第30話 ラウカー寺院とサフラン(1)
イステラ王国にサーキス達の馬車が到着すると老夫婦が下車した。この馬車はフォードの息がかかっており、事情を知っていた運転手はラウカー夫婦の家の近くまで馬車を走らせてくれた。
「運転手さんありがとう! フォードさんにもお礼を言っておくよ!」
「地面が良くないからこんな所でごめんな! それと帰りはいいんだったな!」
「帰りは大丈夫だよー! ありがとう!」
サーキスとファナが段差の多い乾いた泥の道をしばらく歩くとレンガ造りの二階建ての家があった。看板にはラウカー寺院と書いてあった。家の周りは可能な限りに耕されていて、一面トウモロコシがびっしりと成っていた。
「悪くない家だねえ! すごいねえ!」
ここは町外れの
「こんにちはー!」
ファナが元気いっぱいに挨拶するとラウカー夫婦が玄関に顔を出した。ミアはワードローブ、ギルはスラックスという格好だ。
「待っていました、ファナさん!」
「ミア、こんにちは!」
ファナとミアが両手で握手する。
「よく来たな、サーキス」
「邪魔するぜ」
ギルはサーキスとファナのことを不思議な組み合わせだと思った。彼はてっきりサーキスはツインテールのリリカと付き合っているものと思っていた。サーキスの死にあれだけ喚き散らしていたリリカ。ギルは人の好みはわからないものだと勝手に関心していた。
後ろで子供達が待ち構えていたのか、ラウカー夫婦と整列して二人を歓迎した。
「初めまして! こんにちは!」
「わー、師匠の弟弟子!」
「ギルの後輩だぁ、こんにちは!」
子供達は十歳前後の子供が四人、少し大きな少年少女が一人ずついた。子供達から一斉に自己紹介をされたが、サーキスは一度に名前を覚えることができなかった。そして、先日のジョセフも元気そうだった。
「サーキスさん、こんにちは! おかげでお腹痛くないよ! ありがとう!」
「どういたしまして!」
サーキス達はゆりかごに気付く。中を見せてもらうと女の赤ちゃんが眠っていた。ミアが言った。
「名前はカシミアです。一歳になります」
「かわいいねえ! お母さんがミアで子供がカシミアなんだね! いいねえ素敵だねえ!」
ふっさりとした黒髪の女の子がスヤスヤと眠っている。可愛らしい寝顔にファナとサーキスは心の芯まで癒された。しばらくの間、その顔に見とれてしまっていた。
「お父さんに似てなくてよかったな!」
それからファナが持って来たフライドチキンを子供達に振る舞う。
「今、スレーゼンで大流行のフライドチキンだよ!」
箱を開けると香ばしい匂いが漂い、子供達が我先にとフライドチキンに手を伸ばして口にした。それはここでも大好評となった。ファナ達も子供達が作ったパウンドケーキを食べさせてもらう。店で売っているものと何らかわらないクオリティだった。
「ケーキ作りはギル師匠がすっごく厳しいんだよー」
「すごくおいしいよ! ギルにケーキって顔に似合わないよね!」
この時、サーキスは足を引きずって歩く一人のおかっぱの女の子が気になっていた。年齢はジョセフ少年と同じくらい。周りと少し距離があると言うか、みんなと馴染めていないように見えた。
みんながご馳走に舌鼓を打っている中、サーキスはギルに質問した。
「なあギル。俺、彼女にチューをしたいんだけどどうしたらいいかな?」
「キスしていいか訊けばいいんじゃないのか?」
サーキスは雷を頭から打たれた心境だった。
(すごいぜ、さすが既婚者! 俺が進もうとしている道を千キロ先は進んでる!)
