海からの贈り物

ショップVisitの詩織さんから連絡が来たのは宮野さんが訪ねてきた翌日の事だった。

それはダイビングの誘いだった。


「桃ちゃん、ダイビングに一緒に行ってくれないかな? 」

「ツアーのお誘いでしょうか? 私.. 今、迷惑になるから.. 」


「違うの。これは私の個人的なダイビング、セルフダイビングのバディになってほしくて誘っているんだけど、どうかな? どうしても行きたいところがあって。お願い! 」


時々顔を出す押しの強い詩織さん。

私は断り切れず承諾してしまった。


でも実はダイビング費用をVisitの調査ダイビング必要経費で出してくれるというので、このおいしい話に『ちゃっかり』と乗って見たくなった。


それが宮野さんの言う私なら、そんな自分になってみようと思ってみたんだ。


でも詩織さんは来週の平日を希望したんだけど、果たしてお父さんが急な休みを許してくれるかどうか..


****


「ね? お願い!! 」


「え~、おまえなぁ.. ん~ 」


ああ、やっぱりダメかな..


「社長、今はそんなに忙しくないし..それにほら、桃ちゃんのあの顔」


太刀さんナイスフォローだけど、私の顔がなんなのよ!?


「ん? ああ.. ゴホン! まぁ、今回は特別だ。そのかわりちゃんとリフレッシュして来い」


「お父様~♡」

「お、おまえなぁ.. はは..」


****


平日のダイビング。

初めての経験だ。


「詩織さん、今日はどこに行くんですか? 」

「今日、行く場所は島よ!! 」


「島?? 」


車は小田厚道路を小田原西で降りて海岸沿いを走る。


朝陽を浴びて海がキラキラ光る。


「詩織さん、今日は凄く天気いいですね。今朝、降った雨のおかげで空気も澄んでますよ。ほら、あそこの島が凄くはっきり見える」


「ふっふっふ。島が見えるわね。あの島がこれから行く島『初島』よ!! 」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇

初島

熱海からフェリー(イルドバカンス号)に乗って30分。

周囲約4kmのリゾートアイランドだ。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇


荷物を熱海港に降ろす。


「やばい! 急がないと! 私、車を駐車してくるから! 」


対岸の共同駐車場に車を駐車した詩織さんは小走りで戻ってくる。

そしてチケットを買って2人で8:50発のイルドバカンス号に乗り込んだ!


初めての初島、なんかワクワクしてきた♪


****


30分の航海

——♪まもなく初島に着きます。お出口は左側になります♪


熱海港の海はお世辞にも綺麗とは言い難く、ミドリムシが住んでいそうなくらいに青汁色していた。


しかし初島の港の水は底が見えるくらいにすごく綺麗だ!



船から降りた子供がはしゃいでいる。


「お母さん、青い魚がいっぱいいるよ」



港にはダイブセンター初島の荷物運搬用の軽トラックが待っていた。

荷物をこの車に乗せると、私たちは施設まで歩いていった。


右側には初島が自慢の食事処が軒並み並んでいる。


「桃ちゃん、ダイビングが終わったらここで食べて帰ろう! すっごくおいしい私のお勧めがあるんだから! 」


施設入り口ではセンター責任者の篠塚オーナーが出迎えてくれた。


「やぁ、詩織ちゃん、おはようございます」

「オーナー、お世話になります。ところでどんな感じですか?? 」


篠塚オーナーは色黒で眼鏡の奥に優しいまなざしを持つおじさまだ。


「う~ん。彼女らは自由だからね。それに最近ようやく近づいてくれるようになったばかりだからね..大林君、昨日とかはどうだった? 」


篠塚オーナーがスタッフの大林さんに訊ねる。


「はい。最近は午前中によく来ますよ。僕がウミウシ探してると突然後ろにいることがあるんですよ」


「なら十分期待できますね.. きっと力に.... 」


3人は私に背を向けて少し声を潜めながら話をしていた。



「詩織さん、何の話だったんですか? 」

「ふふ、それは潜ってからのお楽しみ!! 」


施設の前には海が広がりエントリー口とエキジット口があった。

他のダイバーたちは用意されたシリンダーを持って来ては、そこでセッティングをしていた。


「桃ちゃん、私たちは島の裏へ行くから。器材をそこに運ぶから忘れ物がないようにね。じゃ、ウエットに着替えて行きましょう」


今日は本当に謎だらけだ。

でも、そんな謎を楽しんでいる私がいた。


****


器材と私達を乗せた車は港を通り過ぎ、ほんの3分程で島裏のポイント『ニシマト』に辿り着いた。


用意されたシリンダーでセッティングをすると詩織さんがブリーフィングを始めた。


「ここの海は遠浅のゴロタが長い距離続いている。かなり遠くまで行くと砂地にたどりつき20m超えの水深になる。でも、今日はここから延びるガイドロープ沿い水深8m付近。桃ちゃんが大丈夫なギリギリ水深8mでひたすらじっとして待つ! 」


