決意
「できました! キタコ渾身の出来です!」
「うおっ! いいね!」
渾身の出来というのは嘘じゃないらしく、やり遂げた顔でカウンターに置かれたオムライスを見て快哉を叫ぶ。
片方……ガノ用のものだろうそれは、女の子らしい小盛りであった。
しかし、もう片方のこれは、
――でかい。
……と、いう他にない。
皿の上にこんもりと盛られ、さらには半熟のオムレツを乗せられたそれは、サッカーボールの半分ほどはあろうかというサイズである。
先ほどから、漂う芳香に期待は高まっていたのだが、間近で嗅ぐ香りと実物のインパクトは大違いだ。
「すごいな……これ。
作るの大変だっただろう?」
「えっへへ……。
実を言うと、どうやって作ったのかもうキタコ自身にも思い出せません。
名付けて、パーフェクトグレードオムライスです!」
「確かに、こいつはパーフェクトなグレードだ!
よっし! テーブルに運ぶくらいはやらせてもらうぜ!」
「あ、その前にちょっと待ってください」
言われて皿を取ろうとした手を止めると、ガノがケチャップを手に思案げな顔をしていた。
「最後にケチャップをかけて完成なんですけど、どうしましょうか?
こう、ALICE ALICE ALICE ALICE ALICEとひたすらつづりましょうか?」
「呪いの呪文かな?
もっとこう、普通のでいこうぜ」
「普通ですか?
だったら、ここはキタコの定番です!」
言うが早いか、巧みなケチャップ捌きを見せるガノである。
「おお、玄関にいた奴だな!」
またたく間に完成した絵は、玄関に飾ってあった角付き機体の頭部をデフォルメしたものであった。
……いかんせんケチャップなので、どの色の機体を描いたかは判然としないが。
強いて上げるならば、赤くて脚部にブースターを装着していた機体だろうか? タラコ色のやつはちょっと色合いがちがうし。
「これで完成! 通常の三倍速いオムライスです!」
「確かに! 描くのメチャクチャ速かったぜ!」
感心しながら、ふと思い立つ。
「せっかくだから、記念で自撮りでもしとくか」
「あ、それならちょっと待ってください」
カメラアプリを起動している内に、ガノがドタタタと玄関へ走り、オムライスへ描かれたのと同じ機体を取り出してきた。
……タラコ色の機体を。
どうやら、そっちが正解だったらしい。
「これを横に立たせて撮れば、オムライスの大きさが際立ちますよ!」
「いや、際立つかなあ? もうちょっと、一般的なものじゃないと分かりづらいような。
でも、せっかくだからそうさせてもらうぜ」
いそいそと元ネタの機体を立たせてくれている間に、スマホを構える。
「――さあ! いつでも撮って下さい!」
……そう言い放つ彼女は、なぜか離れた所で立っていた。
「……できれば、ガノにも映ってほしいんだが?」
「ふうおっ!?
いえいえいえ、そんな!
キタコごときが自撮りに混ざるなど、恐れ多い!」
「いや、作ってくれたの君だし。
ほらほら、四の五の言ってると冷めちまうぞ!」
「はわわ……」
こうなれば、問答無用だ。
カウンター上のオムライスからは少々距離が離れてしまうが、素早くガノに接近し腕を回す。
柔道家の素早い足さばきをもってすれば、造作もないことであった。
「そら、撮るぞ!」
「あわわわ……」
回した腕の内側で縮こまる彼女の表情は、笑顔と言いがたい……目を回しているかのようなものであったが、構わずシャッターを押す。
どうにか、自分とガノ……カウンター上のオムライス二つとプラモデルが画面内に収まった状態で、撮影することができた。
「これ、チェインで送っとくよ。
それじゃ、テーブルに運ぶか!」
「……自分の機体に蹴りを入れられた時の彼も、こんな気分だったんでしょうか」
両頬を押さえながらぶつぶつ言うガノを横目に、オムライスを運ぶ。
ずしりとした重さが、なんとも期待を高めてくれる。
「あ、そうだ。
スープとかも用意しないと」
そうこうしている間に正気を取り戻したガノが、キッチンへと舞い戻った。
「あ、そうだ。
モギ君、これは大事なことなのですが……」
「ん? なんだ?」
カップにスープを注いでいた彼女が、ふとこちらを見やる。
「ニンジンは、いりますか?」
「もちろん! 大好きさ!」
「ですよねー」
……よく分からないが、ちょっと残念そうな顔であった。
--
トロットロの半熟に仕上げられたオムレツは、それそのものがご馳走に
そのチキンライスも、モギの好みに合わせチョイスされた鶏むね肉やタマネギ、マッシュルームなどがゴロゴロに放り込まれており、これまで食べたどんなそれよりもボリューミーに仕上がっている。
付け合わせは山盛りにされたニンジンのグラッセで、料理屋ならば脇役として添えられる程度に留まるこれをバクバク食べられるのは、家メシならではの楽しみと言えた。
忘れてはならないのが白菜とモヤシを使ったコンソメスープで、どさりと具材を入れられたそれは、言うなれば食べるスープと称すべき仕上がりである。
「どうでしょうか……?
