The ability
不破陸
1.エルの話(仮)
二階建ての事務所の一室、青い眼の男に赤眼の男が問いかけた。
「本当に行くのかぁ?そんな仕事。ストリートチルドレンの保護なんて俺達がやることか?」
デスクに座っている青い眼をした巨躯の男がパソコンと書類を交互に見やりながら低い声で答える。
「本来ならNPO団体にでも任せておけばいいが、少年達が組織だってギャングのようになっているらしい。保護とは名ばかりの制圧、解体が目的だ」
「そいつぁ、うっかりしたら殺しちまってもいいってことか?」
黒いスーツを着た赤眼の男の言葉に、クリーム色のシャツを着た巨躯の男は切れ長の青い眼を細めた。
「保護が名目だと言っただろう。面白そうなのもいる、殺しはやめろ」
声の抑揚は変わらないが明らかに怒気を含んだその声に、赤眼の男はおどけるように答えた。
「へぇへぇ、バーズ様がそうおっしゃるなら従いますよ」
それを聞きバーズと呼ばれた黒混じりの青い髪をした男が、赤眼の男に写真付きの書類を見せながら告げる。
「そういうことなら大体はお前に任せる。俺はこの面白そうなヤツを捕まえにいく」
写真には金髪金眼の10歳程の痩せた少年が写っていた。
「この貧相なナリしたガキが何だってんだ?」
「こいつがストリートチルドレンのリーダー格なんだよ」
その言葉に赤眼の男が訝しげに口を開く。
「この痩せっぽちのガキがかぁ?資料にはもっと体格のいい年上もゴロゴロいただろ」
バーズは再度資料を眺めながら応えた。
「だから面白いんだろう?」
得心がいったとばかりに赤眼の男が言葉を返す。
「つまり基本的には俺が矢面に立って、そいつを見つけたらお前さんに知らせればいいってことかい?」
「つまるところはそうなるな、ツェン君」
バーズのその返事にツェンと呼ばれた男は激昂し声を発した。
「そうなるな、じゃねぇ!毎度毎度俺にばっか肉体労働させやがって!たまには使え!その立派な肉体を!!筋肉を!!」
バーズは薄く微笑み、言う。
「俺は争いごとが嫌いなんだよ」
「今が正に争いごとだろ!!」
ツェンの絶叫が事務所に木霊した。
艶やかな黒髪をした赤眼の男が路地裏を歩く。世界規模で行われていた戦争が2年程前に終わり、未だ戦災孤児などの問題も多く、そのような少年達が目につく。
「こいつを知らないか?名前はエル=レフェンドっていうんだが」
ツェンは金髪金眼の少年の写真を取り出すと、路地裏に屯する少年達に見せながらそう問いかけた。
写真を見た少年達は怯えたようにひとところ集まり何やら相談をしている。
「知らない」
少年達の一人がそう答えた。
ツェンは持っている鞄の中から飴やチョコレート等のお菓子を取り出すと、こう言った。
「本当に知らないのか?素直に答えてくれりゃ、これ全部あげるからよ」
少し騒めいた少年達はまた何やら相談を始め、その中の一人が答えた。
「知らない」
それを聞くとツェンは手にしたお菓子を少年に手渡した。
「ありがとよ」
そう告げ、路地裏の更に奥へと向かっていった。
路地裏を抜けると、そこは街とは言い難いゴミ山だった。
市街地から一歩離れるとすぐこれだ、と思いながらツェンは瓦礫の上を進む。
屯している少年達にエルの写真を見せながら尋ね回っていると、10代後半であろう少年達に声をかけられる。
「エルのことを嗅ぎまわっているのはお前だよな?」
「エルが何処にいるのか知っているのか?じゃあ案内してくれ」
「この状況を見て言ってる?」
いつの間にか20人程の少年達がツェンの周りを囲んでいた。
「案内にこんなに人数は要らないんだよなぁ」
「軽口ばっか叩いてんじゃねぇよ!!」
