19.悪意

テーマパークから出た5人が外で待機していたワゴン車に乗り込み、しばらく車が走ると東国料理店の前で降りた。


「本日は誠にありがとうございました。御用の際はまた弊社をご利用下さい」


深々と頭を下げる鄭にバーズが握手をすると、チップを手渡す。


「東国にこのような風習はないと知っているが感謝の気持ちとして受け取って欲しい。世話になったな」


「ありがとうございます。お子様方にも良い旅と感じていただけたなら幸いです」


笑顔で子供達に一礼をすると、鄭は車に乗り去っていった。




料理店の中へ入り店員に案内された先にはログがすでに椅子に座っていた。


「待たせたな」


バーズがそう告げると黒い髪を後ろで結ったスーツ姿の男が不機嫌な表情で言葉を返す。


「特に待ってはいないが、成果もないまま店に呼び出されたことの方が心外だな」


「この国での用事は終わった。今は料理を楽しんでくれ」


ログは顔を顰めたが、青い眼の男に続いて現れた子供達を見て黙ったまま椅子に座りながら腕を組んだ。


「後で説明はしてもらう」


「ああ、夜に宿で話そう」


円テーブルにログと向かい合って座るバーズの隣にエルとシルファが座ると、少し遅れてツェンとリネアが姿を現した。


「そういえば今朝渡した端末は調べてくれたのかい?」


そう言って赤眼の男が栗色の髪の少女の隣に腰を下ろす。


「いいえ、まだです」


顔を背ける少女にツェンが言う。


「まあ、あんなもんはいつでもいいんだ。今は飯を楽しもうぜ」


陽気に答えるツェンにシルファは言葉を返した。


「今夜解析しておきます」


「あんま夜更かしはすんなよ。美容の敵だぜ?」


笑いながら言う赤眼の男に、栗色の髪の少女が運ばれてきた食事を共に楽しみ始めた。




「美味いんだけどツェンがたまに作る料理の方が好きだなぁ」


「俺の料理が上手すぎるってのもあるがよ、そいつぁ好みの問題だな」


テーブルに並べられた料理に手をつけたエルの言葉にツェンが言った。


「味が薄いならまた私が作ってあげるけど?」


「先生の料理は・・・」


シルファの言にエルが言葉を濁した。


「私だってこれくらいの料理は作れるから」


「言っちゃ悪いけど・・・お前が作った飯、滅茶苦茶不味かったぞ」


二人のやり取りを聞きながら、黙ってバーズが料理に箸を伸ばす。


「あれはお母さんの料理なの。私だって一般的・・・普通の味付けは知ってる」


肉親を引き合いに出されてエルが少し沈黙した。


「おふくろの味ってヤツだなぁ」


「おふくろの味?」


赤眼の男の言葉に金眼の少年が聞き返す。


「母ちゃんが作ってくれた料理の味ってヤツさ。お前ぇの口には合わなかったかもしれねぇが、シルファにとっちゃアレがそうなんだよ。別に母親が作る必要はないけどよ、子供の頃に慣れ親しんだ味っていうのか?忘れられねぇしそいつの口には馴染むもんらしいぜ」


