幕間 退魔師たち(第一章 完

 いつまで、路上で歌っていないといけないんだろう?


 SEINAセイナは芸歴一二年だが、未だにヒット作に恵まれていなかった。

 ギター一本持って都会に移り、得た売上は時給換算で四〇〇円だ。

 昼は路上で歌い、夜はバーで歌う毎日である。

 恥ずかしくて、田舎にも帰れない。

『弥生の月』という退魔団体での活動が主な収入源だ。

 しかし、正直に言うと戦いたくない。

 昔から、SEINAは魔物殺しの能力に長けていた。だが自分は元々、戦闘が好きではない。


「お前は本当は攻撃的な性格だから、きっとうまく魔物を殺せるはずだ」


 幼い頃から、ずっと両親にそう言われ続けてきた。

 しかし、得意なものと好きなものは違う。

 血を見たくない。殺しなんて、したくないのに。


 メッセージが来た。『弥生の月』からだ。


 こういうときは、なんからのスラッシャー事件が起きたときである。当主の斗弥生ケヤキにトラブルでも起きたか。ざまあみろだ。放っておく。


 だが、抹殺対象を見たとき、SEINAの目は釘付けになる。


 クマのぬいぐるみを背負った女が。忘れもしない。フワフワの黒髪ツインテールに、オレンジの変T、黒いデニムのナノミニスカートは、失踪当時から変わっていない。

 絶対に忘れるものか。


「……キリちゃす」


 地下ネットアイドル『キリちゃす』は、大好きだった異性を奪っていった女だ。


 厳密には、当時交際していた男性が、彼女のファンになってしまったのである。その男性は、SEINAの夢をずっと応援してくれていた。自分も薄給なのに、否や顔もせずに家事を手伝ってくれたのだ。

 しかしある時、「キミもキリちゃすみたいに、キャラ作りしてみなよ」とか言い出したのである。


 それ以来、SEINAは彼の元を去った。


 あのときの、「恋する男の目」を、SEINAはいつまでも忘れることはできない。


 その呪いは、あの女を殺すまでつきまとう。


「こいつのせいで、私は今も」


 液晶がひび割れるほど、スマホを握りしめた。

 彼女だけは、殺す。この手で。

 


 ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ 


 

「フー。危なかったあ」


 警察からの聞き込みを終えて、フリーターの井口いぐちは汗を拭う。正直な話、笑いを堪えるのに必死だったのだ。


 彼は笹塚ササヅカ 史那フミナと最後に会話した配達員であり、底辺配信者でもある。


 井口にとって、茶々号チャチャゴーこと笹塚は目の上のコブだった。


 なにをやっても、動画を撮っても茶々号には負ける。


 大学のゼミでも、笹塚が常に上位だ。

 進学して、せっかく笹塚と離れられると思っていたのに。

 小中高だけでなく、大学でも成績で負けている。

 おまけに、親が共に退魔団体弥生の月ときた。


 とはいえ、彼女とは幼馴染なんかではない。

 家は遠かったし、直接の関係があるわけではなかった。


 これはもう、腐れ縁というべきか。


 配達に行ったときも、彼女は井口の顔すら覚えていなかった。


 殺意が芽生えそうになったのは、そのときだ。


 あいつを殺してやる。


 その気持だけで、井口はもう一度笹塚のマンションへ向かったのだ。コンビニでハサミを買って。


 しかし、どうしてかマンションのカギが開かなかった。

 管理人の首が廊下に転がっているを目撃して、井口は一目散に逃げたのである。

 逃げた映像が、監視カメラに残っていなければいいが。


 だが、コンビニでハサミを買ったときの映像が残っていた。警察を相手に、言い訳を考えなければならなかった。即興で「動画に使う」と乗り切ったときは、背中に汗をかいた。


 しかし、これであの笹塚も死んだ。今風に言うと、「ざまあ」である。


 なんだか、晴れ渡る気分だ。こんなに清々しい気持ちになったのは、初めてである。


「さて、気分もいいし動画でも撮るか」


 彼は、スマホで撮影の準備を始めた。

 そこに、メッセージが。

『弥生の月』からだ。

 井口は末端の構成員である。そんな自分に用事なんてないはずだ。

 そこにあったのは手配書である。


「魔王……キリちゃすを殺せ!?」


 彼はまた、殺すかどうかの二択を迫られていた。

 決して、笹塚の敵討ちなんかじゃない。

 この魔王を殺し、返り咲くためだ。


「あ、あーテステス」


 スマホを手に取って、井口はできるだけ強力なモバイルブースターへと繋げた。


「はいどーも。ただいまより、動画配信を開始しま~す」


 井口は、練習を開始する。


「題して、『怨霊となったキリちゃす退治動画』~っ!」


 これは……絶対にバズるぞ!