自分達を意に介さないといった態度のツェンに激怒した少年の一人がツェンに殴りかかる。
そのパンチを横に躱すと顔面にカウンターをお見舞いした。少年は鼻血を噴いてその場に崩れ落ちる。
「一人残しときゃいいだろ、こちとら暇じゃねぇんだ。さっさと来いよ」
ハンドサインを交えての挑発に二人の少年が鉄パイプを振り下ろす。
ツェンは両腕でそれを弾くと少年達の腕を鷲掴みにし、そのまま武器として振り回す。
恐ろしい速度で振り回される少年達の意識はすでになく、その体で5人10人と次々に残った少年達をなぎ倒していく。
「ちっ、肩が抜けちまった」
ツェンはそう毒づくと今度は少年達の足を持ち、再び振り回し始める。
あまりに異様な光景に少年達は散り散りに逃げ出した。
その中の一人に眼をつけると、ツェンは振り回していた少年達から手を離し恐ろしい速度で走り寄り逃げる少年の肩を掴んだ。
「案内してくれるか?」
美麗な顔立ちに浮かべた笑顔で少年に問いかける。
怯えた少年は自分一人捕まってしまった己の不幸を呪いながら頷いた。
道案内を始めた少年がツェンに問いかけた。
「アンタ、何でエルを捜してるんだ・・・?」
「さあな、俺の上司に聞いてくれ」
それを聞いた少年が不安げに訊ねる。
「仕事で来てるのか・・・?」
「そんなところだ」
少年は狼狽し、叫ぶ。
「それじゃあエルのことを教える訳にはいかねぇ!!アイツを渡す訳にはいかないんだよ!」
ツェンが少年の胸倉を掴み、そのまま持ち上げると声を低くして告げる。
「そいつぁ殊勝な仲間意識だが俺もエルを見つけないと上司がうるせぇんだ。ここで死ぬか?」
少年の体を背中から地面に叩きつけると今度はその首元に足を乗せる。
苦しそうに呻く少年が圧迫された喉から絞り出すように声を出す。
「アイツのことを・・・アンタに教えちまったら・・・俺だって危ないんだ・・・。エルは俺達のリーダーに・・・祭り上げられてはいるが、中身はイカれてる・・・。今死ぬか後で死ぬかの違いだ・・・それに、アイツは確かに俺達に必要な・・・存在なんだ・・・」
ツェンは少年から足をどけると訊ねる。
「教える気はないってことか?」
「・・・ああ」
「じゃあ死ね」
そう言いながらツェンは少年の耳元に足を振り下ろした。
地面が抉れ、ダイナマイトの爆発かのような音を耳元で鳴らされた少年の意識は失われた。
「次は可愛い女の子が会いたがっているとでも言ってみるかねぇ?」
情報源を失ったツェンが独り言を呟いた。
青い眼をした巨漢が瓦礫の街を行く。
現地調査により分かった情報からエルがいるであろう場所へ歩を進めていった。
バーズがその場所へ近づくにつれ、先ほどから聞こえている破裂音のようなものが大きくなっていく。
音の中心地に辿り着いたバーズが見た光景は身長170cmばかりの黒髪赤眼の男と150cmにも満たない金髪金眼の少年が争っている姿だった。
エルの戦い方は尋常ではなく、己の命を守るよりまるで相手を殺すことだけが目的のような狂乱であった。
ツェンがエルの肩を極めれば脱臼などものともせず、体を反転させ喉元に噛みついてくる。
そんな折、バーズの姿が見えたツェンは首に歯を立てたエルをぶら下げたまま声をかける。
「これ以上は殺しちまう。後はお前が何とかしてくれ」
「無理やり引き離せばいいだろう?」
「できねぇよ。こいつの腕やら首が取れちまう。殴ったところで痛みに怯みもしやがらねぇし、40kgもないだろうにガキどころか人間とも思えねぇ力だ。このへんの廃屋だってさっきまではもう少しマトモな形だったんだぜ?」