「ふーん・・・親父が家に戻ってきてからマトモな料理を食べたことがないからよく覚えてねぇ」


目線を落としてそう告げたエルにリネアが言う。


「ツェンの料理の方が美味しいと感じたなら、それが今はエル君にとってのおふくろの味なんじゃないかしらぁ?確かに美味しいからハードルの高い料理だけどねぇ」


「へっ、例え比喩でもおふくろなんて呼ばれるのはゴメンだねぇ」


そのやり取りを聞いていた栗色の髪の少女が言った。


「たまには私が作ってもいい?自分なりに作るから」


「そうしてくれると俺も助かるぜ。バーズと二人でいた頃は飯なんて作る必要がなかったからな。何か分からねぇことがあったら聞いてくれ」


二人の言葉を聞き、エルがシルファに言う。


「じゃあ、今度はお前の料理を食べさせてくれよ」


「どういうのが好みなの?いっぱい食べさせてあげる」


その会話を聞き微笑みながらリネアが食事に手をつけた。




「これで会計にしようと思うが、まだ何か食べたいものはあるか?」


デザートを食べ終えるとバーズが質問をした。


「ちょっと食い過ぎた・・・」


「大丈夫」


「ごちそうになったわぁ」


「結構だ」


そう答える各々を見て青眼の男がテーブルに置いてある金属製のベルを鳴らす。


盛況の店内ではそのベルの音が聞こえないのか呼び鈴は意味をなさなかった。


「そんなんじゃ聞こえねぇと、よ!」


あくせくと働く従業員を見て赤眼の男が指を鳴らすと、爆発音が鳴り響き衝撃波が食器や窓ガラスを粉砕する。


ただ事ではない轟音を聞き、重装備をした警備員達が姿を現すとパニックになる店内の客達に告げた。


「ガス爆発、またはテロの疑いがあります!安全な場所までご案内致しますので係員の指示に従い避難して下さい!」


警備員の言葉を聞きツェンが耳を押さえている一同に言う。


「悪ぃ、やりすぎた」


「お前は俺に喧嘩を売っているのか?」


懐に銃や爆発物を忍ばせた黒髪を後ろで結っているスーツ姿の男が、そう言葉を残してガラスが割れた窓から飛び降り大通りへ姿を消した。




「あなた方と同席していた男が窓から逃走を図ったことを店内の誰もが確認しています。どのような関係で?」


店外に出たバーズ達に警官が質問をする。


警察手帳を見せようとするリネアを制止し、バーズが自分のパスポートを見せた。


「それは私が雇った護衛だ。不測の事態に疑われるのを避けたためにヤツはあのような行動を取った。このパスポートに記されている私の名前を君の上司に伝えてくれ」


「後程伝えておきましょう。護衛とはどのような意味で?」


警官は質問を続けながら見せられたパスポートを手に取ろうとしたが、青い眼の男の指がそれを掴んで離すことができなかった。


「君の質問に答える義理はない。今伝えてくれないか?」


「確認するのでパスポートを渡してくれませんか?」


警官の質問に指の力を抜かずにバーズが告げる。


「今伝えてくれるんだな?」


「パスポートを確認し次第、伝えますよ」


バーズの手から強引にパスポートを引っ張る警官の腕を赤眼の男が掴む。


「それをテメェが持ったところでどうするんだ?確認したいことがあるならメモでも取れよ」


「止めろ、ツェン」


青眼の男が赤い眼をした男を窘める。


「ツェンさんというのですか」


「下らねぇことばっか記録してンじゃねぇ!」


警官に装備されたレコーダーを握りつぶすとツェンがその胸倉を掴んだ。


「どの道、テメェ等の上司より上の野郎共には全部伝わってるんだよ!!こいつに舐めた真似すンならテメェから逝ってみるか!?」


「その話は後ほど聞きましょう」


淡々と言葉を続ける警官の言葉を聞いて赤眼の男にバーズが言う。


「止せ、そいつは何も知らない」


「お前が面倒臭い性格だってことは分かってるがなァ!俺を止める気ならテメェが始末しろ!!」


警官の胸倉を掴みその体を持ち上げたツェンが青眼の男に告げた。


その光景を見た周囲の警官が赤眼の男に銃を向ける。


「お仲間さんに当たりそうだがねぇ?いいのか、テメェ等それで」


傍にいたリネアをバーズの胸に突き飛ばすと赤眼の男が言った。それと同時にエルとシルファを拘束しようとした警官が言う。


「子供達も見てい」


「触んじゃねぇ!!!」


反射的に金色の眼を持つ少年が己に掴みかかろうとする腕を払った。


同様に栗色の髪の少女に手を伸ばす男を見た少年は、その男に殴りかかろうとするがそれより早くライフルが警官の肩を撃ち抜いた。


それと同時にツェンが持ち上げている男から手を放すと、銃を向けている男達に言う。


「逃げるなよ?」


そう告げると問答を許さずツェンが腕を薙ぎ、銃を向けている男達の足を圧し折った。


「君達は警官ではないな?」


最初に話しかけてきた警官姿の男にバーズが青い眼を光らせて言う。


「無視してんじゃねぇ!」


沈黙している男の頭に赤眼の男が蹴りを入れると男の目からコンタクトレンズが飛んだ。


「大体は分かった」


そう言って倒れた男達に、バーズは強く青い眼を輝かせた。


「こいつ等はもう用済みだ。演技ご苦労、ツェン君」


落ちているコンタクトレンズを拾うとバーズが言う。


「ガキ共を茶番に付き合わせるのは俺としては気分が悪いンだが?」


「そうせざるを得ない人間がいる」


青い髪をした男が青い眼を強く輝かせながら言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る