「あ、ありがとう…。また何かあったら頼むぜ…」
「まあ任せろ」
ファナが絵本を持って大きな声を上げた。
「さあ、みんな集まって! これから絵本を読むよー! オズの魔法使いだよー!」
ファナが絵本を読み聞かせるとみんな真剣な表情で見入っていた。ライオンの弱虫ぶりにみんなが大笑い。そしてその不思議な世界観は大人のギルとミアも心惹かれるものがあった。
絵本が終わると子供達からファナはドロシー、サーキスはライオンさんとあだ名されるようになった。サーキス達はオズの魔法使いが気に入っており、そう呼ばれて二人は
「この絵本は寺院に進呈するよ! はい、ジョセフ君!」
「ありがとう!」
そこでサーキスがファナに切り出した。
「ファナ、そろそろ帰ろうか…」
「えー! まだ来てそんなに経ってないよ!」
「パディ先生には許可をもらってここに来たけど、もしも急患が来たら…」
「あ! そうだね! 私は全然気がまわらなかったよ! ごめんごめん! じゃあ帰ろうか!」
子供達が名残惜しい声を上げる。
「えー⁉ ドロシーとライオンさんもう帰っちゃうのー⁉」
「ごめんな」
「もう帰るのならサーキスに最後に聞いて欲しいことがある」
ギルが改めた声で言った。
「以前からサーキスをサフランに会わせたいと思っていたところだった。こっちに来いサフラン」
足を引きずって歩く少女だ。言われた通り、ギルとサーキスのそばに寄る。
「こんにちはライオンさん」
はにかんだ笑顔がかわいらしい。サーキスは子供の目線に腰を下ろして挨拶を返した。自分にもこんな妹がいればと彼女の笑顔が眩しかった。
「サフランがまた怒られるー」
子供達から急にヤジが飛んだ。周りの視線が何とも冷ややかだ。何事かと思うほどだ。
「こいつが問題児のサフランだ。年齢はジョセフと同じ十歳」
「なあ、ギル。説教とかするにしても周りに人がいるのは良くないぜ? 叱ったりする時はなるだけ一対一とかでするべきって本で読んだ。管理者とかそうするもんじゃないのか?」
「ふむ。気を付けよう。だが、これはみんなにも聞いて欲しいことだ。…俺はサフランに僧侶の呪文を教えているのだが、こいつはすでにレベル二の呪文まで使える」
「す、すげえ! 天才だ!」
「それでうちの孤児院では練習以外で呪文を使うには俺の許可が要る」
「まあ、大人が管理しないとヤバいと思うぜ」
「そしてサフランは怪我をした人間を見つけては呪文で勝手に治療を施す」
サーキスは背筋が寒くなった。やってはいけないことだ。まだ判断力に乏しい子供なら尚更だ。
「だ、駄目だよ…。そんなことをやったら…」
「そうだ駄目だ。うちは勝手に呪文を使えば尻叩きの刑だ。一回喰らえばまず誰でもおとなしくなる」
子供の一人から「ギルのお尻叩きはとっても痛いんだよー」と声が飛んだ。ギルの尻叩きは口から内臓が飛び出すぐらいの痛みだろう。
「それでこのサフランはなんと俺の尻叩きに耐える。何ともすごい忍耐力と自己犠牲だ。真の僧侶として生まれる奴はこういう奴なんだろう」
サフランが言った。
「怪我してる人かわいそうだもん! 私はみんなの怪我治すー!」
この少女はサーキスの師匠、バレンタイン寺院の過ちを何も知らずに繰り返そうとしている。
「それで先月の初めに事件が起こった。こいつが街で一人で怪我人を治していたようだが、悪い奴らに目を付けられてサフランは誘拐されてしまった。
子供の僧侶は色々使い道がある。誘拐犯はサフランの足が悪いから捕まえる方は簡単だっただろう。
俺は
舌足らずの声で無邪気にサフランが言う。
「私は怪我をした人をみんな助けたいー!」
サーキスは思った。子供ながらに全ての人々を救おうとする少女。反対に、救える力がありながら一人の人間も助けることを辞めてしまったセルガー。天才とはなぜこうも極端なのか。もう少し調和のとれた考え方ができないのか。サーキスの目に涙が溢れてくる。
「駄目だよサフラン…。そんなことしてたらみんなここに住めなくなっちゃうよ…」
サーキスがおいおいと泣き出すと笑っていたサフランもつられて泣き出した。他の子供達ももらい泣きし、ファナまでも泣き始めた。一時の間、孤児院が涙で覆われた。ギルは思った。
(少しはサフランもわかってくれたかもしれない。サーキスに会わせてよかった…)
みんなが泣き止む頃にギルがさらに説明した。
「それと別の話だが、サーキスから
俺がサフランと出会った時にはすでに脚が悪かったが、話を聞くとこいつはどうも後天的なもののようだ。それでドクターパディならサフランの脚を治せるかもと思っていたところだ。どうだサーキス、こいつを連れ帰ってドクターに診せてもらえないか?」
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