第2話 足の裏の奇病 サーキスの師匠探しの旅

 話は数か月前にさかのぼる。

 生き別れた師匠を探す旅を続けるサーキスは一人、草原の中で戦っていた。ひたいには血を流し、腹には打撲を負っている。彼の金髪と髭は長旅で伸び放題。細身ながら無駄な贅肉など一切無い引き締まった体型だ。

 彼が両手に持つのはメイス。メイスとは金属製の杖のような物に頭の先に重量のある棍棒を付けた武器だ。その金属の棍棒は六角形を造っていた。


 足元にはサイクロプスの死体とおぼしきものが二体転がっていた。サーキスがメイスで倒したモンスターだ。残り一体のサイクロプスがまだノーダメージでゆっくりとこちらへ近づいて来る。


 体の傷は我慢の範疇だ。しかし目下、大問題があった。先ほどから襲われた足の裏の痛みだ。右足の土踏まずがえらく痛む。歩くこともままならない状態だ。これは三週間ほど前から痛み出した。回復呪文をかけても治らない。かと思えば、しばらく時間が経てば痛みがなくなる。たった今の今まで問題がなかったのにこの重大な戦闘中に痛みが再発した。


 サイクロプスは棍棒を片手にゆらゆらと迫って来る。

(これで俺の親っさんを巡る旅も終わるのか⁉)

 サーキスの身長は約百七十センチ。敵はその一・五倍はある。敵の弱点はおそらくその一つ目。それも踏み込まないとメイスでも当てることができない。おまけに先ほど麻痺スタンの呪文も試してみたが、抵抗力があるのか全く効かなかった。

(どうする⁉ 次の選択を間違えたら死ぬぞ⁉ …こうなったら一か八か!)


 サーキスは呪文を唱え出した。

「ソトジョンディビ・キドネティ……」

 サイクロプスは腰巻きを風ではためかせて、さらに近づいて来る。サーキスは引き付けるようにして呪文を唱え続けた。

「…ストリミー・ディンパーアット…」

 この世界の呪文は詠唱を声に出して言い終わらないと完成しない。時間もしばらくかかる。そしてサイクロプスは自分の間合いに入ると棍棒を振り上げた。


「…プロキュティング・輝く灯火イルミネート!」

 サーキスが使ったものは移動用のダンジョンを照らす呪文だった。暗闇を百メートル先も照らす光だ。至近距離でそれをもろに喰らったサイクロプス。大きな目玉の怪物は瞳を押さえて苦しんだ。


「俺じゃなかったら…いってえー!」

 サーキスは大きく一歩踏み込んだ。右足の裏から雷を受けたような衝撃が走る。そして彼は飛び上がってサイクロプスの膝に左足をかけた。さらに高く跳躍する。

「こんなの思いつかなかったぜー!」

 両腕に力を込めてサイクロプスの頭のてっぺんにメイスを振り下ろした。頭の形が変わるほどの威力で敵は草むらに倒れた。金髪のサーキスは念のためにもう一撃、同じ所を叩くと死んだことを確認する。そして手を合わせた。


 それから自分の怪我を中回復ミドルキュアという呪文で回復した。

「さて、お宝タイムだぜ。宝箱はどこだったかなー? 戦闘が始まる前にあいつらこの辺に置いていたなあ…。しっかし痛いぜ」

 サーキスは生い茂る草むらを探す。ヒッピーのような髪型。薄汚れたチュニック。風来坊にしか見えない彼はようやく地面に落ちた宝箱を見つけた。サイクロプスには少し小さな、人間にはほどよいサイズ。そして、この世界のモンスターが持つ宝箱はほとんどの物に罠がしかけられている。サーキスは呪文を唱え出す。


「アハウスリース……テュアルミュールソー・リヴィア・宝箱トレジャー。ふむふむ」

 彼は左手をかざして宝箱解除用の呪文、宝箱トレジャーで中身を透視。そこには銀貨が五枚ほど。罠は爆弾だった。

 サーキスは盗賊さながらの器用さで罠を解除、銀貨をポケットにしまうと、その辺りの樹木にぶら下がるツタを使って離れた位置から爆弾を起爆させた。人を数人殺せるほどの大きな爆発が起こった。彼なりの二次災害の防止だ。


「さて終わった。行くか。でも、足の裏痛いなあ…。たまたま今回は助かったけど、また同じことになったら死ぬぜ…。一人になると戦いがかなり苦しいぜ。俺はもう旅を続けられないか…。親っさん…。ギル…、セルガー…、グレイス…みんなどうしてるかなあ…。くっそー、カイルの野郎、あいつがいればこんなに苦労することないのに…」

 サーキスはメイスを杖にして、右足をつま先立ちしながらさすらい続けた。


          *


 草原を北へと、杖のメイスで足を引きずりながらやっとのことで街へとたどり着いた。ここはブルガリアの北に位置するガルシャ王国、スレーゼン市。

「すげえ都会だ!」

 足元は石畳の道が見渡す限りどこまでも続いている。道の両隣には植え込みに花壇が。その周りを三角形の屋根をした家々が立ち並ぶが、どこの家もよほど余裕があるのか、窓に花が植えられ、ベランダから草花がつたって見る者を楽しませてくれる。