「待つ? 」


「そう、待つの。もしもはずれればそれまで。ただひたすら待つダイビング。私のことを信じて付き合ってくれないかな? もしも苦しくなったらすぐに浮上して帰りましょ」


「詩織さん、何を待つの? 」

「今は、私を信じて! 」



一緒に来た篠塚オーナーが双眼鏡を覗きながらつぶやく。

「うん。遊んでる、遊んでる。いい感じだよ、詩織ちゃん」




コケで少しぬめるエントリー口をロープ沿いに潜降。

水深2m.. 3m.. とゆっくりと潜って行く。


息は? 全然、大丈夫だ。


途中、70㎝もあるようなヒラメが私にびっくりしてビラビラと尻尾を激しく振りながら立ち去っていく。


浅い海。

透明度が凄くいい今日は海の中の陽射しさえ暖かい。


8m付近に到着すると詩織さんがOKサインをだす。


OK! まだまだ大丈夫!


3分か5分が経過し、ふと宮野さんとの会話を思いだした。


『ちゃっかりダイビングして、ちゃっかり一生懸命楽しむ』のが私....


その瞬間とてつもなく大きな質量をもつ物体が横切った!

横切った大きなものは確かに白い影をしていた!


『サメ!! 』


私はびっくりして振り返る。


2つの白い影は周りこむように弧を描きながら戻ってきた。


そして私の顔のすぐ前に来て首をかしげるようなしぐさをして首をひとふりする。

通り過ぎにその無邪気でやさしそうな瞳で私の目をみつめる。


バンドウイルカだ!!!


私は興奮で体中の血が沸騰する思いになった。


『詩織さん!! 詩織さん!! イルカ! イルカがいるよ!! 』


手で何をジェスチャーしたのか思いだせないけど、詩織さんは私にOKサインをだし、マスクのなかで目を細めていたのがわかった。


そして私が少しだけイルカの周りを泳ぐと、それにあわせてイルカも体をクルクル回転させたり、通り過ぎては後ろから現れたり私達と遊んでくれた。


私は夢中になっていたが10分くらいは一緒の時を過ごした。


私は感動で涙があふれそうになった。

こんな夢のような時を体験できるなんて思いもよらなかった。


楽しかった!

うれしかった!

なんて素晴らしいんだろう!


2匹はゆっくり近づいてくると、私を横目にスピードを上げて通り過ぎる。

青い世界に帰っていくように消えていった。


****


「すごい!! すごいよ!! 詩織さん! 」

「ねーっ! すごく楽しかった。私もスクーバを付けてイルカに会うなんて初めてだよ」


そんな様子をみてニコニコしながら篠塚オーナーが言った。


「実はまだ公にはしていないんだ。来るかどうかがあまりにも不確かだからね」


今回は詩織さんがオーナーに相談し、私の為に特別に協力してくれたということだった。


イルカには不思議な癒しの力がある。

それを試してみる価値はあるという事だった。


「ねぇ、桃ちゃん、気づいていた? 2匹と遊んでいた時、桃ちゃんは水深なんか気にしていなかったよ」


「はい。そのときはよくわからなかったけど、何となく、もうそんなの関係ない次元にいました。きっともう、私、大丈夫です。自由に遊んでいる彼女らが


『あなたも自由なんでしょ? 』


って語りかけてくれた気がしました。だからもうきっと大丈夫です。」



****


そのあと私は初島のメインポイント『フタツネ』を潜り、初島の真のアイドル「ジョーフィッシュ」やコケギンポの集合住宅「コケギンポマンション」、イナダの大群やブルーとイエローの化身であるタカベの大群に囲まれるダイビングをした。


「お腹ぺこぺこです、詩織さん」

「じゃ、もう一回私を信じてみる? 」


案内された磯料理みやしたの「磯のり丼」は絶品! イカの丸焼きと頼めばリーズナブルに1800円でお腹いっぱい!


イルカとのダイビングと磯のり丼は私の忘れられない最高の経験となった。



今度は萌恵ちゃんと明里さんとで行くよ。

その時まで待っていてね、イルカちゃん。


フェリーから見える初島が遠ざかると、ウミネコたちも踵を返し、島へ戻っていった。

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