戦場に咲く一輪の花のように

キーンコーンカーンコーン


4時間目の授業終了の鐘の音が聞こえる。波乱続きだったホームルームから、特にいつも通りの授業。時間的な差異は大きくあれど、体感した時間はほぼ一緒だったと感じた。やっぱり刺激になった物事の方がよく覚えているのかと、先程の授業で使っていた数学の教科書類を机の中に戻しながら考えていた。


一方で今も尚机の前に教科書と名のデカい壁を立てながら、俺の横で眠っている男が一人。


  「おーい、授業終わったぞ」


陸上部の主力であるこいつが遅刻してしまう分には見ていて面白いが、陸上部全体に迷惑がかかるのは避けなければと思い、無駄にガタイの良い体を起こさせるべく、必死にバンバンと何度も強く叩いた。


  「zzzz」


  「えい」


  「ごほっ!!!」


あのバカでかいチャイムの音で起きないなら俺の叩きで起きるわけないと思い、少し躊躇ったが、自分の悦か部全体の迷惑を天秤に取った時に、後者が勝ったので、明の肩甲骨あたりに、思いっきり振りかぶって右肘をぶつけてやった。すると明は水面に電流を走らせた魚の如く、断末魔と共に勢いよく飛び跳ねた。


  「おぉぉ.......」


その様子に、人間も極限の痛みを感じれば、これだけ高く飛び跳ねることが出来るのかと、痛そうに肩甲骨を抑える明を見て目を輝かせた。


  「おぉぉ...じゃねぇよ。ちょっとは手加減しろ」


俺の熱烈な視線が上手く刺さらなかったのか、ぶつぶつと文句を言っている。ちぇ、良かれと思ってやったのに。


  「だってこうでもしないとお前起きないじゃん」


もちろん俺だってこんなことはしたくなかった。でも大切な友達が遅刻常習犯って異名を指を指されながら言われているのを想像すると、友達としてこうせざるをえなかった。


  「なんでそんな不貞腐れてんだよ、やったのお前だろ......」


そんな俺の言動に呆れたのか、明にしては珍しく、残念な子を見る目でこちらを見ている。


  「その視線はやめてくれ、なんかこっちが哀れに思えてくる」


  「お前がそうさせたんじゃねぇぇか......」


  「そんなに右肘痛かったのか?てっきり明の事だから平気だと思ったんだが」


  「あのなぁ、威力はどうあれ、打つ場所を考えてから打つようにしろよなぁ。はぁ~刹って、一見真面目そうに見えて、どこかぬけてるって感じだ」


溜息をつきながら俺の性格について語っているが、それはお前もだろ、とツッコミをしてしまいそうになったが、今は心の中で留めておく。


  「人の事を勝手に分析するのはいいが、時間、大丈夫なのか?」


今こうして言い争いをしている内にも部活の開始時間が刻一刻と迫ってきている。これで遅刻してしまえば、俺が右肘をぶつけた意味がなくなってしまう。


  「げ!!やばい早くしないと」


流石にそれは阻止せねばと言わんばかりに、明は慌てて部活動で使っている軽めの服に着替え始めた。


  「なぁ、着替えている最中に引き留めて悪いんだが....」


丁度上が着替え終わり、ズボンを脱ぐ所に差し掛かった所で、ふと、明に聞かなければいけない事があることを思い出し、引き留めてしまった。


   「ん?なんだ~」


ズボンを履きながらに、流れるように聞いてきた。


   「明が入ってる陸上部の人達、最近休みが多発してるんだってな」


今は7月の初旬、3年生にとっては引退試合、1、2年生にとっても大事な夏季大会があるというのにも関わらず、何故か陸上部に所属している生徒達が相次いで部活を休んでいるらしい。と、今やこの学校の間ではこの話題で持ち切りになっており、もちろんうちのクラスでもその話題について話す生徒は少なくない。そのためあまりそのての情報を聞かないようにしているが、嫌でもそのニュースが耳に入ってしまった。


 「あぁそれの事についてか....」


俺がその事について明に聞くと、ズボンを履かせようとしていた手がぴくりと止まり、いつしか手はズボンから離れ口元付近を覆っていた。


   「なんでも、学校全体の生徒達間で、やれ顧問のパワハラだとか、練習がきついだの言われてるが、そういった事実は俺が体感した感じではなさそうだ」


そう、明はきっぱりと言った。直接的に関わっている明が言うのだから間違いはないだろう。しかし.... 