モギ君は今日も部活だったようですし、濃い目の味付けにしてみたんですけど……」
自らは手を付けず、こちらの食べっぷりを不安げに見守っていたガノへ、グッと親指を立ててみせた。
「最高だ! 俺が今まで食べてきたオムライスの中で、いっとー美味い!」
「いや、ふふ……。
そう言われると、こそばゆいですぅ」
「こっちのグラッセもいいな!
俺はあんまり詳しくないけど、こういうので腕前が出るもんなんだろ?
そこへいくと、ガノの腕前はプロの料理人並みだな!」
「いやいや、そんな……難しい料理ではありませんよ。
こっちのスープなんて、余り物を使っただけですし」
「何を言ってるんだ。
余り物で美味しい料理を作れるなら、それが最高じゃないか!」
「ふ、ふふ……。
えへへ……」
これまでのやり取りでも感じていたことだが、どうも彼女は褒められることにあまり慣れていないようで……。
褒め殺す勢いで並べられる言葉に、身を縮こませたり頬をかいたりと多彩なリアクションを見せてくれる。
そんな風に、お呼ばれしての食事は楽しく過ぎていき……。
ふと、スプーンを置いてこんなことを話した。
「いや、実際、大したもんだ……。
並べられてたプラモも、こう……なんだ?
色も綺麗に塗られてて、中には本物の戦車みたく汚れをつけてるのもあってさ。
どれも、すっげーかっこよかった。
その上で、料理までこんなに上手いなんてな」
「そんな、そんな……。
Gプラもお料理も、キタコなんてまだまだ未熟者で……!
特にGプラは、SNSを除けばもっと完成度の高い写真をアップしてる方がたくさんいらっしゃいますし……!」
「
自信を持っていい。
Gプラも料理も、どちらも最高だ!
いわゆる、二刀流だな!」
カップからスープをひと口すすると、自身、思いもよらなかった言葉が口から飛び出す。
「……俺も、本格的にGプラ作ってみるかな。
こう、柔道とGプラの二刀流なんつって」
「――本当ですか!?」
……自分相手に、こうもたやすく間合いを詰められる高校生が都内にどれだけいるだろうか?
食卓越しに身を乗り出したガノが、わずか五センチ先の距離からそう問いかけてくる。
「お、おお……。
いや、せっかくおじさんがあれだけプラモを譲ってくれたんだしさ。
部屋の中に死蔵するのもどうかと思って。
それに、おじさんが使ってた工具も今回は使わずじまいだったしな」
「素晴らしいです!