バーズが瓦礫の積まれている広場周辺の廃屋に眼をやると、確かに他の廃屋にはない無数の穴が空いていた。
「どうせお前が殴り飛ばした跡だろう?」
「分かったなら早いところやってくれ」
バーズはエルの眼を見つめ、その青い眼を光らせ告げる。
「私の名前はバーズ=クィンファルベイ。公安の者だ。今日は君たちのような孤児の保護について話し合いたいがため、君に会いにきた。危害を加えるつもりはないのでそいつを放してくれないか」
エルは言葉を聞いたというより、バーズの眼を見た瞬間にツェンを放し後ずさった。
「俺も同じようなことを言ったんだがなぁ」
ツェンの独り言を無視し、バーズはエルに話しかける。
「少し話をしたいだけなんだ、聞いてくれるかい?」
「聞くだけなら聞いてやる」
警戒を強めつつ少し思案した後、声変わりもしていないエルが声を低めてそう答えた。
「ありがとう。では質問をしよう。この辺りのストリートチルドレンのリーダーというのは君で間違いないね?エル=レフェンド」
「リーダー?知らないね、俺からアイツ等に何かをしろと言ったりすることはない」
「普段君は何をしている?」
エルはまた思案し、言葉を紡ぐ。
「特に何も。盗んで喰って外から来る鬱陶しい連中を追い返しているだけだ」
「鬱陶しい連中というと?」
バーズの問いにエルが答える。
「人さらいとかマフィアみたいなのとか、俺達に暴力を振るうそういう連中」
「リーダーっつうかヒーローみてぇじゃねぇか」
話を聞いていたツェンが発した言葉に不機嫌そうにエルが応じる。
「別にそんなんじゃない」
「このへんじゃ戦災孤児なんて盗みでもやらなきゃ生きていけねぇよ。ところで一つ気づいたんだが、今こうして会話ができるってことはお前俺のことを人さらいとでも思ったのか?」
エルは黒いスーツを着た端正な顔立ちをした男を見ると、こう告げた。
「詐欺師かな、と」
「俺の何処が詐欺師に見えるんだよ!見ろ!この美しい顔を!大体お前等みたいな貧民を詐欺ったって一文の得にもならねぇだろ!!オーダーメイドのスーツまでボロボロにしやがって!」
興奮し出したツェンにバーズが告げる。
「状況が分かっていながら、そんなものを着てくるお前が悪い」
「男は常に紳士であるべきなんだよ!」
その言葉を聞いたバーズとエルが呆れた顔をし同じ言葉を吐いた。
「お前が言うか?」
言葉が被ったためか気を許したように、狼狽しているツェンを尻目にエルがバーズに問いかける。
「質問はそれだけ?」
バーズはツェンを黙らせると、エルの問いに答える。
「本題はここからなんだ。君が盗みを働いていたり、孤児を浚って売るような人間と闘っていたことは知っている。私が知りたいのはここで麻薬を流通させようとしている奴等がいないかということなんだが、何か知らないか?」
怒りに満ちた表情でエルが答える。
「俺は酒も煙草もクスリもやらねぇ・・・!!」
「知らないんだな?」
「知ってたらブチ殺した後だ!!」
激昂し出したエルはバーズに飛び掛かりかねない形相で睨んでいる。
「まあ落ち着いてくれ。そういう情報があることは確かなんだ。君がそこまで薬物を嫌うなら私に協力することが君の利益にもなると思うが?」
金色の眼でバーズを睨みつけたままエルが言う。
「協力って?」
「こいつ等を知らないか?」
バーズはズボンのポケットから二枚の写真を取り出し、エルに見せる。
「こいつ等が何だってんだ?」
「マフィアと麻薬取引を行っているという情報がある。知っているか?」
その言葉に再びエルは激昂し叫ぶ。
「あいつ等がそんなことする訳がねぇ!!」
言うと同時にエルはバーズに猛烈な勢いで飛び掛かるが、その巨体はビクともしない。