   「それじゃあ頻繁に休みが多発する理由って.....」


顧問からのパワハラはないとはいえ、休みが出てるのは事実。ならば一体何が原因だというのか


   「実はその休んでる生徒は、今は学校には来ていない」


   「え?」


明から切り出されたその言葉には、安易に踏み込んでしまった俺を叱責する念が入っていたようにも感じられた。


   「多分、今頃休んでいる人は全員病院のベットの上だと思うぜ」


  「ベットって....」


  「ちょうど1週間ほど前かな、いきなり顧問からしばらく後輩の二人が休むことになったって告げられて、大事な後輩だからさ、簡単に休んでもらっちゃ困るって思って、顧問に休む理由を聞いたんだけど教えてもらえなくってさ、なら直接本人にあって聞いてやるって思って、顧問からいる場所だけでもって聞いたら、水無瀬病院って所に入院している事が分かって、尋ねてみたんだが.......」


すると明の言葉がそこで途切れた。そこから先は言いたくないのか、言えないのか、口を開こうとしても脳がそれを拒絶しているように見え、明の口は真一文字に閉まっている。


  「その......すまない、安易に触れたりして....」


どこか無理しているように見えた明に謝罪をする。


   「いいんだいいんだ、しっかし、なんで陸上部だけがそんな事になってるんだって話なんだけどな」


謝った直後に、ハッ!と目を覚ましたように目を開き、しんみりとしていたムードを

気になる所があるが、部外者である俺がとやかく言う筋合いはない。今はひとまず無言のまま、陸上部が良い方向に導かれるように心の中で願っていよう。




   「じゃあ行ってくるわ――」


無事に着替えの全工程を済ました明は、遅刻をなんとしても阻止するべく、急いで机の横にかけてある鞄を手に取りながら、颯爽と教室の後ろの扉に走っていった。


   「あぁ、行ってらっしゃい」


その一部始終を、椅子の上で怠けながらコメディ感覚で見ていた。呑気に見ていたため、気が付けば明の姿は教室にはなく、さっきまで賑わっていた教室の中は活気がなくなり、いるのは、ぐだっとしている俺と生徒会の報告書をまとめているクラス会長の阿須だけだ。 


   「で、あんたは行かないの?」


一人が寂しいのか、それかただ単に一人がいいのか、後ろの扉を見ながら余韻に浸っている俺にそう喋りかけてきた。


   「そうだな、俺もそろそろ行かないと先輩に怒られるしな」


阿須のツンとした言葉で、ぼーっとしていた頭にスイッチが入る。だらーんとしていた体に喝を入れ、鞄を手に取りながら立ち上がり、明と同じく後ろの扉から出ようとした瞬間。


   「あ........」


後ろから、阿須の弱弱しい声が聞こえる。


   「ん?どうしたんだ」


それが気になり、思わず後ろを振り向くが...