 

 ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~ 



 後藤ゴトウ 元樹モトキは、死のうと考えている。

『弥生の月』の中堅構成員として尽くし、得た結果がこれだ。


 家庭を顧みなかったツケが回ったのである。


 それがなんだというのだ? 懸命に働くことがそんなにいけないことなのだろうか?


 自分は、間違っているとは思えない。


 だが、そんなエゴイスティックな考えは甘いのだろう。妻に親権を奪われ、息子や娘とも会えなくなった。


 裁判の帰り、後藤はスクランブル交差点のど真ん中に立つ。もうすぐ信号が変わる。運転手には申し訳ないが、はね飛ばしてもらいたい。そうすれば、高額な慰謝料も養育費も一気に解決する。自殺ではない。殺してもらうんだから。


 そこに、一本のメッセージが。


「魔王キリちゃすを殺害せよ。報酬は八億円」


 体中の血液が、沸騰する気分になってきた。


「ようやくだ」


 自分はようやく、死に場所を得られた気がする。


 彼女に、キリちゃすとやらに殺してもらおう。


 そうなれば、子どもの養育費問題が解決する。


 あわよくば、自分が彼女を殺してしまってもいいな。


 彼の皮算用は、止まらない。



 ~~~~~ ~~~~~ ~~~~~



「でさー、彼氏のアレが臭くてぇ」

「超ウケルー」


 和泉イズミ あおばは、友人たちと適当に話を合わせる。


泉州センシュウモーニングスター』こと、和泉イズミ あおばにとって、地下アイドル系配信者の「キリちゃす」は神だった。スキャンダルで消えてしまっても、彼女にとって神であることは変わりない。



 継父から性的ないやがらせを受けていたあおばを、同じ境遇だったキリちゃすは地獄の縁から救ってくれた。歯向かう勇気をくれたのである。父はとうとう、あおばの純血を奪おうとしてきた。鉄アレイでこめかみを砕いて、未遂に終わらせる。結果、父は脳に障害を持った状態で、刑務所送りになった。何もしなかった母親とも、離れて暮らせている。


 キリちゃすとネットで会えたことで、彼女は羽ばたくことができた。


 その後に預けられた先が、『弥生の月』である。


 あおばは男を魅了する術と、自慢の腕力を活かしたモーニングスターによる攻撃力を得た。純血は保たれたままだが、それの方がいいと見なされている。いざというときのために、操は取っておけと。


 全部、キリちゃすのおかげ……。


 だから、弥生の月構成員がキリちゃすに殺されたとしても、正直関心がない。まして相手は騒ぎを大きくした張本人だ。死んで当然だろう。


 メールが来た。うざいなあと思いつつ、スマホの画面を確認する。


「……キリちゃす様が、指名手配!?」


 眉間にシワを寄せて、あおばは棒立ちになった。


 自分にとっての神が、人類の敵になっている。


 守るべきか? それだと、自分は神と対立することに。できるのか? 自分に、神を殺せる?


 試練と受け止めるべきか? 師を超えることによって、より高みを目指せという試練なの? そんなのクソくらえだ。恩人に手をかけるなんて。様々な考えが、あおばの脳裏を言ったり来たりする。


「ねえ、あおば。何してるの? バス来たよ?」


 友人が、腕を組んできた。


「うるせえどけ」


 あおばは、友人を突き飛ばす。


 友人が、バスの下敷きになった。


 他の友人たちが悲鳴を上げる中、あおばは電車に乗る。


 もう、普通のJKごっこはやめだ。


 結局自分には、一般人に擬態なんてムリだった。


 あおばは決意する。

 

 キリちゃす師匠、わーしは、あなたを越えますんで。

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