狂いと先輩の不安
誰しも一つや二つは後悔している事があるだろう。
恋路、学業、運動。
悩みの種は多種多様であるが、本質は全て同じである。
なかったことにしたい...やり直したい.。
もし悩みの種が芽ぐんだらのなら、皆等しく幹は同じものに育つだろう。
かくいう
だが生憎、ある日突然特殊能力に目覚めたり空から美少女が降ってくることがない、このつまらない世界でそれは不可能である。
だから俺を含む皆、無理して妥協をし現状を受け入れ、保守的になながらも無い物ねだりをするのだ。
これが世間一般に言われる大人になるということらしい。
「ねえ、帰りスタバ寄ってかない?」
「良いね!」
「なあ、お前佐々木さんとどこまでいったんだよ~」
「お前が想像してるようなことはしてないよ」
クラス内でいつも騒がしくしている所謂『陽キャ』と呼ばれる生徒たちがホームルーム後、和気藹々とじゃれ合っている。
まさに青春のまっ最中なのだろう。
今日が今年初めての夏日ということもあるだろうが、こいつらから夏の香りがする気がした。
他の生徒はと言うと毎度のことで何も物珍しくないだろうに、それを恨めしそうに見つめる者もいれば羨望の眼差しを向け、指を咥えている者もいた。
そして、そういったその他大勢からの視線を察知した陽キャが勝ち誇ったような表情を浮かべ、教室を出ていく。
自己承認欲求が満たされたのだろう。
よく、人は『人』を『動物』とは違う何かであると主張するが、人もれっきとした野蛮で薄汚い『動物』である。
弱者が生まれ、強者がより富む。
今の一幕がそれを物語っていただろう。
これを動物的と言わずして何を『動物』と言うのだろうか。
ちなみに教室の隅から偉そうに人間観察している俺は『ゴキブリ』である。
俺と同じくキモくて生命力に溢れている最強の生物だ。
女子からは「きゃー!」なんて歓喜の声も頂けちゃう最強ポジションだ!
やったね!
「マジで羨ましい!」
「それな!でも、教室でやるなよ。ちょっと性格悪いよな」
恨めしいと思うのならば、何のアクションを起こさなければ良いものを。
お前らがやっているのはアマゾンの猛獣の前に焼きたてのステーキを置くのと同義だ。
まさに飛んで火に入る夏の虫である。
だが、こうやって集団は回っていく。
羨む心に嫉妬。そしてほんの僅かな承認欲求。
今、このたった一瞬の間に皆様々な事を思い、無意識下に妥協している。
...勿論、俺だってその中に入っていることは承知の上だ。
まあ、ゴキブリなので正確には違うのだが。
俺は非常な現実に辟易しながら、荷物をまとめ喧騒に包まれている教室から脱出したのだった。
放課後はいつも通り学校の近くにある喫茶店でバイトである。
俺のような社会不適合者は家でも学校でも居場所がない。
よって勤労に勤しむことが最適解なのだ。
あと、バイト後はタダ飯を頂けるので残飯処理を生業としているゴキブリこと俺には天職なのである。
まあ、最近は衛生面が何たらで食えていないのだが。
「...ちょっと良いかな?」
仕事が終わり、家に帰ろうとした午後8時。
先輩に手招かれ、荷物やら業務道具が置かれ窮屈そうな休憩室に入った。
椅子に座り一息つくと、先輩が心配そうにみつめてくる。
黄金に輝き艶があるロングヘアーの髪に高校生とは思えない程に豊かな胸。
先輩を見つめ返すと、首を傾げながら困惑した様子ではにかんできた。
おっとりした目元に、包容力溢れる微笑みを浮かべているがそんな仕草もまるで映画の一幕かのように色っぽい。
物語の登場人物かのように美しい彼女がイギリス人の祖母を持つクウォーターと知った時もさして驚かなかった。
「...なんかさ、痩せたっていうか、やつれてない...?大丈夫?ちゃんとご飯食べれてるのかな?」
「それはつまり、飯もろくに食えないガリガリ陰キャのお前はバイトやめろよってことですか?」
「違うよ!?相変わらずの捻くれっぷりだね!?」
「はい!この捻くれっぷりが功を奏したのか学校でも孤立してますHAHAHAHA」
「笑えないよ!...あと、真顔で言うのやめてくれないかな!?」
今はぼっちで平和に過ごせているが、小学校時代のことを考えると十分に栄達したと言えるだろう。
ちなみに小学校の頃のあだ名は戸塚菌である。
バリアやワクチンも効かない戸塚菌は菌が付着した消しゴムを渡された女子が号泣たしたくらいだ。
...戸塚菌強すぎだろ。
WHOは早急に対処しろ。
ってかゴキブリ設定はどうしたんだよ!
「...飯はちゃんと食べてますよ。心配してくれてありがとうございます」
「例えば?」
「購買のパンをいっぱい食べてます!」
しかも、最近は健康に気を遣って野菜満点なサンドウィッチを食べているのだ。
意識高い系男子でしょ?
えっへん!
「...ちなみにだけど、朝と昼は?」
「え?俺は人生と言う名の試練に挑戦している僧侶なので、断食してますよ」
一食だけでも、お腹は空かないし食費も浮く。
それにダイエットも出来る。
つまるところ、一食が最適解なのだ。
先輩は呆れたのか大きなため息ついた後、呟いた。
「...奢ってあげるからご飯食べに行こ?っていうか心配だし、定期的にいこーぜ!お姉さんに任せてよ!美味しい所いっぱい知ってるよ?」
「悪いですよ。それに俺はこの神聖不可侵なる試練をクリアしないといけないので!」
「そんなのクリアしなくていいよ!ね?行こ?先輩命令です」
「パワハラだ!」
自分が主張出来る権利はとことん主張する。
それがゴキブリ兼戸塚菌!戸塚 優である。
「人生は時に理不尽なものです。君、流に言うとこれも試練なんじゃないかな?」
「確かに!理不尽がいっぱいでまさに俺の人生そのものですね!HAHAHAHA」
「だから、反応しずらいよ!?...もういいや!行こ!」
「ちょ...」
こうして職権乱用パワハラ先輩によって無理やり、飯に連れて行かれることになったのだった。
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