バーズは青い眼を光らせてエルに告げる。
「少し落ち着け。そういう情報があるというだけだ。調査をして白ならそれでいい」
「するまでも・・・」
エルが何かを叫びかけたがその青い瞳を見た途端にバーズから距離を取り、戦闘態勢を解く。
「そいつ等に何かしてみろ!!殺してやる!!」
そう叫ぶと廃墟の中へ走り去っていった。
「今から何かすることになりそうだがねぇ?そうだろ?お二人さん」
ツェンが広場の入り口に眼をやりながらそう告げる。
「余計なことをエルにペラペラ喋ってんじゃねぇよ」
二人の青年とも少年とも区別がつかないうちの一人が威嚇するように言う。
「ペラッペラなのはお前らの人生だろ」
ツェンの言葉に二人は今にも掴みかからないばかりの表情になるが、冷静を取り戻し言葉を発す。
「俺達のことを麻薬商人の仲介役だと思っているようだがよぉ、証拠はあんのか!?」
「ウエスタンエッジの構成員と君たちが会っている写真ならあるが?」
青い眼を光らせ、バーズが二人に告げる。
「見せてみろ!」
ツェンが声を発した少年の頭を掴むと地面に叩きつけて言う。
「それが人に物を頼む態度か?」
「止めろ、ツェン。俺達は話し合いにきているんだ」
イライラしたようにツェンが答える。
「どうせ全部ぶっ潰すんだろ?だったら最初からこうした方が早ぇじゃねぇか」
「余計なことを言うな」
彫りの深い顔を険悪に歪めツェンを睨みながらバーズが言う。
「お前らイカれてんのか!?俺達に手を出すってことはマフィアを敵に回すことになるんだぞ!」
「墓穴掘ってんじゃねーよ。証拠写真すら要らなくなったじゃねぇか」
ツェンの言葉に狼狽えながら少年が叫ぶ。
「それで俺達がウエスタンエッジと繋がっていることにはならねぇ!!」
「そもそも証拠とか関係ないんだよ」
ツェンのその言葉に続いて後ろから近付いてくる足音に少年が振り返る。そこには銃をこちらに向けながら歩いてくる男達がいた。
「俺達に眼をつけられた時点でお前は終わりなんだよ」
ツェンが少年にそう告げると、少年は叫んだ。
「お前等こそ終わりじゃねぇか!!見ろよ!ウエスタンエッジの登場だ!」
「芋づる式だったな、後は任せた、ツェン」
「オーライ!!」
バーズの言葉を受けたツェンは目にも止まらぬ速さで男達に近づくと、その四肢をへし折っていく。
「何なんだよお前等・・・」
その光景を見た少年がバーズに問いかけた。
「ただの公安だ」
廃墟からその様子を窺っていたエルが広場に飛び出してくる。
「何してんだテメェ等ァ!!!」
幼い顔を鬼のような形相に歪ませてエルが叫んだ。
「お前も見てただろ?マフィアと繋がってたんだよ、こいつ等」
「知ったことか!!こいつ等に手ぇ出したら殺すっつっただろ!!」
脱臼を戻した直後の痛みも感じていないのか、エルはツェンの首を両腕で絞める。
「お前さぁ、こいつ等に恩か何かあるのか知らねぇが騙されてるんだよ」
万力のような力で首を絞められながら顔色一つ変えずにツェンが言った。
「生き方を教えてくれたんだ!!利用されていようが何だろうが関係ねぇ!!」
「それで君が嫌う酒や煙草や薬物がここにいる子供達をダメにしてしまってもか?」
バーズがその低い声でエルに言った。
「何でそうなるんだよ!!そんなことは俺がさせねぇ!!」
「そうなるんだよ。利用されているのはお前だけのつもりかもしれないがな、こいつ等がお前を言い包めればお前が守っている子供達ごと利用されることになるんだぜ?何せお前さんは子供達の中ではヒーローだからな」
そう言ったツェンの首を指の骨が折れんばかりの力で締めながらエルが叫ぶ。
