私は・・・②

「あら? 明里じゃない? 」


明里さんは一瞬固まった。

そしてゆっくり声のする方へ振り向いた。


「由美さん.. 」


「こんなところで会うなんてね。あなたが居なくなったことは聞いていたわ。へぇ、ダイビングを今でもやってるんだ。本当に驚いた。しかも仲良しグループで来てるの? へぇ.. 私、器材セッティングしたいから、そこからさっさとどいてくれないかしら? 」



「明里さん、知り合いですか? なんか感じ悪い人ですね」


萌恵ちゃんがいち早く反応し明里さんの耳元でささやいた。


「何なら私が言ってあげましょうか!? そういうの私の役回りじゃないですか! 」


まるで腕まくりをする勢いだ。


「ははは。萌恵ちゃん、いいのよ。ちょっとした昔の知り合いなのよ」


明里さんは明るく笑って見せた。



実際、本当にすごく嫌な感じだった。


その女性は連れの人にもあれこれと指図しているようだ。

美貌を兼ね備えているだけに余計、傲慢な感じがした。


でも、萌恵ちゃんがズバリと切り込まなくて良かったと思う。

いつもの調子でズバズバいわれては明里さんも困ってしまうだろう。




私たちは車に乗り施設へ戻った。


*****


次の『フタツネ』へのダイビングまで70分くらいの休憩がある。

私たちは『磯料理 みやした』で昼食をとることにした。


「この磯のり丼って本当においしいですね! ビール飲みたくなっちゃいます! 」

「萌恵ちゃん未成年でしょ? 」


「明里さん! 自分でも子供っぽいのは自覚してますが、これでも20歳になっているんです」

「あら、それは失礼しました」


2人はまるで背伸びする妹、それをからかうお姉さんのようだ。



「明里さん、三色丼はどうですか? 凄くおいしそう.. 」

「もうさいっこうにおいしいよ。本当にビール飲みたくなるわね。桃ちゃん、一杯ずつ頼んじゃおうか? 」


お腹も満足し、私たちはお店を出た。


「桃さん、あっちのほうにちょっと行って見ませんか? 食後の運動も兼ねて。温泉があるって聞きましたよ」

「じゃ、行ってみようか? 明里さんも行きませんか? 」


私は明里さんが一人残ってしまうのではないかと心配だったが『そうね。散策しましょう。せっかく来たんだから』という返事に胸を撫でおろした。



私たちは緩い坂を登りその先にある露天風呂の施設を見学した。


「この写真みてくださいよ。オーシャンビューですよ。海に向かってぱっかーんです」

はしゃぐ萌恵ちゃん。


「もう、萌恵ちゃんったら」


「ははははは」


萌恵ちゃんと私の様子をみて笑う明里さんはとても明るかった。



「後で入って帰りましょう」


明里さんの提案に意義はなかった!



施設に帰ると器材セッティングに丁度良い時間だ。


私たちがシャワールームへ入ろうとすると、さっきの由美さんという女性がまた明里さんに話しかけた。


「あなた今、何やってるの? まぁ、付き合ってる人たちの程度を見れば、あらかた想像つくけど。しかし何であなたがこんな所にいるの? ほんとうにふざけてるわよね」


そう言うと立ち去って行った。


「ねぇ、明里さん、何で言い返さないんですか? 」


萌恵ちゃんの髪が怒髪天になりかけていた。

いや、実際私も腹が立った。

久しぶりに会う人に言う言葉ではないからだ。


「ごめんなさいね」


そういうと明里さんはシャワールームに入っていった。


私は今にも言い返しに行きそうな萌恵ちゃんの手を引きシャワールームに入った。


2本目のダイビングは『フタツネ』

潜降するとガイドの大林さんはロープコースからはずれて勾配が急なゴロタの方へ向かった。

そこから中層12mを移動する。

今回は四つ岩という方面に行くそうだ。

途中、スズメダイの小さな群れがやってきた。

萌恵ちゃんはスズメダイに意識を集中しているようだ。


しかし本命は私達の上からやって来た。

それは天を覆うほど大きなタカベの群れだ。

その群れが一気に背後から雪崩れ込んできたのだ!


「萌恵ちゃん!! 」


呼ぼうと思っても萌恵ちゃんは気が付かない。

大林さんがベルを鳴らした時にはすでにタカベの群れに私たちは埋もれる状態だった。


振り返った萌恵ちゃんがその光景にびっくりしている。

凄く奇特なポーズをとっている。

あれは天然だ。


明里さんの眼は凄く穏やかでマスク越しでもドキッとするほどの眼差しだった。

この時間を目一杯楽しんでいるようだった。


四つ岩は水深24mから28mくらいのやや深い場所だ。

そこに大きな黄色に赤い模様が入ったイロカエルアンコウがいた。

あまりにも大きくて逆に目に入らないくらいだ。

イロカエルアンコウは挨拶をするように、何度も手をあげていた。


砂地とゴロタの間を泳いでいると大林さんが砂を払い始める。


『ゆっくり近づいて』とノートに書いているので、そっと近づいてみると、砂の中から大きな魚が姿を現す。


1m以上の大きな『カスザメ』というサメの仲間だ。

その平べったい大きな口は、魚が通ると大きく広がり、襲い掛かるという。


しばらく観察していると砂を払われ露になった体をバフバフと器用に動かしながら、また砂に潜っていった。



最後にジョーフィッシュのコロニーへ向かった。

ジョーフィッシュが穴から顔を出しキョロキョロしながら大きな口から砂を吐く。

そんな可愛らしいジョー君を萌恵ちゃんは気に入ったらしい。


エキジットすると萌恵ちゃんは『ジョーフィッシュ』の可愛さを熱弁していた。


・・・・・・

・・


私たちが洗い場で器材を洗っていると、先にダイビングを終えた由美さんが、またまた近づいてきた。


そして明里さんに何かを言おうとした。


「あの!! もういいんじゃないですか!? 」


私は咄嗟に言葉が出てしまった。


明里さんはびっくり、萌恵ちゃんは何かを期待する目をしていた。


「なによ、あなた! 関係ないでしょ?! 」


「何言ってんですか! 関係ないのはそっちじゃない! いちいち絡んで嫌味を言うのはもうやめてください! さっき明里さんを馬鹿にしたような事言ってましたよね。明里さんは―」

私の言葉をさえぎったのは明里さんだった。


そして自信に満ちた顔で言い放ったのだ。


「由美さん、さっき私の友達を侮辱するような事言いましたよね。謝罪してください。私のかけがえのない大切な友達なんです。

でもきっとあなたには謝るなんて無理でしょうね。 

さっき私が何をしているか聞きましたよね。私、今度、某ジュエリー会社のイメージキャラとしてモデルの仕事をするんです。そのポスター、そのうちあなたのお店にも貼られるかもしれませんね」


明里さんがそういうと、由美さんは悔しそうにその場を立ち去って行った。


「明里しゃーん」

萌恵ちゃんは明里さんに抱き着いていた。


明里さんは私の顔を見ると、ウインクして笑顔を見せてくれた。

すこし拳を握っていたかな。



10月の青空の様に爽快なラストを決めてくれた明里さん。


私たちを『大切な友達』と言ってくれたことが何よりもうれしかった。

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