最悪の一手

「カオル、油断しないで」


 オレの隣に立つ緋奈子ヒナコが、徐々に神格化していく。神の力を開放しつつあるのが、ビリビリと肌で伝わってきた。


「おう」


 オレも、スラッシャーを殺せる銀の銃を構えて、堂本ドウモトに照準を合わせ直す。


 警察の応援は、来ない。

 来ても、またかつての惨劇を繰り返すだけだと、オレは判断した。

 オレたち以外の警官たちには、近隣住民の避難に当たってもらっている。



「魔王と対の力とは。オカルト課が、そんな化け物を飼っていたとはな」

「緋奈子は化け物じゃない! オレのパートナーだ」

「神をパートナー呼ばわりとは恐れ多いな」


 心底バカにした感じで、堂本は笑う。


「とはいえ、私に勝てると思っているのか? 神に匹敵する力を得る私を?」

「いや。お前は魔王の力なんてコントロールできねえよ」

「はん! 私は最強なのだ。最強が最強の力を得たらどうなる? 無敵になるんだよ」


 堂本ドウモトが、短剣を握り直す。


「邪魔はしないんだな?」


 オレに向けて、堂本が問いかけてきた。


「ああ。お前が魔王になった瞬間に撃つよ」

「こういうときは、融合する直前にとめるもんだろうがねえ?」

「お前は人間じゃねえ。だから、身体も人でなくなった瞬間を狙う」


 ケケケと、堂本が笑う。


「警察にあるまじき行為だな? 最初から殺害する目的で、犯罪を見過ごすとは」

「オレはオヤジを死に追いやった犯人を殺すために、スラッシャーを狩るオカルト課に入ったんだ。お前を殺したら、終わりにするよ」


 オヤジを殺したのは、魔王だと確定した。


 しかし、そう仕向けたのは堂本である。


 大義名分ができた。


 堂本と融合すれば、どっちも殺せる。


 それにオレは、ある確信があった。


「その心意気、キライじゃないよ。人間臭くて好きだ。だが、お前などに私が殺せるかな? 魔王と一体になった私を!」


 ナイフを振りかぶり、堂本は叫ぶ。 


「さあ、魔王よ。我にその力を示せ! 私を無敵にしろ!」



『断る』



 キリちゃすの口を借り、魔王が語る。


「……んだと?」


 信じられないという様子で、堂本は魔王に聞き返した。


「どういうことだ!? 私なら確実に、魔王の能力を最大限に引き出せる! キリちゃすなどというありあわせに比べたら、私の方がよほど貴様の器にふさわしい!」


『たしかにそうかもしれぬ。だが、我はキリちゃすを気に入ったのだ。キリちゃすのために生きて、死ぬとしよう』


 ブルブルと、堂本が身体を震わせる。


「バカな。魔王ともあろうものが、人間の女に情が移ったか? お笑いだ! 情けない! 嘆かわしい! しょせん貴様も、元々は人の男というわけか? 織田信長の魂・人格を取り込んで、成人男性の性欲も飲み込んで慕ったというのか!?」


 堂本が、魔王となったキリちゃすの胸ぐらをつかむ。


「何もかも破壊し尽くした狂気はどこへいった? ありとあらゆるものを喰らい尽くす、無尽蔵の胃袋は? すべてキリちゃすなどという、一介の女にすべて捧げると? 身体を交えて気に入ってしまったのか? この下劣! この俗物がぁ!」


『すべてを道具としか見ていないクズには、我の感情など一生わからぬ』


「わかりたくもない! この世の全ては、下等生物に過ぎん! 利用して何が悪い!? 貴様も元々は、そういう思考だった! いたずらに殺しを楽しみ、なにもかも食らう存在だったはず!」