「俺はそんなつもりはないって言っただろ!!!」
「だが君はこの少年達に恩義を感じ、利用されていると知った今でもこうして彼等さえも庇っている。君達に暴力を振るう連中から君が守った少年達が君に恩義を感じていないとでも思っているのかい?」
バーズの言葉にエルの表情が歪む。
「そんなこと俺の知ったことじゃねぇ!!」
「知ったこっちゃあるんだよ!!クソガキが!!」
ツェンが眼を見開きエルの顔面を掴むと、自分ごと倒れ込み頭を地面に叩きつけた。
「最後まで守り切る気がないなら最初から助けるんじゃねぇ!!テメェの気まぐれで他人の人生を振り回してんじゃねぇぞ!!」
「それは言い過ぎだ、ツェン」
バーズはツェンを諫めると、次いでエルに告げる。
「君にその気がなくともこのスラム街では子供達は君を必要としている。君は一人で勝手に生きているつもりかもしれないが、子供達がどんな目で君を見ているのかは考えてほしい」
その言葉にエルはツェンの首から手を放すと起き上がり、バーズに掴みかかろうとする。
「俺なんかが必要とされ」
「こいつに手ぇ出すんじゃねぇよ!!」
エルがバーズに触れるよりも早くツェンがエルに蹴りを入れる。
エルは10m程吹き飛び廃屋に新たな穴を空けた。
「やべぇ!!死んだか!?」
ツェンがエルを吹き飛ばした廃屋に近づくと、他の廃屋や広場の入り口から現れた幼い少年達が叫んだ。
「エルをいじめないで!!」
その声に足を止めたツェンは、エルの下に駆け寄る少年達に告げた。
「で、生きてんのか?そいつは」
そう訊ねたツェンに金眼の少年が瓦礫の破片を投げつけた。
それを見た少年達が落ちているコンクリート片をツェンに投げつける。
「こうなるってことなんだぜ、ヒーローになるってことはよ」
飛んでくる破片を手で払いながらツェンがバーズに問いかける。
「で、どうするんだ?とてもじゃないが話し合いにはなりそうもねぇ。そいつら連れて出直すか?」
「そうしよう」
青と赤の眼の男達は踵を返し縛られている男達と少年達を担ぎ上げた。
「待ちやがれ!!」
廃墟から走り出してきたエルが叫ぶと、子供達の投石がピタリと止む。
「そいつらは置いていけ!!」
「この少年達には聞くことがある。それはできない」
振り返りもせずバーズが答える。
この二人に力で向かっていっても目的は果たせないだろうと悟ったエルは、それでも少年達を連れて行かせたくないと思い声を絞り出した。
「俺はどうしたらいい・・・?」
バーズは振り返り青い眼を光らせると優しい声で告げる。
「話し合いをしようか」
「さっきも言ったけどよ、そもそも俺達はお前等に危害を加えにきた訳じゃねぇんだ」
ボロボロになったエルを見て瓦礫の上に座っているバーズが言う。
「加えてるだろ」
再びバーズと言葉が被ったエルは口を噤んだ。
「結論から言えば、君達を保護しに来たんだ」
「保護?」
言葉の意味が分からないといった表情でエルが聞き返す。
「君達を孤児院や更生施設に預けるということだよ。少なくともここで暮らすよりはずっとマシな生活ができるだろう」
「俺はここが居心地がいい。こいつ等と離れるのもゴメンだ」
言葉の意味は半分ほどしか分からなかったが、ここを離れることになると感じたエルはそう答えた。
「君が今それを拒もうと近いうちに本格的に政府が動き出す。そうなれば君達は各々の施設に預けられ、マフィアと薬物の取引をしていたあの二人の少年は刑務所に入ることになるだろう」
「誰がどうしたって全員追い返してやる!!」
エルの言葉にツェンは呆れたように言った。