「こんな所は初めてだぜ!」


 ヨーロッパを各国廻ったサーキスもここまで裕福そうな国は見たことがなかった。ふと見れば街の玄関口に背中に二枚の羽を生やした女神の像があった。女神セリーンの像だ。

「セリーン様、今日も俺を見守ってくれ!」

 サーキスは指を組んで祈った。


「さて病院を探すぜ! でもこんな足の裏の病気なんか治せる奴いるのかよ!」

 サーキスは独り言が好きだった。そして、街の少し奥へ行くと役場のような所に出くわした。そこから目を引く高身長の女性が軽いスキップをしながら出て来た。

 膝までのハーフパンツにフリルが付いたTシャツ。髪は明るい栗色で短いボブカット。サーキスから少し距離があったが、視力がいい彼は彼女の顎にある小さなほくろも見逃さなかった。


(む、胸も大きい)

 その女性は何かご機嫌で歌を歌いながら闊歩している。サーキスはしばらく見とれて、彼女を見送った。彼女が行ってしまうと彼は言った。

「はっ! あの子に病院がどこか聞けばよかった! …でも、俺は女とあんま喋れないしな…。寺院の連中なら余裕でナンパしたんだろうな…。すごいぜみんな…」


 サーキスは気を取り直してその辺りの老人に質問した。

「あのー、この辺で病院知りませんか?」

「うん? どこか悪いの?」

「足の裏なんだけど…」

「ふーん、そういう変な病気はライス病院が得意そうだね。ここから北西の中央通りに青い屋根のライス総合外科病院ってのがあるよ。そこで診てもらったら?」

「わかったぜ! ありがとう!」


 サーキスは途中で履き物店でサンダルのグラディエーターを買った。かつてはよく履いていたものだ。しばらくして青い屋根の木造二階建ての病院を見つけた。看板もライス総合外科病院と書かれていた。

 サーキスはそこをそのまま素通りしてさらに五分ほど歩くと今度は宿屋を発見する。看板には『フォードの宿』。一旦そこへチェックインした。そして風呂場を借りて体を洗った。特に足を入念に洗う。二階の部屋を借りたサーキスは武器のメイスも含めて荷物をそこに置く。軽い服装に着替えて、履物を先ほどのサンダルに替えた。


「では出陣だぜ」

 勇んで病院へ足を運ぶ。

「こんにちはー!」

 元気よく病院の門戸を開けると、そこに長身瘦躯の白衣の男性が迎えた。眼鏡に軽い天然パーマという格好だ。おそらくここの医者だろう。

「こんにちは。患者さんですか?」


「おう! しばらく前から足の裏が痛くて」

「では、こちらの問診票に記入してください。書き終わったら呼んでください」

 医者は感じよい笑顔で一枚の問診票を手渡し、診察室へ戻った。

「ふむふむ。では、気合を入れて書くぜ! 名前、サーキスと。名字はないから空欄、年齢十九歳…」


 他、住所も空欄。職業は一度、僧侶と書こうと思ったが、厄介ごとに巻き込まれると迷惑なので旅人に変更。患部は足の裏。症状は三週間ほど前から痛かったり、痛くなかったりする。歩くことも困難な場合がある。

 そこまで問診票を記入していて彼は思った。自分以外に待合室に患者がいない。それからここのエントランスは見たことがあるような光景だ。


「デジャヴか? ま、いっか! 先生! 全部書いたぜー!」

 サーキスが大声で診察室に向かって叫ぶと、「どうぞー」とドアが開いて医者が彼を招いた。

「こほんっ…。では初めまして。僕は医者のパディ・ライスです。…サーキスさん、ですねえ」


 サーキスがパディ医師と向かい合って座ると、医者は問診票を見ながら言った。

「足の裏かあ…。歩くことが困難って書いてるけど、さっき普通に歩いてましたよね?」

「うわっ! 気が付かないうちに痛みがなくなってる⁉ いや本当に痛かったんだってば!」

「はははー。病院に来たら急に痛くなくなるって、お医者さんあるあるだよね。じゃあ、サンダルを脱いで足の裏を見せて」


 サーキスが言われるままにそうする。パディ医師は足が洗い立てのものと見て関心した。

(この青年、風来坊のナリだけど、相手のことをちゃんと考えているな…)

 そして足の裏、土踏まず辺りを親指で押した。

「痛い?」

「い、痛いよ!」


 今度は両の親指で力強く患部を押した。

「ぐ、ぐわーっ! 超いてえ! や、やめてーっ」

皮膚腫瘍ひふしゅよう。足の裏におそらく粉瘤ふんりゅうができてますね。怪我でばい菌でも入ってできたのかな。たぶん良性の腫瘍しゅよう、大きそうだ…。でも手術で腫瘍を取れば治りますよ…」

 ここまで言って眼鏡の医者は気が付いた。


「あ、しまった! 今僧侶がいなかった! いけないこと言っちゃった!」

(僧侶⁉)

 そこで二階から突然大声が聞こえた。

「おいこらパディっ! 腹が痛いぞこの野郎! ヤブ医者ー! どうにかしろーっ!」

「うわー、フォードさんが目を覚ました! 四面楚歌とはこのことだよー。うー、どうしよう…。あのね、サーキス君、職業欄に旅人って書いてるけど、君ってもしかして僧侶じゃない?」


「そ、そうだよ! 俺は僧侶! 何でわかるの⁉」

「はっはっはー! 僕は実は出会う人に全員、僧侶じゃないか訊いているんだ。フフフ! ミラクルが起こったよ! なんて僕は運がいいんだ! ちょっと手伝ってよ! そしたら君の足も治してあげる! お代は仕事で相殺そうさい! 今回はタダにしとくよ!」

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