冷光の女と優しい男

元 蜜

プロローグ

「わぁ、見て。ホタル!」


 ある川沿いの道を、女の子がはしゃぎながら歩いている。

 6月の終わり頃、田舎にあるこの道は、まるで星空の中に立っているかの様にホタルの光で溢れていた。


「おいっ、暗いんだから気をつけろよ」


 俺は彼女の後ろをゆっくりと歩く。ふと足元を見ると、一匹のホタルが弱々しい光を放ちながら、今にも息絶えようとしていた。

 俺は、そのホタルをそっと近くの葉っぱの上に乗せた。別にいつもこんな慈悲の心があるわけではない。たまたま気が向いただけだ。


「ホタルの命って短いんだよね?」


 いつの間にか彼女が近くにやって来て、俺のそばにしゃがんだ。


「成虫になってからは10日くらいしか生きれないけど、幼虫の頃からだと確か1年くらいだっけ?」

「ふ〜ん。詳しいじゃん!」

「ちなみに幼虫の時は、何を食べているか知ってるか?」

「えっ、何だろう……」

「正解は巻貝だよ。ホタルの幼虫は、その餌を食べるのに、毒の成分が入った消化液で肉を溶かして、それを吸収するんだって」

「うげぇ、聞かなきゃ良かった!」


 俺は笑いながら、彼女と並んで歩きだした。

 

 俺の名前は、高木樹たかぎ いつき17才、高校2年生。隣ではしゃぐ彼女は、白土美香しらとみか12才、小学校6年生。母親たちが姉妹なので、俺たちはいとこ同士になる。

 美香の母親は仕事が忙しく、姉である母がよく家で彼女を預かっていたため、一人っ子の美香は俺によく懐いていた。

 今日も、夕方になって彼女の母親から、『仕事で遅くなる』と連絡があったので、俺の家で一緒にご飯を食べ、彼女の家まで送っていく途中だった。その道すがら、ホタルの群れを見かけたというわけだ。


「ホタルって、お尻の光熱くないのかな?」


 彼女がまた、俺の知識を披露してしまうような質問をしてきた。


「あの光は《冷光れいこう》と言って、発熱してるわけではないから熱くないんだよ」


 彼女の質問に得意気に答える俺。当の彼女は答えを全く気にしていないのか、矢継ぎ早に質問をしてくる。


「ねぇ、ホタルは結婚相手を探すために光ってるんでしょ?この光が全部そうだと思うと、なんかロマンチックだね!」


 小学生らしからぬ発言をし、彼女が俺の腕に自分の腕を絡めてきたが、俺はスッとその腕を離した。


「まぁ、こんな大量の仲間の中からたった一匹を探すなんて奇跡だよ。短い命なんだから、ホタルだって誰でもいいって思ってるんじゃない?」


 俺が冷たくそう言うと、ホタルが放つ淡い光の中、彼女がすねた顔をしたのが見えた。だが、俺はそれを見て見ぬ振りした。


 ふと、俺たちの目の前に、美香より小さな女の子が立っていることに気がついた。その女の子は小学校低学年くらいで、こんな時間に一人でいるなんて不自然すぎる。周囲を見回しても親らしき人はいない。

 俺は不審者に思われないよう、美香を自分のそばに置いて声をかけようとした。

 すると、近くで見たその女の子はとても格好をしていた。服は汚れ、髪はボサボサだ。美香は嫌がったが、俺はその女の子を警察に連れて行くことにした。手を繋ぐと、とても痩せているのが確認できた。


「俺は樹。こっちは美香。で、君の名前は?」

「……蛍」


 それが俺と蛍との出会いだった。



       ◇ ◇ ◇

13年後


「ん……あっ……」

「はぁっ……蛍、気持ちいぃ……」


 息を荒らげ、男はベッドに横たわった。


「やっぱ蛍の身体は甘くて最高!」

「あっそ……」


 終わった直後だというのに、女は余韻を味わうことなく、すぐに服を整え帰り支度をしている。


「ねぇ、また会える?」

「もう会わないわ。あなたじゃダメなの」


 呆然とする男を置いたまま、女は部屋を出ていった。


 女の身体からは、冷たく妖しい光が放たれている。その光にすれ違う男たちが思わず振り返る。

 女はスマホを開くと、リストの中から、比較的身体の相性が良い男に電話をした。


「ねぇ、今すぐ会いに来て」


 電話の相手は飛んで来るそうだ。電話口で、『美味しいお店に連れて行ってあげる』と意気込んでいた。

 女は、大きな溜息をついて電話を切った。どうでもいい男はすぐに捕まるのに、一番ほしい相手がどうしても見つからない。


「ねぇ樹、一体どこにいるの?」


 早く彼を見つけないと……。

 もうあまり時間がない……。


 女は、男たちからの視線を気にすることなく、夜空を見上げそう呟くと、ネオンが眩しい夜の街へと再び歩き出した。

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