キタコ、てっきりモギ君は柔道以外あまり興味がない人なのかと思ってました」
「そうでもないぞ」
間近な距離からキラキラした瞳で見つめられ、照れくささから目を逸らす。
「俺だって、漫画も読むしゲームだってする。
まあ、一番が柔道なのはそうだけどさ……。
全てのものは武道に通じるというか、他で想像力を養うことも大事だとこのところは思うんだよ」
「想像力、ですか?」
「ああ」
ようやく実を離してくれたので、真っ直ぐに見つめることができた。
「柔道っていうのは、がむしゃらに動いたり技を出したりするだけじゃ決して勝てない。
相手の動きを予想して、その上でこちらがどう動くかという駆け引きが大事なんだ。
戦いとは、常に二手三手先を読んで行うものだからな」
言い終えると、何やらガノが真剣な眼差しをこちらに向けていた。
「……モギ君」
「どうした?」
「最後の言葉、もう一度お願いします」
「? 最後っていうと……。
戦いとは、常に二手三手先を読んで行うものだからな?」
「からな、を除いてもう一度!」
「戦いとは、常に二手三手先を読んで行うものだ。
……あの、スマホ取り出してるけど、もしかして録音してる? なんで?」
「いえいえ、お気になさらず。
むふふ……」
なんだかよく分からないが、ガノはスマホをしまいながら満足そうに笑う。
まあ、気になさらずと言ってくれていることだし、気にしないことにした。モギは細かいことにこだわらない男なのだ。
「話を戻すけど、ちょうど期末試験も終わったところだしな。
柔道うんぬんは置いといても、息抜きがてら、新しい趣味に手を出してみるのは悪くないさ」
それを結論とし、食事を再開する。
モギとしては、ちょっとした決意表明として聞いてもらえたなら、それでよかったのだが……。
ガノの反応は、予想外のものであった。
「だったら……」
「うん?」
ぽつりとつぶやかれ、食事の手を止める。
そうすると、彼女は決然とした表情で顔を上げたのだ。
「だったら、ここで作るのはどうですか!?」
「ここ……?
君の家でか?」
「はい!」
問いかけると、ガノは力強くうなずいてみせる。
「ここなら、色々と道具も揃ってますし、何よりキタコがいますから!
作り方も教えてあげられます!」
「でも、今日作ったのと同じように説明書が付いてるだろ?
その通りに作ればいいわけだし……」
「――甘いです!」
ドン! と食卓を叩き、ガノが首を振ってみせた。
「甘い! 甘すぎです!
素人め! 間合いが甘いわ!」
「今の会話に間合いをはかる要素あった?」
「それは置いておいて下さい!
ともかく、Gプラというものはそんな簡単にいくものではありません!」
断じた後、彼女は思案げに遠くを見つめ始める。
「キタコには見えます……!
せっかくのGプラを、無惨に白化させてしまうガノ君の姿が……!」
「火なんか使わないよ?」
「ああいえ、発火ではなく白化です。白く化けると書いて白化。
Gプラというのはお刺身と一緒で、刃物の入れ方一つで完成度に大きくちがいが出るものなのです!」
「これだけ美味い飯をご馳走になりながら言われると、説得力あるなあ」
「お粗末様です。
ともかく、柔道だって独学で上達できるものではないでしょう?
ここはひとつ、キタコからきっちり教わるべきです!」
「なるほど……」
料理や柔道を例に持ち出されると、納得する他にない。
「確かに……今日作ったプラモも、実は出来上がってから気になった点があったんだ。
こう、元々ランナーにつながってた部分が、ちょっと跡になっちゃってるというか」
「そうでしょう。そうでしょうとも……!」
腕組みしながらうんうんとうなずくガノを見て、決断した。
何事においても、即断即決がモギの身上なのだ。
「そういうことなら、お願いしちゃおうかな」
「ええ、任せてください!」
その言葉に、ガノはやや薄い胸をドンと叩いてみせた。
「平日は部活があるし、土曜日と日曜の午前も部活があるから……。
やるとしたら、今日と同じで来週日曜日の午後からになるんだけど、大丈夫だろうか?」
「任せてください!
自慢じゃありませんが、キタコは特に用事もない帰宅部ですので!
あ、作るのは何にしますか?
もし、よろしければ、キタコが選んであげますけど?」
「そうだなあ……」
少し考えて、首を振る。
「いや、せっかくなら自分で選んでみたい。
うん、自分で作ると決めたものなら、自分で選んでみたい。
それに、実を言うと少し気になる機体があったんでな」
「ほほう、モギ君が気になっていた機体ですか……!
いえ、あえてここは聞かずに、当日の楽しみとしておきましょう!
それでは、来週の午後からここで製作開始ということで!」
「ああ! 迷惑をかけるがよろしく頼む!」
このようなわけで……。
一週間後、二度目のGプラ制作へ挑むことが決定したのであった。
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