EG

「それではモギ君!」


「うん? どうした?」


「話は決まりましたね!」


「え、ごめん? なんの?」


 急にわけのわからないことを言いだしたので、そう問いかける。

 モギは正直な男であり、分からないことは素直に尋ねるという美学を持っているのだ。

 一体、この流れでなんの話が決まったというのか……?

 少女の答えは、意外なものであった。


「なんの光!? も、へったくれもありません!

 さあ! さっそくGプラを作りましょう!」


「別に何一つ光ってないし、どうしてこの流れでプラモ作ることになるのか皆目見当もつかないんだが?」


 真剣に意味が分からないので再度問いかけると、向き合ったガノはおごそかに目をつむりながらこう告げたのである。


「モギ君……鉄は熱い内に打つものです」


「まったくもってその通りだと思うけど、俺、今冷めきってるよ?」


 なんなら、エアコン付けようかと考えているくらいだ。

 今はまだ二月……デカ盛りのラーメンを食べて得た熱も、そろそろ体から去ろうとしていた。

 だが、そんなモギのツッコミはどうやら届いてないようである。


「おじさんの! ビデオレターを改めて見た! 今こそ! モギ君のGプラデビューするべき時!

 そう……東方は赤く燃えています!」


「鎮火してくんない?」


「さあ! やりましょう!」


 モギの言葉が聞こえないのか、両手を握ったガノがふんふんと鼻息荒くこちらを見つめてきた。

 言葉こそガン無視しているが、どうやら脳内はガンでいっぱいのようである。

 もし犬ならばしっぽを全力で振り回してそうな姿を見て、溜め息をつく。


 ――まあ、実際包みの中身は手つかずだしな。


 ――放っておくと、なんか呪われそうな気もしてきたし。


 そう考え、確かに今がその時といえばその時かもしれぬと思い直す。

 スマホに入れてある動画が、今はかつて見た映画に登場する呪いのVHSめいて感じられた。


「――ようし! 作るか!」


「はい!」


 モギの言葉に、ガノは力強く右腕を上げてみせたのである。




--




 ひとまず、こんな所でプラモ作りもないだろうと、二人で姉の使っていた部屋を片付け……。

 先に行ってもらっていた居間に、自室から例の包みを持ち出して向かう。


 するとそこには、何故か食卓の椅子もソファも使わず、恐縮して立ち尽くすガノの姿があった。

 なんだか、職員室に呼ばれた生徒のような姿である。

 まあ、職員室に呼ばれた生徒は、大きなGプラの箱を三つも抱えていないだろうが。


「なんだ、座っていてくれてよかったのに」


「え? ええいやでも、許可も得ていないのに勝手に家具を使うなど恐れ多く……!」


「それに、嬉しいのは分かるけどそのプラモは一旦置こう。

 重いだろう? 女の子には」


「いえいえなんの!

 Gプラは! 羽より軽いですから!」


 ……プラスチックモデルであることを、完全否定された瞬間である。


「まあ、でもほら、かさばるから。

 そうだ、飲み物も入れよう。

 コーラでいいか? ノーカロリーのやつ」


「あ、いえ、おかまいなく……」


「まあまあ、遠慮なく」


 キリがなさそうなので、強引にGプラをテーブルへ置かせ、ついでに椅子も勧めた。

 そして、冷蔵庫から未開封の缶コーラを取り出し目の前に置いてやる。

 自分自身の分は、牛乳をグラスに注いだ。


「それじゃあ、開けるか。

 いやまあ、さすがに開封はしていたから、中身は知っているんだけどな」


 飲み物を用意する間、置きっぱなしになっていた紙包みを開く。

 中に入っていたのは、刃付きのペンチ、彫刻刀によく似たデザインのナイフ、金属ヤスリにピンセットといった工具類……。

 そして、週刊の漫画雑誌より一回り小さかろうかという大きさの、Gプラであった。


「ほおお!

 これは偉大なる初代のEG! すなわちエントリーグレード!

 なるほど、初心者が初めて組むには打ってつけの品ですねえ!」


「そうなのか……?」


 そのGプラを見たガノに、そう問い返す。

 確かに、そのGプラの元となった機体に関しては、モギですら知っている。というより、この日本でそれを知らずに生きることは至難のわざであろう。

 だが、スケールそのものは他にも数多くあった1/144であるし、特段、初心者に向いているとも思えなかった。


「ここを見てください!」


 箱を手にしたガノが、ずずいとその側面を強調する。


「ここに表示されている通り! なんと! このキットは一切の工具を使わず! シールすら不要で! ほぼ完璧な色分けを実現している画期的なモデルなんです!」


「よく分からないけど、それって当たり前なんじゃないの?」


「はうあっ!?」


 なんの気なしに言った言葉であるが……。

 どうやら、それはガノにとって衝撃的な言葉であったらしく、大げさなリアクションでもって迎えられた。


「し、知らないこととはいえ、恐ろしい……。

 いいですか? モギ君。

 この箱を開けてみれば分かる通り、Gプラはランナーと呼ばれるこの枠から各部品を説明書通りに切り離し、組み立てることで完成します……」


 ――あ、これやばい流れだ。


 釣り好きの宮田に、釣りの話が振られた時のことを思い出し、戦慄する。

 しかし、時すでに遅し……。

 趣味人特有のマシンガントーク状態になったガノは、箱を開けて中身の袋入り部品を指し示す。

 その上で、譲渡が決まった先の一つ目機キットを取り出し、その箱を開けてみせた。


「そこで、こちらMS09のランナーを見てください!