天鐘テンショウを殺したことで、我の役目は終わった。あとは消滅を待つのみ』


 魔王の発言が衝撃的すぎてか、堂本は放心している。


「そうか。わかった。俗物に成り下がった魔王などいらぬ!」


 キリちゃすの身体を地面に叩きつけて、堂本がナイフを構え直した。


「私がお前を殺し、それで最強の力を得よう。貴様の魂を喰らい、我が新たな魔王となる!」


 堂本が、ナイフを振り下ろす。


 オレは、銀色の銃の引き金を引いた。キリちゃすを縛り付けていた魔術式の拘束具を、破壊する。


「え」


 間抜けな顔をして、堂本は魔王に腹を貫かれた。


 何が起きたのか、まだ堂本にはわかっていないらしい。魔王に貫かれたときも、てっきり取り込んでくれるものと思っていたのだろう。


「バカな。魔王に手を貸すとは。お前の父親を殺した存在だぞ」

「殺させたの間違いだろ? 真犯人ホンボシは、テメエだ」


 魔王の力を、堂本は利用したのだ。魔王の手にかかって殺されても、文句は言えない。


「な、なぜだ。なぜ、誰も私の言うことを聞かない? 私の言葉は、確実なのに」

『貴様の言葉を信じているのは、貴様だけだ。自分しか見ていないやつの言葉など、最初から誰も耳を貸さぬ。かつての我のように』

「のぶ、ながめぇ」


 堂本が、地面に倒れ伏す。


「おのれ。だが、私が死んで総本山が黙っていないはず。貴様らは、一生逃亡生活に」

「いや。それはありえん」


 オレは、堂本の言葉を否定する。


「なぜだ? 私は総本山の影に仕えるエリート」



 オレのポケットで、スマホが震えた。

 電話を取る。どうやら、朗報が届いたようだ。


「あ、ああ、わかった。じゃな」


 スマホを切った。



「エリートさんよぉ、さっき総本山とやらがテメエを解任したって連絡が入ったぜ」

「誰から?」



「オレのおふくろさ」


 おふくろの実家である神社は、コイツの言う『総本山』の関係者だ。


「そうだったんですね?」

「ああ。末端も末端で、なんの権限もねえけどな」


 オヤジを殺した犯人が身内だと、おふくろは早い段階で見抜いていた。 

 しかし、総本山に直談判をすれば、相手に悟られる。それで、相手が完全に油断したところで正体を暴くことにした。


 結果、堂本は破門にしたらしい。


 オレの妹が動画を見ていて、おふくろが総本山の知り合いに連絡を入れたという。総本山も動画を確認し、堂本の処置を即決したそうだ。


 キリちゃすのファインプレーが、オヤジの仇をあぶり出したのである。


「俺も口添えしてやった。ざまあみろだ」と尚純ナオズミ


 おふくろだって、ずっと戦っていた。ようやく、報われたのである。


 これで堂本は、後ろ盾すらなくなった。あとはどう出る?



 キリちゃすが、堂本を始末しようと迫った。


「ボクを殺すの!?」


 自身の変身能力で、堂本は顔を変える。

 キリちゃすの彼氏である「名塚ナヅカ 耀ヨウの顔になった。


 一瞬、キリちゃすの動きが止まる。その顔に、動揺が浮かんだ。


 してやったりという顔で、堂本は勝利を確信した。



 ああ、ダメだ。このやろう。



「お前今、最悪の手を打ったぜ」

「なにをバカな? 最善の手だ」 


 両手を広げて、堂本はキリちゃすを迎え入れようとする。


「さあ、一緒に帰ろうキリカ。こんなバカな戦いなんかやめてぶへ!?」


 なんのためらいもなく、キリちゃすは堂本のアゴを蹴り砕いた。

 バク転のような状態で、堂本は何度も地面を転がっていく。


「な……なぜだ!? 弟の顔になったら、攻撃をやめると思ったのに!?」


 キリちゃすは、さらに堂本の顔を踏みにじる。


 やはりだ。こいつはなにもわかっていない。


「ピは、あたしの中で生きている。あたしだけのもの。あんたのサルマネなんか、ピの足元にも及ばない」 


 だから言ったんだ。最悪の手だって。

 よりにもよって、キリちゃすの最愛の人に化けるとは。

 最悪の人間がそんなマネをすれば、そりゃあ怒るに決まっているじゃないか。


 堂本の髪を、キリちゃすが掴んだ。


「な、なにを?」

「お前には、謝ってもらわないと」

「謝るだと?」

「いろんな人に、謝らなきゃいけないじゃん」


 キリちゃすは、砂利だらけの地面に堂本の顔面を叩きつける。


「ごめんなさいって、謝るもんだよね? 謝って。さあ早く」

「誰に謝る必要がある!?」

彼氏にも、おまわりさんにも、探偵さんにも!」


 砂利やガラス片、生ゴミでできた土だらけの地面に、キリちゃすは堂本の顔を擦り付けた。

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