体育会系男子がお宅拝見

「そういや、サラッと流しちまったけど、料理はガノがしてるのか?」


 電車での道すがら、なんとはなしにそう尋ねたのだが……。


「いや、あはは……。

 キタコがしてるといいますか、一人暮らしなのでせざるを得ないと申しますか……」


 返ってきた意外な言葉に、車中でありながら驚きの声を上げてしまった。


「へえ、一人暮らしか!?

 そいつは憧れるな!

 やっぱり、あれか? 両親の仕事の都合とかでか?」


「いえいえ! 両親は田舎で暮らしてまして!

 キタコがワガママを言って、東京での一人暮らしを認めてもらったんです。

 その……なんといいますか……どうしても、東京で暮らしたくなりまして……」


 吊り革に掴まりながら、空いた手でぽりぽりと頬をかくガノを見て、感心の溜め息を吐く。


「そっか……その年で、もうやりたいことがはっきりしてて、それで自分の意思を通せるだなんて大したもんだな。

 俺なんて、通いやすい所で部が強豪だからって、安直な理由で選んじまったよ。

 振り返れば、もっと真剣に考えれば別の進路もあったかもしれない……」


「いやいやいや! モギ君の方がはるかに立派じゃないですか!?

 キタコは、その……好きなことのためにそうしたかっただけですから!」


「そう謙遜けんそんすることもないだろう?

 大体、未成年の一人暮らしなんて、そうそう認めてもらえるもんじゃない。

 好きなことへの情熱が認められたのと、何より君への信頼があったから許してもらえたし、お金も出してもらえたんだろうさ」


「いえ! そんな! 信頼なんて!

 そもそも、料理をするのも、毎日ちゃんとしたものを食べてるって、メールで知らせるのが条件だからですし!」


「そもそもの生活力が身についてなければ、そんな条件自体、出されはしないさ」


「はうううううっ!? ま、まさか料理をしてるだけでそこまで褒め殺されるとは……!」


「別に、正直な感想だぞ?

 ――と、着いたようだな」


 目的の駅に着いたので、二人で電車を降りる。

 もちろん、大事なGプラの入った紙袋を置き忘れるようなドジはしなかった。

 駅構内を二人で並んで歩きつつ、他愛もない会話を続ける。


「料理っていえば、モギ君は普段のお食事どうしてるんですか?

 話の流れやご両親のお仕事を考えると、お一人で食べる機会が多そうですけど。

 やっぱり、外食とか、経営されてるお店の廃棄品とかですか?」


「いや、廃棄品は食べないな。そういうの、本部がうるさいらしいし。

 で、外食に関してだけど……こう見えて俺、自炊することの方が多いんだぜ?」


 両手の紙袋を掲げつつ、むんと胸を張ってみせた。

 ガノの表情はといえば、予想通り意外そうなものである。


「ふわあ……。

 失礼ながら、確かに意外と思えてしまいました」


「ま、こんなツラしてるしな」


 にこりと笑みを浮かべてみせた。

 自分がいかつい体育会系男子であることくらい、毎朝鏡を見ていれば自覚できる。


「で、話を戻すけどさ。

 外食三昧ざんまいだと、とにかく金がかかっちまうからさ。

 かといって、毎度デカ盛りの店やおかわり自由の店だと栄養もメニューも偏っちまうし」


「あー、なるほどですねえ」


 歩きながら、ガノが遠くを見つめた。

 ひょっとしたなら、初めて会話らしい会話をしたあの時に広げていた雑な弁当を思い出したのかもしれない。


「そうなると、普段はどんな料理を作ってるんですか?」


「そこに関しては、まあ、簡単なものさ。

 肉を切って、カット野菜と一緒に炒めたり、白ダシで茹でて鍋にしたり……。

 他には、材料と炒めたりするだけで作れる総菜の素や、冷凍食品も活用してるぞ」


「なるほど、今は便利な品が色々とありますし、そういうのを活用するのも立派な知恵ですよね! 素晴らしいと思います!」


「そう言ってもらえると、我が意を得たりだ。

 あと、魚肉ソーセージやベビーチーズ、冷凍の枝豆なんかをよくおやつに食べてる」


「それは、なんともまあ……バルクに偏ったおやつチョイスです」


「スナック菓子なんかも嫌いじゃないけどな。

 やっぱり、体をしっかり作らないと……。

 ――と、寄り道していくのか?」


 ガノが足を止めたのを見て、そう尋ねる。

 話している内に、駅を出て通りを歩いており……。

 彼女が見ていたのは、各地で見かける大型のスーパーであった。


「モギ君を迎え撃つには、備蓄の食料では少し心もとないですから……。

 その、何か食べたいものとかありますか?