   「なんでもない」 


と、問答無用でズバッと切り捨てられてしまった。


   「そうか、じゃあな阿須。また月曜日」


このまま何も言わずに教室を出ていくのもあれなので、最低限の挨拶だけをしていってから、教室を出ていった。






  










   






部室は三階の一番端の方にある小さな部屋だ。他の文化部と比べて、画材はおろか施設までもが古臭さを感じる。この学校は三年前に全体を改装工事したらしい。だいたいの設備や教室、部室はリニューアルされそれはそれは生徒は大喜び。しかし存在をわすれれていたのか知らないけれども、美術室は工事されなかったという。激怒した三年前の先輩は校長に理由を聞きに直談判したらしい。そして帰ってきた返事が、「美術室に使う資金はなかった」と言われたらしい、以前の校長ではあるが、その校長は、美術よりも音楽を嗜んでいた口らしく吹奏楽部の部室の改装に資金を費やしてしまったのである。そのせいで、この学校はどこに行ってもきれいな内装なのに三階の端だけは、昭和を感じさせるレトロチックな内装になっているのである。まぁ個人的には、そこまで嫌いな内装ではないけれど、エアコンがないのは本当にどうにかしてもらいたい。夏は、暑くて死にそうだし冬は寒くて凍えそうだ。




そんなこんな考えている内に、例の誰も寄り付かなさそうな部室にやってきた。



   「ん?なんでこんな静かなんだ?」



ふとドアの前に立ち止まりそんなことを呟く。



   「本当に、今日部活あるんだろうなぁ... まさか明の奴、部活あるのは、運動部だけで、文化部はないとかいうんじゃ....」



明の言動を思い返す。明の言葉には、部活はあると言っていたが、文化部はあるとは言っていなかったのだ。



  「でも、正直そんな面倒くさい言葉の揚げ足を取ってくる奴には思えないしな」



疑心暗鬼になった心に鉄槌を下す。



   「うん、そうだ、明は頭は悪いが、変な嘘を付くやつとは思えない」



そう言って、部室のドアに手を伸ばし、ドアを開けようとする。


   「鍵あいてる」


本当に妙だ。なんでこんな静かなのに鍵があいているのだろう?



「ん~なんか急に怖くなってきた」



部室の空気間も相まって、まるで、遊園地のお化け屋敷に来てるみたいだ。



 「はぁ~でも開けないと分からないよな」



と、恐る恐るドアを開けてみると。



   「先輩....?」



そこにいたのは、物語のヒロインと呼べるような容姿の先輩が、寝ていたのだ。




「.........」




その姿は、儚げで、でも可憐さもあり、レトロチックな内装とは似つかない不思議の国の住人のようだった。長いポニーテールは窓から入ってくるやさしい風に靡かれ、一人で踊っており、それが鬱陶しいのか、たまに顔を動かしている。その動作があまりにも可愛かったので、少しの間見惚れてしまっていた。