「俺達二人さえ追い返せなかったお前がか?そもそもここが政府に目をつけられてんのはお前がここいら一帯を守っているのが原因なんだよ」
「何でだよ」
エルが暗い表情で問いかける。
「君がスラム街を守る限り子供達の数は増えていく。今や政府も無視できないほどの人数となった少年達と、君をリーダーと祭り上げてマフィアと繋がり利用しようとしたのがあの二人組だ。君があの二人に恩義を感じているのは分かっているが、彼等を庇えば庇うほど自分達の首を絞めることになることは分かってくれ」
吸い込まれるような青い瞳を見ていると、とても嘘を言っているように思えずエルは黙り込んでしまう。
「取引をしよう」
沈黙したままのエルにバーズが言う。
「本来ならあの二人組は現時点で刑務所に行くことになるが、それは私の方で何とかしよう。他の子供達と一緒に福祉施設で過ごしてもらうことになる。盗みを働かなくても食べることができる、勉強もできる、暖かい寝床もある、そんなところだ」
「他の子供達と一緒に・・・?」
怪訝な表情でエルが問いかける。
「取引というのはそこだ。君は私達と一緒に来てもらう。待遇としては他の子供達以上のことをしてやれると思うが」
「俺だけ仲間外れってことか・・・?あいつ等と一緒にはいられないってことか?」
怒気を含んだ声でエルが言う。
「別にそういう訳ではないよ。会おうと思えばいつでも彼等に会えるように手を回しておこう」
「そんなことはどうでもいい!!俺はあいつ等と一緒に生きられないのか!!俺はこの生き方しか知らねぇんだよ!!!
叫んだエルはバーズに掴みかかろうとするが、間に割って入ったツェンに両腕を掴まれる。
「君は生き方と言うが、それは死に方だ。君は自分の命を守ろうともせず争いを続けている。まるで死んでしまっても構わないかのように。だが君は死にたい訳ではない、こんな風に生きていたくないだけだ」
「ゴチャゴチャと・・・!!」
思うところがあるのか、ツェンが握るエルの両腕の力が緩んだ。
「君のお父さんのことは知っている。お母さ」
「クソの話をするんじゃねぇえーーー!!!!」
ツェンに掴まれていた腕を己の皮膚を破きながら振りほどくと、エルはバーズに殴りかかった。
それを止めようとするツェンを制止し、バーズは青い眼を光らせると、その拳を胴体に受け続けた。
「君はさっき自分など必要とされていないと言いかけたが、そう思い込みたいだけだろう?今でも君のお母さんは君を必要としている」
「今さら何でだよ・・・!!じゃああの時何でアイツを庇ったんだよ!!」
次第にバーズを殴るエルの手が弱まっていく。
「その質問に答えるには君の環境は少し特殊だ。だから他の少年達とは同じにはできない。君に生き方を教えてやる、こんな暴力ばかり以外の世界を見せてやる」
そう告げるバーズを見上げ、その光る青い瞳を見るとエルはバーズの体に顔を埋めてこう言った。
「信じていいのか・・・?」
「ああ、約束は守る」
エルはバーズの体に顔を埋めたまま涙を流し続けた。
「ここがこれから君が住む家だ。遠慮なく使ってくれ。事務所部分は荒らさないでほしいが後で説明する」
自宅兼事務所にエルを通したバーズが言った。
「この物置に使っていた部屋を君の部屋にしようと思うが、構わないか?もちろん片づけた後にベッド等を運び入れるつもりだが」
「・・・何であんた等は俺にこんなに優しくしてくれるんだ?」
エルの問いにツェンが答える。
「俺達がお前以上のヒーローだからだよ」
エルは笑った。
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