 キタコ、これでも大抵のものは作れる自信があります!」


 ふんすと鼻息荒く拳を握る彼女を見て、少しばかり思案する。


「気を使わせちまって悪いな。

 で、こういう時に一番困るのが、なんでもいいって返事なんだよな?」


「それはもう! 高機動戦ならエール! 接近戦ならソード! 遠距離砲撃ならランチャー!

 バシッとオーダーしてくれた方が、オペレーターも迷わず済むというものです!」


「その例えはよく分からんが、そうだなあ……」


 浮かんできたジャストアイデア……。

 それは、自身、思いもよらぬものであった。


「……オムライス、かな」


「オムライス、ですか?」


 こくりと首をかしげる彼女を見て、気恥ずかしさから少し目を逸らす。


「笑うなよ」


「兵が見てるからですか?」


「どっかに自衛官さんでもいるの?

 ……そうじゃない。

 オムライスって、なんかちょっと子供っぽいだろ?」


 そう言うと、ガノはぶんぶんと首を振ってみせた。


「子供っぽいだなんて、とんでもない!

 大人から子供まで! 老若男女問わず、みんな大好きなのがオムライスですから!

 ただ、どうしてオムライスなんでしょう? と」


「ああ……」


 問いかけられ、ふと湧いた直感の源泉を探る。


「あれだな。

 まず、自分じゃ作れないってのと……。

 お店で頼むと、量が足りなくて物寂しいから、かな」


「あー、なるほど」


 それを聞いたガノが、納得したという風に手を叩いてみせた。


「確かに、普通の洋食屋さんじゃモギ君の胃を満たすにはお金がかかって仕方ないですね。

 アキバに行けば、有名な洋食のデカ盛り店がありますけど、どう考えても守備範囲外ですし」


「え? そのお店、後で教えて?

 さておき、まあ、そういうことだ」


 肩をすくめてみせると、ガノが両拳をグッと握ってみせる。


「そういうことなら、お任せください!

 不肖キタコ! 全身全霊のオムライスを作ってみせますとも!

 ……あ、そうだ! せっかくだし、烏骨鶏うこっけいの卵とか使っちゃいますか!?」


「普通ので十分だよ」


 がぜん、はりきり始めたガノと共に、スーパーマーケットへ入店した。

 大食漢の食欲を満たすためだろう……彼女はけっこうな量の食材を購入し、さすがのモギも重さを意識することになったが……。

 なかなか、楽しい買い物だった。




--




「いや、本当にすみません。

 Gプラばかりか、食材まで持ってもらって……」


「気にするな。こっちはおごってもらう立場だし。

 それに、ちょうどいい筋トレにもなる。

 なんなら、サラダ油とか買っといてもよかったんだぞ?」


「いやいやいや、いくらなんでもそこまで甘えませんとも!

 ――と、着きました! ここです!」


「……へ? ここ?」


 学生が一人暮らしする家って、どんなのだろうとは思っていたが……。

 ガノが指差したのは、さっき組み上げたGプラの実物大スケールが、縦に三つは連ねられるだろう高さの――タワーマンションであった。


「え、こんなすげえ所に住んでるの? 学生の一人暮らしで?」


 素直にそう尋ねると、ガノは恥ずかしそうに頬をかいてみせる。


「いやあ、内見に来た時はキタコも大げさすぎると思ったんですが……。

 パパが、一人暮らしするならセキュリティのしっかりしてる所じゃないと認めないと言い張りまして……」


「確かに、セキュリティがしっかりしてるどころか、コンシェルジュとかもいそうだけどさ……」


 歩いている内に、その根元にまで到達したのだが……。


 ――圧巻。


 ……と、いう他にない。

 自分とは縁遠い性質の建築物であるため、こうして間近で見たのは初めてであるのだが、巨大な建物というのは、ただそこにあるだけで人を圧倒するのである。


 頂上を見上げた後、隣で佇む少女を見やった。


「……もしかして、ガノってすげえお嬢様なのか?」


「いや! お嬢様だなんて! そんな!

 ただ、ちょっとパパが地元で商売をしているくらいなもので……」


「ちょっと商売をしたくらいで、上京する娘のためにタワマンを借りたりはできないと思うぞ?

 というか、賃貸だよね? いくらなんでも」


「あ、はい! それはもちろん!」


 彼女の返事に妙な安心感を覚えつつ、再び頂上を見上げる。

 ……父が経営するコンビニの売り上げ、何日分くらいの家賃がかかっているのだろうか?

 聞いてみたい気もするが、怖くてとてもできなかった。


 そして、そんな良家のお嬢様があれだけはしゃぐほどなのだと思うと、おじさんのコレクションはすごかったのだなあと改めて思わされたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る