第34話 ファナ・リアム・ブラウン

「患者さんをお通ししまーす! ファナ・リアム・ブラウンさんでーす」

 リリカは友人をかしこまった口調で診察室に通した。そこで「頑張ってね」「うん」とサーキス達によくわからない言葉を交わす。リリカはカウンターに戻った。


 相変わらずのショートボブのファナが診察室の椅子に座ってパディと向かい合う。ファナの斜め後ろにサーキスが立っている。

 パディの手元にあるファナのカルテはまっさら。健康体の彼女に病歴はない。年齢だけはわかって現在十八歳。笑いを抑えているファナの顔はしばらく無言だった。


「今日はどうしたのかな?」

「うんとね…」

 少しして意を決した彼女は言った。

「赤ちゃんできたかも」


「えー⁉」

 男二人が同時に驚く。外に響くぐらいの大声だった。

「そのベッドに寝てサーキスに調べてもらって!」

 ファナが横になってサーキスが呪文でお腹を調べ始めた。パディは腕組みをしながら思った。


(何でわざわざ病院に来るんだ⁉ ファナ君は二人の時にサーキスに直接頼めばいいじゃないか⁉)

 後日、本人からそのことを聞くことになるが、ファナはダリアとダグラスのことがあって気軽にサーキスに告白できなかったらしい。ファナが子供の気配を感じた時、不安で一番に友人のリリカに相談したそうだ。


「ご懐妊です。おめでとうございます」

 サーキスがお祝いを述べている。

「サーキス、ちょっとこっちに来て!」

 パディがベッドから少し離れた位置にサーキスを呼んだ。


「ごほっ、何で子供ができるんだ⁉」

 本当なら喜ばしいことだが、子供の頃からファナのことを知っているパディは腹が立っていた。感情が整理できない様子であった。


「コウノトリが連れて来るんだよ! 医者のくせに知らないのか⁉」

「何だと、この弱虫ライオン!」

 お互いがほっぺたをつねって喧嘩しているとファナがはにかんだ笑顔でサーキスの顔にチラチラと目を向けて来る。


「ほらサーキス。彼女をあんな顔にできるのは世界で君だけだよ。僕は君が責任感のある人だとわかっている。ここは言うべきことを言うんだ。僕は部屋を出ているよ」

 パディがゆっくりと歩いて診察室の扉を閉じた。しばらくすると二人の大泣きする声が聞こえた。パディは気持ちが落ち着いたのか柔らかい表情でカウンター越しにリリカに声をかけた。


「リリカ君? 二人は何て話したのかな? プロポーズしたかな? 気になるなー!」

「先生、覗いたりしたら駄目ですよ!」

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