   「眼福眼福」




心からの癒しとは、このことだろう。しかし、



   「いかんいかん、このまま見惚れてちゃ先輩に怒られる」



確かにこの可愛すぎる顔をいつまでも、直視していたいが、後が怖いのでやめることにした。



   「てか、先輩一人なんだな」



あまりの出来事に直面していたため、気づかなかったが、この部屋には、先輩と俺の二人きりである。そのことを思いながら先輩の傍に近寄り、



   「先輩、朝ですよ、起きない子にはペットフードですからね~」



なんて冗談交じりで、言ったら



   「ペットフードは勘弁してくださ~~い」



などという断末魔とともに飛び跳ねて起きた。



   「おはよ、先輩」



   「あっ...........」



などと、少し硬直した後



   「おはようございます茨木君」



とずれかかった意識を戻すようにハキハキとした声で、挨拶を返した。



   「先輩、表情がまだ眠そうなままですよ」



   「すすすすみません茨木君」



取り乱た先輩は少し可愛かった。そしてしばらくの沈黙があった後改めて、



   「起きましたか先輩?」



と、問いかける。



   「はい、もう大丈夫ですよ茨木君」



いつもの先輩だ。



   「なら、良かったです」



   「はい、本当にすみませんお見苦しい所を」



   「いいんですよ、先輩の寝顔を可愛かったですから」



   「からかうのはやめてください~」



   「からかってないですよ」



   「むぅ~」



言動一つ一つが可愛いなこの先輩



   「ところで、一つ聞きたいんですが?」



   「どうしましたか、茨木君」



   「なんで、ここにいるの先輩だけなんですか?」



   「あれ?ホントですね。どうしたんでしょうか?」



相変わらず天然だなこの人



   「こっちが知りたいですよ。先輩が来た時には誰かいたんですか?」



   「いえ、私が来た時には、顧問の道中先生と、課題を終わらせに来た子だけでした」



   「えっ、じゃあ道中先生はどこに行ったんです?」



   「用事があるって帰りましたよ」



道中先生は俺のクラスの英語担当であり我が部活の顧問でもある人だ。サバサバした性格の影響か面倒くさい事が起こったらなんでも生徒に任せる、放任主義なのだ。今回の部活も面倒くさくなったのか知らないけど、先生の面倒くさいの部類に当てはまり先輩をおいて行ったのだろう。



   「まったく、あの先生は...」



   「いいじゃないですか、可愛いらしくて」



   「はぁ~どうだかねぇ」



先生はまだ子供心が抜けていないため、まるで先輩のほうが顧問っぽく見える。



   「で、もう一人の課題の子はどうしたんです?」



   「それが、申し訳ないのですが、私の不注意で寝てしまったので分からないんです」



まぁ多分課題が終わっただけなのであろう。などと自分の中で解決していると、



   「でも、聞きたいのはこっちも同じですよ茨木君、なんで茨木君は今日美術室に来てるんですか?」



   「へ?」



   「え?」



またしばらくの沈黙があった後



   「だって、今日部活があるって明が....」



   「今日部活があるのは、夏季大会がある運動部だけですよ」



   「そうなの?」



   「はい、多分鳥乃君の事なので勘違いしていたんでしょう」



本当にそうなのかと、考え、明を恨みながら、



   「なるべく、部活の活動の有無は先に伝えておいてくださいよ先輩」



   「ふふっ、まぁいいじゃないですか私達二人きりでも」



   「丁重に断らせていただきます」



   「あらら、残念です」



先輩と二人きりならともおもったが、右腕の事もあるし家で安静にしておきたい。と、断腸の思いの決断をすると同時に、ある疑問がよぎった。



   「逆に先輩はなんで、美術室に来てるんですか?」



   「あぁそうでしたね、私は、皆より一足先に来て、部室にあるお花に水やりをしているんです。」



   「この花全部先輩が?」



   「はい、部活の時間になってしまうとどうしても手が付けられなくなってしまい、今日は部活がないので、水やりしに来ただけですけど」



   「本当にこまめですね先輩」



   「こまめというか...単にほっとけないんですよ、この可愛いらしいお花が誰にも世話されずに、枯れていくのが」



あぁ、この人はそういう人だった。一見するとおっちょこちょいで天然で変に子供っぽいけど、本当は皆の事を心配し周りの事に気を配れる。誰からも愛される先輩だと。だから惹かれたんだろうなあの時。



   「でも、部活始まってから結構時間経ちましたけど、帰らないんですか?」



   「私はしばらく残ります。調べ事があるので」



   「課題とかのですか?」



   「秘密です♡」



その可愛らしい仕草に、ついあっけを取られてしまった。



   「はぁ~....分かりました。それじゃあ俺帰りますけど、くれぐれも学校に長く滞在しないでくださいよ」



   「むぅ~分かってますよ茨木君」



   「本当かな」



先輩はよく学校に長く滞在し警備員の人に怒られたことが多々ある。そしてその苦情は顧問に行き、顧問から俺へと愚痴になって来るから、ほんと勘弁してほしい。



   「それじゃ、先輩また月曜日」



   「はい、良い休日を」



   「先輩こそ良い休日を...」



と、言い部室のドアを閉め、校門の方へと足を進める。そして、校門をでて、自宅への帰路を歩いて行ったのだ。

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