲気が男子共に刺さったのか、男子はほとんど注意された後、ニヤニヤしながら先生の方向を向いている。かくいう明もその一人なのであった。


  「皆さん、落ち着きましたか」


先生からの可愛い注意があったおかげで、あっと言う間にクラスは別の意味で静かに統率されていたが、先生はこの統率を変な意味とは思わず自慢げに鼻を高くしている。なんだろう、どことなく俺の知っている人に似ている気がする。


  「では....」


先生が一息吸う。その仕草だけで絵になるだろう。


  「私の名前は葉月奏と申します。結婚はしていませんし彼氏もいません」


  「うぉぉぉおおおおおお」


クラス中に響き渡る歓声、それは勝ちを確信した戦での雄たけびのようにも聞こえた。


  「あぁ後スキンケアの話ですよね、特に何もしてないです、ごめんなさい満足のいく回答ができず」


  「えぇ!!葉月先生何もしてなくてそんなに綺麗なんですか」


  「はい、褒めていただきありがとうございます」


男達の叫びをスルーし、葉月先生は残りの質問に颯爽と答えていた。しかし、今の時代何もせずにこんな綺麗な肌を持つ人がいるなんて珍しいぞ。


  「先生好きな食べ物って何ですか?」


ここに来てようやくまともな質問が来た。


  「うーん...大半の物は好きですが、強いて言うなら辛い物ですかね。刺激が強いものは特にいいです」


  「おおおおおおお」


これはまたギャップ萌えときた。その可愛らしい見た目とは似つかわしくなく辛い物とは、辛いもの好きの明君とは話が合いそうだ。


  「先生辛いもの好きってよ、運命感じたぜ!」


キラーんと歯を見せこちらを見てくる。案の定こちらの考えている明の行動と同じ事をしてくる。


  「それは良かったな」


と、明の熱意に対して冷たい対応をした。

 

  「質問はこれで終わりですかね...」


葉月先生がそう締めくくろうとした時に..


  「まだまだ終わりませんよ奏先生!!」


  「そうですよ、まだ始まったばっかりです!」


  「聞きたいことだらけですぅ」


生徒達は葉月先生に向かってやや押し気味でていた。その絵面はまるで尋問されている人のようだった。


  「わわわ、また皆さん落ち着きがぁ...ちょっと皆さん落ち着いてそんなに顔をのめり出されたら......いった」


  「!!!」


その時、あまりの圧に耐え切れなくなった先生が徐々に後ろに下がって行ったらチョーク入れに腰を打ったのだ。まさか普段凶器になりえない物があんなふうに人を痛めつけるなんて、だれも思い寄らなかっただろう。衝撃があまりにもデカかったので中にあるチョークが数本外に飛び出してしまった。


  「いったた....あっチョークが....いっ!!!!」


 「かか可愛い!!!」



不幸は続くものだ、チョークを取ろうとしチョーク入れにチョークを戻そうとした瞬間、頭上に例のチョーク入れがあることを忘れており、思いっきり頭をチョーク入れにぶつけたのだった。その様子を見ていた明は「これは見た目に反してドジっ子属性か」なんて一人で呟き、他の生徒達も温かい目でその一部始終を見ていたのだった。


  「先生大丈夫ですか?」

  

  「うん大丈夫ありがと」


男子はその様子をご褒美と捉えていたが、一方で女子の方は先生を心配する声が多かった。ごちん(仮)なんて音がでたら嫌でも心配するだろう。むしろこの場合は男の方が圧倒的におかしいのかもしれない、しかし俺もその一部始終を見て天然で可愛いなと感じたので、男達を否定できる立場ではない。


  「っ.....とりあえず質問はいったんこれぐらいにしておいて、また質問があれば個人的にしに来てください」


  「はい!!!!!」


先生の意見に男子は皆”はい”という二文字だけで返していた。この圧倒的な統率力は男子にしかできない業だろう。


  「では、私はこれで失礼します」


  「先生授業は.....」


クラス委員長である阿須が今にも保健室に行きたそうな先生に質問した。


  「そそそ、そうでした。つい頭を打ってしまい、危うくこのまま保健室へ直行するところでした。いけないいけない」


本当にこの先生ドジっ子属性が付与されているのかもしれない。


  「先生.... 」


その先生の発言に対し阿須は、若干苦笑いをしてその場を凌いだ。内心ではやや呆れ気味なのだろう、教師ともあろうものが自ら受け持つ授業を忘れるのだから。まぁ、今日先生になったばっかりだしその辺りは大目に見てやってほしいと心の中で思った。


  「では、授業を開始します」


  「葉月ちゃん切り替えるの早すぎだろ!」


もうあだ名を付けてるあたり、流石明といった所か。


  「先生授業するのいいけど、担当科目言ってないじゃ~ん」


この先生自己紹介で色々伝えるの忘れすぎでしょ、山中先生の代わりに請け負ったのだから数学を担当するのだろう、しかしこの人が数学を教えるとなると初めて習う計算などの式をすっ飛ばしそうで怖い。

 

  「伝えるのを忘れてましたね、私は英語科担当になります」


  「えっ英語って道中先生なんじゃ....」


それは予想していた答えとは違う答えで俺は驚きと疑問がでた。まず驚いたのが、数学担当だと思っていたがそれが違かったことだ。これに関してはあくまで予想だったので外れたとしても多少の驚きがあったが、あくまで予想なので仕方はないと思った。しかし担当が英語ということに疑問を隠せなかった、阿須の言った通り英語の担当は我らが美術部顧問の道中先生だったからだ。葉月先生が英語を担当するのならば道中先生はどうなるのだろう、と頭の中で一人考えていると....


  「道中先生も少し体調が悪いみたいで入院したそうです、その代わりに私が派遣されたという感じです。あっ後、いちよう数学も担当することになります」


  「えぇぇ!二つも!!」


  「はい」


  「先生できるの...」

 

  「ふっふん、私をなめないでくださいよ。これでも大学は主席で合格しましたから」


多分だが、聞きたいのはそこではない。やはりこの先生色々とズレてる。しかし今はそんな事どうだっていい、道中先生も入院するといったのか?山中先生といい道中先生といいお互い前あった時には何もおかしく所はなかったが、日頃の疲れが一気に出たのだろうとにかく安静にしてもらいたい。


  「では改めて、授業始めますよ。一時間目の授業は時間割の変更があり英語なので、用意が出来ていない方は早急に」


  「まじかよ」

  

  「急いで教科書取りにいかなくちゃ」


勿論誰も英語の用意など出来ているはずがないので、皆廊下のロッカーへと足を運ぶ。勿論のこと俺も廊下に英語の教科書やらテキストがあるので急いで取りに行こうとした。しかしその時に....


  「君、後でちょっと来てくれるかな?」


  「俺ですか?」


  「そう君」


教材を取りに行こうとしていた足が止まり、葉月先生の方を向いた。さっきまで騒いでた男子に話しかけるのは分かるが、一言も発していない俺をなぜ呼び止めたのか。


  「どうしてですか?」


  「まぁ、説明は後。放課後職員室に来てね」


理由は聞かされない。何だろうすごく嫌な予感がする。そうして葉月先生と話している所を明に見られ、


  「おい刹、先駆けは許さないぞ!」


  「そんなんじゃないって」


本当のことだが、なんか苦し紛れの言い訳的な感じになってしまった。


  「葉月先生からも俺の誤解が解けるように言ってください」


  「ふふ、いいですね青春って感じがして」


  「......」


やっぱりこの人色々とズレてる。と落胆し、溜息をつきながら英語の教材を取りに行くのであった。

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