 EGのそれと、MS09のそれを見比べると、スケール差以上に大きなちがいを見つけられると思います」


「どれどれ……」


 こういう時は、逆らわぬのが得策……。

 言われるがままに、二つのランナーを見比べる。

 すると、なるほど……すぐにちがいへ気づいた。


「この、部品? とランナーってやつがつながってる部分……。

 そっちもMS09ってやつの方は、細っこい線みたいなのでつながってるけど、EGの方にはそれがないな。

 こう、文字通り部品とランナーとが直接つながってる感じだ」


「その通り!」


 我が意を得たりと言わんばかりの勢いで、ガノが力強くうなずく。

 ついでに、勢いよく缶コーラのプルタブを開けそれをゴクゴクと飲み込んだ。変な遠慮がなくなったようで、何よりである。


「一体どうやって金型作ったのかは分かりませんが、この変態的な成形技術により、素手で直接部品を切り離すことが可能となっているのです!

 普通、刃物無しで部品を切り離すことはできませんからね!」


「まあ、確かにこいつを刃物無しは無理があるなあ」


 MS09のランナーを見やりながら、うなずく。

 実のところ、モギの腕力ならやってやれないことはないだろうが、そんな力技でどうこうするような品でもないだろう。


「それだけではありません!

 Gプラの歴史とはすなわち、色分けとの戦いの歴史でした。

 そもそも、本来プラモデルというものは単色成形が当たり前!

 そこに、いろプラと呼ばれる一枚のランナーに対する多色成形技術を確立したのがB社のすごいところであり……」


「ああ、うん……」


 ちょっと改心したモギであるが、それでガノの興奮が収まることはなかった。

 むしろ、ガソリンを注がれたようにヒートアップした彼女は、色分け技術の素晴らしさや、スナップフィットの画期性について次々と語り……。


 話が終わるころには、まだ一つも組み立てたことがないのに、Gプラの歴史へちょっと詳しくなったモギなのであった。




--




「それじゃあ、結局この工具は今回使う必要がないのか?」


 刃付きのペンチや金属ヤスリを見ながら、そう尋ねる。


「そうですね……」


 ようやく興奮が収まったガノは、ペンチやカッターのカバーを外し、それをしげしげと眺めながらうなずいた。


「このニッパー、有名な極薄刃ブランドの品ですね。

 一体、いくつのGプラを仕上げてきたのか……よく使いこまれてます。

 ナイフも、当然ながら刃は取り換えてありますが、年季を感じられますね。

 ヤスリとピンセットに至っては、言わずもがな! これを使いたいという気持ちは分かりますが……」


「ああ、いや、別に無理する必要はないんだが……」


 ――というか、それニッパーって名前なんだ?


 また話が長くなりそうなので、それは口に出さず続きを待つ。

 すると、ガノはまさしく断腸の思いといった風に首を振ってみせた。


「今回は、手軽に組み上げる楽しさを知ってもらうために使わないことにしましょう。

 それに、ヤスリがけとかは組んだ後でもできますしね!」


「よし、了解だ!」


 師匠の……いや、別に師匠ではないが、気分的に師匠なガノの許可が得られたので、さっそく説明書を取り出す。

 一枚のペラ紙を折り畳んだそれは、カラー面にアニメシリーズとGプラに関する概要がつづられており……。

 裏の白黒面とカラー面の一部に、組み立て方が描かれているようだった。


「へえ、すごく親切に図解されてるんだな?

 なんだか、ちっちゃな子供扱いされてるみたいでこそばゆいけど」


「でも、説明書っていうのはそのくらいでちょうどいいんですよ。

 ほら? 家電の取り扱い説明書にも、ごく当たり前のことがしつこいくらい強調されてたりするじゃないですか?」


「なるほど、言われればだなあ……」


 うなずき、さっそくランナーの入った袋を開く。


「どれどれ……。

 最初はまず、頭からいくのか。

 いきなり、一番重要なところを作らされるんだな」


「遅いか、早いかの違いです。

 さあさあ! パチッといっちゃってください!」


「ようし!」


 ガノは、パチッとと表現したが……。

 実際は、プツリとした感触と共に最初の部品を切り離す。

 次いで、同じように二つ目の部品を切り離し……説明書通りに、両者を組み合わせた!


「おお! 目だ! 目ができたぞ!」


「その調子で、どんどんいっちゃいましょう!」


 三つ目の部品を組み合わせると、これは……。


「顔だ! 顔になった!」


「いやあ、たった三つのパーツであの象徴的なお顔が再現されてしまうんですから、やはりB社の技術力はすごいですねえ……」


 その後も、さらに三つばかりの部品を切り離して組み合わせる!


「できたぞ! 頭部だ!」


「おめでとうございます! いやあ、他の人が組んでるところを見るのも楽しいもんですねえ……。

 ゲーセンとかで腕組み待機してる人たちも、こういう心境なんでしょうか……」


 晒し首状態になった初代主役機の頭部をテーブルに置き、二人で頭部の完成を喜び合う。


「このランナーってやつにくっ付いてた時は、よく分からない形した部品でしかなかったのになあ……。

 切り離して組み合わせると、すっかり格好良くなっちまいやがって」


「それこそが、Gプラの魅力ですよ!

 むふ、むふふふ……! モギ君にも分かってもらえたみたいで、キタコは嬉しいです……!」


 そんな風に、二人で頭部を眺めながら語り合った。

 晒し首にされてる側からすれば、さっさと残りの体も組み立てて欲しいにちがいない。

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